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第23話「Arise」

 その声は、広域公共周波数(オープンチャンネル)で戦場に鳴り響いた。

 誰もが驚きに固まり、死闘の空気が凍りつく。あのトウヤでさえ、セラフ級パラレイドのサンダルフォンを止めてしまった。

 そう、誰もがその声音を知っていた。

 (りん)として涼やかで、清冽(せいれつ)極まりない声色。

 なにより、五百雀千雪(イオジャクチユキ)が一番よくしっている声だった。


『この声が届くところにまだ、戦い続ける人類がいることを願って……剣と共に私の言葉を記録します。……私は|新地球帝國軍第707戦技教導団《しんちきゅうていこくぐんだいナナマルナナせんぎきょうどうだん》部隊長、五百雀千雪大尉です』


 千雪は思わず目を(みは)る。

 そう、自分の声だ。

 そして、自分の知らない真実をもたらす、もう一人の自分からの言葉である。


「この声は……どこから? 広域公共周波数……いったい、なぜこのタイミングで」

『千雪殿ぉ! こっ、ここ、この声は』

沙菊(サギク)さん、発信源の特定はできますか?」

『できるもなにも、あれであります! あそこから声が!』


 すぐ近くで、渡良瀬沙菊(ワタラセサギク)の89式【幻雷(げんらい)改型伍号機かいがたごごうきが指をさす。

 すぐに【ディープスノー】に首を巡らせた千雪は、見た……そこには、巨大な剣が突き立っている。そして、ひび割れた刀身は今、千雪とは違うチユキの声を走らせていた。

 そして、機体のモニターの隅に小さなウィンドウがポップアップする。

 そこには確かに、大人の女性として成熟した自分の顔が映った。

 見たこともない軍服姿にも驚くが、千雪は平行世界の自分を見て絶句した。


「これは……機械の、身体……私より、ずっと」

『この音声が再生されている頃、すでに私はこの世にいないでしょう。……新地球帝國軍を離反した、摺木統矢(スルギトウヤ)大佐の部隊は、リレイド・リレイズ・システムと呼ばれる時空間相互連結装置じくうかんそうごれんけつそうちを用い、そちらの世界へと転移しました』


 静かな、しかし決然とした覚悟を込めた声だった。

 そして、その言葉を(うた)う【グラスヒール】のひびが広がってゆく。理論上、単分子結晶(たんぶんしけっしょう)が砕けることなどありえない。分子よりも小さな単位は、物理学の観点から言えば存在しない。つまり、今の【グラスヒール】は既存(きぞん)の力学を無視した崩壊を起こしているのだ。

 だが、光を(まばた)かせながら割れてゆく刀身から、声がたゆたう。

 もう一人のチユキは、軍服姿に制帽を被っているが……その顔は表情なき機械だった。今の千雪がそうであるように、サイボーグに見える。そして、千雪よりもずっと、機械の比率が高い。


「そういえば、リレイド・リレイズ・システムの中でりんなさんが言ってましたね。御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさや、摺木統矢大佐と違って……向こうの私は、システムに自分を登録しなかったと」


 そう、先程邂逅(かいこう)を果たした更紗(サラサ)りんなは教えてくれた。

 向こうのチユキは、無限に繰り返す輪廻(りんね)を選ばなかった。そして、何度も蘇るトウヤを追いかけるため、自分の肉体を捨てて機械に身を(ゆだ)ねたのである。

 だが、彼女は最後に更紗れんふぁをこの世界線に送り込んだ。

 リレイド・リレイズ・システムは、異なる平行世界同士を繋ぎ、その間を行き来することが可能だ。だが、行き先の座標が指定されていない場合、無限に等しい平行世界のどれかをランダムで選ぶことになる。それを承知で、御堂刹那達リレイヤーズと呼ばれる子供達は挑んだ……砂漠の中の米粒を拾うように、繰り返しトウヤを探し続けた。

