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第19話「二人の摺木統矢」

 肌がひりつくような、緊張。

 時間は流れを止め、空気は音の震えを忘れてしまった。

 気が狂いそうなほどに張り詰めた静寂が、五百雀千雪(イオジャクチユキ)の周囲に満ちていた。

 彼女が愛する摺木統矢(スルギトウヤ)が、激昂(げきこう)に燃えて銃を向ける。その目は、初めて会った日の復讐心を何倍も膨らませていた。以前の彼が復讐鬼なら、今は(すで)に復讐の権化(ごんげ)そのもの……鬼へと()ちることすら生ぬるい、修羅をも食らう羅刹の気迫に満ちている。

 そして、彼の銃口の先に笑うのもまた、摺木統矢……新地球帝國(しんちきゅうていこく)のトウヤ大佐だった。


「怒りに燃えているな? こちらの世界の私よ」

「……当たり前だ。お前は……俺達から、この世界から奪い過ぎた! あまりにも多くが失われ過ぎたんだよ!」

「偉大なる勝利には、犠牲がつきものだ。そして、犠牲に報いるためにも勝利が必要なのだ」

「その先になにがある? お前は誰とその勝利を分かち合うつもりだ!」

「フッ……無論、お前とだ。もう一人の私、覚醒者……摺木統矢」


 トウヤの言葉に、統矢が意外そうに(まばた)きを思い出した。

 少しだけ空気が弛緩(しかん)する中、千雪は内心で恐れ続けていた現実に直面させられる。そう、トウヤはあちらの世界からことらの世界へと来た……千雪達の世界線は偶然にも選ばれたのだ。

 更紗(サラサ)りんなをコアとして取り込んだ、リレイド・リレイズ・システムに。

 トウヤはランダムでシステムが提示した世界線に来た。

 自ら戦争を起こして敵となり、逆境を与えて人類にDUSTER(ダスター)能力の覚醒を促すために。そして、DUSTER能力者を引き連れた無敵の軍隊で、己の世界線に戻るために。

 トウヤは不遜な笑みを浮かべて手を差し伸べた。


「私と来い、もう一人の私。お前は、お前こそが私の求めていたDUSTER能力者。レイル・スルール大尉に次いで、二人目の適合者なのだよ」

「……レイルは、お前のために戦ってる。お前を守るって」

「そう、あの(あわ)れな娘にはそれしかもうできない。だが、それでいいのだ。DUSTER能力を得たからには、私と一緒に地球を守って戦うべきなのだ」

「俺は……話を聞いた。レイルは、異星人に……(カラダ)(はずかし)められ、実験動物に」

「そうだ。あれにはもう女の幸せなどなく、その機能すらない。だが、強力なDUSTER能力がある。そして、私が愛してやれば戦えるのだ! その偉大な力で! 私の敵と!」


 渡良瀬沙菊(ワタラセサギク)がそっと手で制してくれて、初めて気付いた。

 今、千雪は思考を置き去りに飛び出そうとしていた。既に握った爪の食い込む痛みすら感じない、義手の拳をトウヤに叩きつけそうになっていたのだ。

 だが、現実にはいかな千雪の身体能力でも、その前にトウヤの部下達に蜂の巣にされていただろう。

 だが、許せない。

 女の敵というレベルではない。

 トウヤはもう、人の尊厳や倫理、道徳すら捨ててしまったのだ。

 最愛のりんなを殺した異星人を殺す、それだけの復讐装置になってしまっている。

 それは、己だけを復讐の炎に投げ入れ戦う統矢とは、まるで違って見えた。

 トウヤはさらに、統矢の逆鱗(げきりん)に触れてゆく。


「お前も味わった(はず)だ。りんなを失う痛みを! りんなのいない寂しさを! 私よりもその喪失は大きく深く、そして色濃い。お前はりんなのぬくもり、甘やかな肌も匂いも知らずに別れたのだからな!

