第8話「鉄壁の熾天使」
リレイド・リレイズ・システムの破壊。
その攻撃目標地点には、予想だにせぬ光景が広がっていた。
完全武装の要塞都市が広がり、五百雀千雪達を攻撃してきたのだ。無数のミサイルや砲弾、ビームの光が殺到する中、グラビティ・ケイジの暗い光が味方を包む。
愛機【ディープスノー】が両手を広げる中、無数の爆発が狂い咲いた。
小隊長を務める兄の五百雀辰馬が、ノイズと爆音の中で叫んでいる。
『各機っ、それぞれ独自の判断で回避だ! 自信のねぇ奴ぁ千雪の後に張り付け!』
守る範囲が狭いほど、集束させたグラビティ・ケイジを分厚く展開させることができる。辰馬の言葉通り、御巫桔梗と渡良瀬沙菊の機体が背後に身を固めた。
だが、真紅の閃光が爆光の中へと踊り出した。
89式【幻雷】改型四号機……ラスカ・ランシングだ。
『ラスカ殿っ、単騎での突出は危険であります! これだけの攻撃、いくらラスカ殿でもっ!』
『あんたは千雪のお尻にひっついてて、沙菊! 死ぬわよ! ……攻撃のさらに奥、高熱源反応! アタシがそれを引きつけるっ!』
光の尾を引き、砂の海を疾走る赤い影。
そして、千雪も強烈な殺気を感じて身を強張らせた。
センサー系が一番強化されている桔梗の改型弐号機が、その正体を教えてくれた。
『皆さん、気をつけてください。ラスカさんも。熱源は二つ……セラフ級ですね』
『おいおいマジかよ桔梗……ラスカの奴を止めなきゃなんねえ!』
直後、闇を引き裂く熾烈な光が迸った。
それは、見切って避けるラスカの改型四号機を掠めて背後へと飛び去る。
強力なビーム攻撃は、一瞬で改型四号機の対ビーム用クロークを半分以上蒸発させた。間違いなくセラフ級パラレイドが持つ、高出力の光学兵器だ。その射程は、超長距離からの狙撃戦を得意とする桔梗よりもロングレンジである。
誰もが息を呑む中、その敵は現れた。
ゆっくりと要塞都市を背に、二機のセラフ級パラレイドが姿を現す。
その正面へと、果敢にラスカが飛び込んだ。
『セラフ級っ! 撃破してアタシのスコアにしてやるんだから……まずは、そっちの赤いのっ! 人のパーソナルカラー、真似してんじゃ、ないわよっ!』
敵は二体とも、人形の超巨大機動兵器だ。
都市部の外苑から踏み出してくる姿は、片方は赤く塗られて格闘専用の矛を手にしている。もう片方は黄色で、先程放たれた長射程長銃身のライフルを手にしていた。
即座に千雪は、データを目で追いながら機体を押し出す。
フェンリル小隊の仲間達も、突出したラスカを見捨てるという選択肢を知らなかった。
「全高40m……大きい。あの張り出した両肩は、ウェポンラック? それより、なんでしょう……妙な違和感が」
千雪だけではない。
辰馬や桔梗といった歴戦の勇士も、今回のセラフ級が持つ独特の雰囲気に何かを感じ取ったようだった。
まず、以前に出現したセラフ級に比べて、異様な程に徹底して人型のシルエットで作られている。その装甲は強固な防御力を感じさせるが、両肩以外に取り立てて厚さや重さを感じさせるパーツが全く無い。
そして、急接近するラスカを前にしても、積極的に攻撃をしてこないのだ。
恐らく、リレイド・リレイズ・システムを守る拠点防御用の機体なのだろう。
そうこうしているうちに、ラスカがアルレインと読んでいる赤きパンツァー・モータロイドは、装甲からむしるようにして右手で数本の対装甲炸裂刃を投げつける。
次の瞬間、彼女が息を呑む気配が伝わる。
『っ! 当たり前のようにっ、グラビティ・ケイジ! しかも、なによこれっ!』
ラスカは自分で機体のセッティングを調節しているし、ほぼ全ての操縦をマニュアルでやっている。必殺の対装甲炸裂刃も、彼女がモーションサンプリングした数種類の動作パターンを組み合わせたものだ。
なめらかで、そして素早く鋭い投擲。
それをセラフ級は、瞬時にグラビティ・ケイジで弾いてみせたのだ。
肉眼で重力場が干渉する光が、眩しく広がるのが見えた。
「ラスカさんのモーションを見てから、グラビティ・ケイジを展開した訳ではないようですね……つまり」
『そう、つまり……あのセラフ級は、常時高レベルのグラビティ・ケイジを展開したままの状態でいるようです』
千雪の言葉尻を拾った桔梗が、愛機に構えさせた対物ライフルを向ける。
無重力下での使用に合わせて、細部を調整された特別仕様だ。
火薬で撃ち出された銃弾が、再びセラフ級の展開する障壁に弾かれる。まるで水面に波紋が広がるように、光が暗黒の宇宙空間をぼんやりと照らした。
通常、グラビティ・ケイジは必要に応じてその範囲や厚さを変えて使用する。
僚機を多数引き連れ、一緒に空間戦闘を可能とする重力制御の場合、広く薄く……この時、グラビティ・ケイジばバリアとしての効果は殆どなく、あくまで登録された機体を無重力の中で自由に動かすことに重点が置かれる。攻撃に対しての防御とする場合は、範囲を絞るほど厚く展開が可能で、それには攻撃タイミングや方向、強さのデータと予測、判断、そしてパイロットのセンスが必要だ。
「それが、常時あの強さで展開されているということは……義姉様」
『ええ、千雪さん。それと、辰馬さん。データを後方の本隊に送ってください。最悪、あのセラフ級にダメージを与えられる方法は極めて限定的になるかと。さて、どうしましょうか』