 そして、ようやく探し当てたのがここ、千雪達の世界という訳だ。

 そのことを思い出していると、トウヤの絶叫が焦りと狼狽(ろうばい)を伝えてくる。


『クッ、五百雀千雪ッ! 何故だ……この事態を読んでいたとでも!? しかし、なんだ……あの剣は、単分子結晶は我々の技術では当たり前のもの、造るも壊すも自在だが……ッ!』


 そう、無数の瞬く輝きと共に、【グラスヒール】が割れてゆく。

 そして、チユキの声は徐々にノイズと共に細く小さくなっていった。

 彼女の画像は大きく揺らいで、徐々にその輪郭(りんかく)(ほど)いてゆく。


『摺木統矢大佐は、私達の世界での敗戦を(くつがえ)すべく、異なる世界で力を(たくわ)えんとしています。そして、その舞台に選ばれた平行世界に今、戦火が広がっているでしょう。そのことをまずは、お()びせねばなりません』


 どんどん空気が漏れてゆく地下空洞は、既に気流が渦巻く嵐となっていた。

 その中で、大地に突き立つ刃は滔々(とうとう)と語る。


『私は、大佐を……トウヤ君を、止められませんでした。そしてもう、止められないでしょう。ゆえに、私の最後の教え子である更紗れんふぁと共に、この剣を(たく)します。絶望の未来に、(あらが)って……どうか、負けないで……トウヤ君を、止めて……助けて、あげ――』


 声は途絶えた。

 そして……【グラスヒール】の刃は砕けて風に舞い、()()()()()()()()()()()姿()()()()翠翠色(ジェイドグリーン)に輝くその姿を見て、トウヤの絶叫が震えて揺れた。


『なっ……まさか、チユキッ! 貴様……何故だ! 何故、私にここまで歯向かうっ! 愛してやった恩を忘れて、ここまで! あれは、あれはっ……零分子結晶(ゼロぶんしけっしょう)!』


 ――()()()()()

 その名の通りの物質であれば、それはもう物理法則の埒外(らちがい)、ありえないものということになる。だが、その剣は依然としてそこに突き立っていた。

 平行世界のチユキのメッセージが途絶えた、その時……ズシャリと怒りが大地に降り立つ。

 それは、新たに【シンデレラ】の装甲を身に纏った、97式【氷蓮(ひょうれん)】……鮮やかなトリコロールカラーの白い機体が、生まれ変わった頭部にツインアイの光を走らせる。

 激昂(げきこう)(しず)めた声が響いて、千雪も操縦桿(スティック)を握り直した。


『千雪……どこだ』

「統矢君。ここにいます……上には、れんふぁさんも」

『目に血が入って、なにも見えない。頼めるか? 剣は……【グラスヒール】はどこだ』

「統矢君、怪我(けが)を」


 ゆらりと立つ【氷蓮】の、その装甲がガタガタと鳴る。

 徐々に弱まってゆくグラビティ・ケイジが、外側から辛うじて着せている鎧なのだ。そして、平行世界のもう一つの【氷蓮】だった【シンデレラ】は、フレームだけになって【樹雷皇(じゅらいおう)】からぶら下がっている。動力部としてケーブルで(つな)がれ、その姿はまるで(むくろ)のようだ。