「誰が……誰がそうしたあ! お前だっ、お前……並行世界の俺、お前なんだよ!」

「そうだ! 私が試練を与えたが、りんなはDUSTER能力には目覚めなかった。しかし、その死でお前の覚醒を(うなが)したのだよ。まさに、これは愛がなせる奇跡」

「……俺は、あいつに恋して、愛されたかった……そのことに気付いた時には、遅かった。でも、だからこそ新しい恋に出会えて……今、その愛を守りたい」


 統矢の銃が揺れている。

 両手で握った拳銃は、ふらふら狙いが定まらない。

 今すぐ駆け寄り、抱き締めたい衝動に駆られる千雪……だが、迂闊(うかつ)に動けば統矢は蜂の巣だ。

 千雪が動いてもいけないし、統矢がトウヤを撃てば、それで終わる。

 トウヤの生死などに興味はないが、間違いなく統矢は無数の銃弾に撃ち抜かれる。

 緊張の中で、沙菊との目配せを交わし合うのが精一杯だ。

 なにかきっかけがあれば、瞬時に二人で動く、それを確認する。

 だが、そのなにかが訪れるまでの間、焦燥感に侵食される時間が続いた。

 そんな中、トウヤはさらなる冒涜で統矢を揺さぶる。


「私に(くだ)れ、統矢。そうすれば、お前にも会わせてやろう……私が愛した、お前が愛した……私達が愛しているりんなに」

「なっ……りんなは死んだ! もういない! ……お前達が殺したんだっ!」

「こっちの世界ではな。だが、私の世界で彼女は永遠になった。リレイド・リレイズ・システムのコアとして、永遠に生き続ける! 常に私を繰り返し甦らせるのだ!」


 意を決して千雪は、口を開いた。

 トウヤの護衛が銃を向けてきても、(せき)を切ったように叫ぶ。


「統矢君っ、それは本当の話です! リレイド・リレイズ・システムの中に……りんなさんはいます。でも、それは生きてるとは言えません。そして、統矢さんが好きだったりんなさんは……この世界のりんなさんは、あの時」


 乾いた銃声が響いた。

 たった一発の弾丸が、緊張を高める場の内圧を爆発させた。

 誰もが一瞬、誰の発泡かと固まりながら……音のした方を(にら)む。

 そこには、硝煙(しょうえん)のくゆる銃をピタリと構えた統矢の姿があった。

 その目が、冷たい業火に暗く燃えている。見るものの心胆を寒からしめる、絶対零度の獄炎が瞳に燃え盛っていた。

 彼は銃での射撃が下手だったのを、千雪は思い出す。

 それは、驚きに(ほお)に手で触れるトウヤの言葉で証明された。


「わ、私を……撃った? 私に、傷を……血が! 血が、こんなに!」

「次は当てるとは言わない……けど、当てるまで撃つ! 撃たれても撃って、それでも外したら拳で、お前を打つ! 討つんだ……絶対に許してはいけない! 許さない!」

「くっ、周りっ! なにをしている、奴を無力化しろ! この私の誘いを……ッ!」


 ついにその瞬間は訪れた。

 驚きながらも兵士達は、一斉に統矢へとライフルを向ける。

 その動きを確認するより早く、千雪と沙菊は飛び出していた。

 遠慮なく千雪は、次々とパラレイドの兵士達を殴り飛ばし、蹴り抜く。沙菊もライフルのストックでブン殴ると、そのままクルリと回した銃口をトウヤへ向けた。

 形勢逆転、あっという間にトウヤを拘束寸前まで持ち込む。

 そして、怒りに燃える統矢の声が、鋭い刃となってトウヤを切り裂いた。


「あっちの世界の俺、つまりお前は……《《DUSTER能力に目覚めることがなかった》》。違うか?」

「……ッ! そ、それは」

「俺も千雪も死ぬ思いをした、死んだほうがましだと思えた……その中で生き残り、今もこうして戦っている。DUSTER能力ってのは、そういう人間に宿る力だ。なら、お前は……ただ周囲の人間を戦いへ放り込んできただけの、臆病者で卑怯者だってことになる!」