『どうしましょうか、じゃねえだろ! ったく、こんな時でも落ち着いてやがる』
ラスカも突撃のスピードを緩めて、異変を前に踏み留まった。
腰の背後から雌雄一対のパイルトンファーを取り出し、それを両手に身構える。
だが、驚異的な防御力を見せたセラフ級は、どちらも攻撃してはこなかった。
まるで、見えない壁があるかのように、ラスカを前にしても距離を詰めてこない。赤い方は勿論、強力な火砲を持つ黄色い方もだ。
そして、圧倒的な火力を見せた要塞都市は、内部でエネルギーの重点と弾薬の再装填が感じられる。微動に震える町並みは、まるで戦うために生きているようだ。
『ラスカ殿っ、ラスカ殿ぉーっ!』
『うっさいわね、叫ばなくったって聞こえてるわよ! ……妙、ね』
ラスカとセラフ級、そして要塞都市の外輪との距離は100m程だ。
軽さを活かしたトリッキーな高速格闘戦を得意とするラスカには、まさに自分の間合いである。僅か一瞬で彼女のアルレインは、距離を殺して敵へと肉薄するだろう。
だが、それを躊躇させる不気味な防御力が、見えない壁となって広がっていた。
『……攻撃してこないでありますね。千雪殿、これは……?』
「とりあえず、ラスカさん。一度本隊へと合流するために下がりましょう」
千雪は再びグラビティ・ケイジを操作し、ラスカの機体を包む。
そうして隊の仲間を徐々に引き寄せ、いつ攻撃されても全員を守れるように態勢を整えた。その間も、要塞都市は次の攻撃のためにリロードを続け、不気味な守護神は武器を持ったまま立ち尽くしている。
そして、辰馬の声が新たな発見をもたらした。
『桔梗、もう少しズームできるか? 妙だ……奴等、セラフ級の背後を見たい』
『了解です、辰馬さん。先程の都市部からの発砲で、周囲にまだ爆煙が……熱源データを重ねてブラインドを除去、セラフ級の輪郭だけをフォーカス……映像、出ます』
千雪の【ディープスノー】にも、CG補正された映像が送られてきた。
そして、辰馬が感じた違和感の正体に気付く。
「これは……ケーブル? 背中から、ケーブル状のコードが背後へ」
すらりと細く、手足が長い二体のセラフ級。
その背中から地面へと、黒いケーブルが伸びている。それは要塞都市の奥へと続いていた。
辰馬がポンと手を叩く気配が伝わった。
『ははーん、わかったぜ。あのセラフ級……有線動力で可動してんだな? それで、テリトリーの外には出てこねえ。出られねえんだ』
その代り、無限に等しい大出力のエネルギーを、無尽蔵に要塞都市から供給されているのである。それによって、常に強力なグラビティ・ケイジを張り続けていられるのだ。
千雪の【ディープスノー】と、人類同盟の切り札である【樹雷皇】もグラビティ・ケイジの展開が可能だ。だが、その機能を持つためもあって【ディープスノー】は機体が大型化し、それ以前に建造された【樹雷皇】は体内に【シンデレラ】をそのまま動力部として搭載している。
人類にとってはまだ、重力制御システムは未知の部分が多い。
この時代、千雪達の地球人類に限った話だが。
『……気に食わないわね。ああやって攻めてくるのを待ってる訳? やる気あんのかしら! あったまきちゃう!』
『落ち着けラスカ、熱くなったら負けだ。あっちはリレイド・リレイズ・システムを守れば勝ちなんだ。寄せ付けないようにしてるだけで、既に半分以上勝ってるんだよ』
だが、そのままでは終わらせられない。
この時間軸、この世界線にリレイド・リレイズ・システムが出現している時間は、短い。限られた時間内に、この場所に存在が固定されているうちに破壊しなければならない。
それを阻止するために、パラレイドも最強の戦力を予め広げていたのだ。
千雪は僅かに思案に沈み、即座に最適解を脳裏に浮かべる。
想定を上回る迎撃戦力、そして鉄壁の防御力を誇るセラフ級。
これを突破するには、こちらも最強の攻撃力を集中投入する必要がある。
そして、彼女が口に出すより先に……その力を手にする少年の声が響いた。
『辰馬先輩っ! みんなも! データはもらってる! れんふぁ、やれるな?』
『全兵装オンライン、セフティー解除……いけます、統矢さんっ』
千雪達の頭上を、高速で巨大な物体が通過する。
全長300mもの巨体を誇る、|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》……ユグドラシル・システムこと【樹雷皇】だ。
即座に再び、要塞都市から苛烈な火線が集中する。
虚空の闇を飛ぶ【樹雷皇】には、大きさも重さも、六分の一の重力さえ感じられない。軽やかにバレルロールで、あらゆる攻撃を避けてゆく。
動き出した二体のセラフ級へと向かって、摺木統矢と更紗れんふぁが攻撃を開始した。
それが最適解、ベストアンサーだ。
人類同盟に【樹雷皇】を超える火力は存在しない。
だが……巨大な空飛ぶ武器庫には、千雪の大好きな、千雪の最愛の少年と少女が乗っているのだ。
『俺が突破口を開く! フェンリル小隊で取れるだけデータを取ってくれ!』
統矢の声と同時に、轟! と真空の空気が震える。
【樹雷皇】はその中心に、愛機ならざる漆黒のPMRを抱えたまま敵意へ飛び込んでいった。