 だが、その姿をそのまま身につけた【氷蓮】は、ゆっくりと歩き出す。


『どこだ……クッ、千雪ッ!』

「……統矢君。右前方、二時の方向です。距離は約200」

『ああ、わかった。お前はれんふぁを頼む……ここでケリを、つけるっ!』


 生まれ変わった【氷蓮】が地を蹴る。

 まるで、四つん這いで地を滑るように、前のめりに()せる。

 その姿は、怒りに燃える野生の獣を彷彿とさせた。

 落ち着きを取り戻したトウヤがサンダルフォンを向けるが、言葉にならない絶叫を張り上げる統矢は止まらない。


『くっ、貴様ぁ! あれは……貴様等地球人には、この時代の人類には過ぎたるものだ!』


 サンダルフォンの豪腕が(うな)る。

 だが、視界ゼロの操縦とは思えぬ動きで、統矢の【氷蓮】は鉄拳をかいくぐった。

 そのまま転げて滑るようにして、彼は愛機を走らせる。

 【氷蓮】はそのまま、全速力で【グラスヒール】をひったくる。そのまま(つか)んで引き摺りながら、大きくターンしてサンダルフォンへと飛び込んでゆく。

 防御を捨て、攻撃ですらない……それは命に命をぶつける特攻にも等しい。

 しかし、気付けばその道を千雪は守っていた。

 れんふぁの声と同時に、彼女は自分の戦いを思い出す。


『千雪さん! 【樹雷皇】はもう……でも、メタトロンが!』

「れんふぁさん、脱出を……統矢君の邪魔は、私がさせません!」


 全武装をパージした【樹雷皇】が、墜落同然で不時着した。その轟音と砂煙の中で、千雪も一瞬に全てを賭ける。

 トウヤは今、サンダルフォンに自分を守らせている。

 搭乗者を廃し、外から遠隔操作する……これによって、サンダルフォンは人間が耐えれぬ高機動で動けるのだ。だが、弱点も存在する。そして、それは()()()()()()()()()だ。

 トウヤは決着を確信して、己の身を(さら)した。

 切り札に絶対の自信があるからこそ犯した、致命的なミスだ。

 統矢は既に、そのことに気付いている。

 だから、まっすぐにトウヤへと向かっているのだ。


『トウヤ様っ! 今、ボクが――』

「レイル・スルールッ! 何度も言いました! 邪魔だと!」

『くっ、五百雀千雪っ! どこまでも!』

「いいえ、これっきりです。これでっ、終わりです!」


 統矢の【氷蓮】が、引きずる大剣を振り上げた。

 その進行方向上に立ち塞がろうとしたメタトロンを、思い切り千雪が蹴り飛ばす。操縦者の体術をそのまま感じ取って、【ディープスノー】の上段回し蹴りが炸裂した。

 メタトロンは、胴体にコアを持つ合体変形構造のセラフ級だ。

 何度撃墜されようとも、上半身と下半身を換装することで復活する。

 逆を言えば……狙うべきは、合体機構故に弱いと思われる胴体部なのだ。

 体格差から、【ディープスノー】のハイキックがメタトロンの脇腹へとめり込んでゆく。その手応えが、操縦桿を通して千雪に伝わってくる。

 だが、この弱点は既にレイルも熟知していた。 

 千雪が予想していた通り、レイルは予測の事態に対処してみせた。


『パンツァー・モータロイドなんかの蹴りが、このメタトロンに効くかあっ!』


 ミシリと機体が(きし)んだ。

 メタトロンが、蹴り足をそのまま両手で(つか)んできたのだ。


『掴まえたぞ、このまま潰すッ! ボクが……ボクだけが、トウヤ様を守れるんだっ!』

「ええ、()()()()()()()()()()()()()。その仕事は、すぐに終わらせてあげます!」


 【ディープスノー】の片足を掴んだまま、メタトロンは背の剣を引き抜いた。刀身自体がビームでできた、一撃必殺の光剣だ。

 だが、千雪の読みがその先へ勝機を見出す。

 次の瞬間、自分ごと機体を蒸発させるであろう、(まばゆ)光条(こうじょう)を見上げながら……脇を走り抜ける【氷蓮】を見送った。【氷蓮】に装甲を着せ、それを保持させておくためにグラビティ・ケイジを貸している。今、千雪の【ディープスノー】を守る重力場はないのだ。

 だが、迷わず千雪は……()()()()()()()()()()()()()()()()


『なにっ、逆の蹴り――ッ!?』

「行ってください、統矢君っ! 私と私の想いをその手に!」


 片足を掴んでくる、そのメタトロンの腕を支点に逆の蹴りを放つ。振り下ろされたビームの刃を、身を(よじ)って避けつつ……千雪は的確に巨大な頭部を蹴り抜いた。

 大口径のビーム砲を備えたメタトロンの頭部が、千切れて吹き飛んだ瞬間だった。

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