「うっ、うるさい! 私は異星人と戦うために、全軍を()べる男だぞ! 一軍の将に匹夫(ひっぷ)(ごと)き戦いは――」


 千雪がじりりと距離をはかっていたが、統矢の視線が無言で制してきた。

 まるで、今手を出せば統矢に撃たれそうな雰囲気である。そして、トウヤを殺すのは自分だという、悲壮感に溢れた覚悟が伝わってきた。

 そんな中でも、沙菊だけがいつもの彼女でいてくれた。

 沙菊は状況が膠着状態になったと見るや、ライフルを千雪へと放った。


「千雪殿! 統矢殿をよろしくであります! ……今なら、まだ……まだ、間に合うでありますからして!」


 沙菊は背後を振り返って、血の海に沈むアケミとオサムに駆け寄った。

 自分が血で汚れるのも構わず、絶望的な状態の二人を手当し始める。

 彼女にもわかっている筈だ……もう、助からない。それは明白だったし、助かってもDUSTER能力に目覚めるかどうかはわからない。そして、千雪を慕って子犬のようにじゃれついてくる後輩には、その全てがどうでもいいことだった。

 沙菊は気丈に自分を奮い立たせて、止血を試み、薬物を投与して心臓マッサージを続ける。

 激震が襲ったのは、その時だった。

 天井を見上げたトウヤが、情けないほどに安堵の笑みを緩ませる。


「来たか! 遅いぞレイル! 私はここだ!」


 崩落する通路の中で、強い揺れが天井を崩してゆく。

 そして、巨大な手がトウヤを守るように差し込まれた。慌てて統矢が銃爪(ひきがね)を引いたが、射撃が下手な上に完璧な防備がトウヤを連れ去る。

 大きな穴を残して、巨人の手が空中へ去った。

 千雪は、こちらを見下ろす巨大なセラフ級パラレイドを見上げる。

 レイルの乗る、メタトロン・ゼグゼクスだ。


「くそっ、崩れる! 千雪、こっちだ!」

「統矢君っ!」

「話はあとだ! 沙菊も……沙菊? おいっ、千雪! あいつ――」


 建物全体が崩落する中、まだ沙菊は応急救護を続けていた。

 その目から、大粒の涙が止まらない。

 彼女は泣きながら、必死で敵兵の命を繋ぎ止めようとしていた。

 トウヤに見捨てられた警護の兵達は、うめきながら動けそうもない。千雪が全力で力を震えば、半分機械の躰は全部が凶器だ。

 すぐに千雪は、決断した。

 沙菊を立たせて、アケミやオサムから引き剥がす。

 統矢が走り出す先へと、彼女を引きずるようにして全力疾走で駆け出した。


「千雪殿っ、二人が!」

「沙菊さん! 貴女(あなた)が死んでは元も子もありません!」

「でもっ」

「私、貴女がいてくれないと困りますから! 統矢君も、みんなもです!」


 沙菊はなにも言わなかった。

 ただ、千雪の手をそっと振り払うと、自分で走り出す。

 強い()だと思った。

 できることをやるだけと言うが、それを実行する人間は強い。そして、信用される。渡良瀬沙菊は、自身も皇立兵練予備校こうりつへいれんよびこう埼玉校区(さいたまこうく)で、多くの級友を失っているのだ。

 先頭を走る統矢は、自分が新入したルートを覚えてるらしく、迷いなく進んだ。

 そして、一度だけ肩越しに振り返る。


「千雪、沙菊も! 俺は絶対、あいつを倒す! もう、りんなのためだけじゃない……お前等、俺の戦う理由になってもらうからな! それは、生きててくれてはじめて意味があることなんだからな!」


 純粋に嬉しい言葉だったし、れんふぁにも聞かせたかった。

 なにより、隣で泣きながらも沙菊が「うぃす!」と笑ってくれたことが、嬉しかった。

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