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第12話「ほかに手はなし、悩む間もなし」

 ヤサカニ作戦。

 それが、時間の限られた中での、人類同盟(じんるいどうめい)に与えられた戦術の名前だ。

 言い得て妙だと、【ディープスノー】のコクピットで五百雀千雪(イオジャクチユキ)(うな)る。パイロットスーツのヘルメット越しに、機体のサブモニタに映るカウントを見た。

 補給と休息を終えて、作戦終了まであと三時間もない。

 三時間後には、頭上に隕石が降ってくるのだ。


「つまり、それまでにあの要塞都市(ようさいとし)を陥落させ、リレイド・リレイズ・システムを破壊する。失敗すれば、システムもろとも私達も」


 今、目標ポイントの要塞都市を目視する距離まで部隊は進軍している。

 全戦力で包囲しての、同時攻撃だ。

 包囲殲滅戦をするには、戦力が足りていないのも事実だが、しかたがない。千雪の周囲には、お馴染みフェンリル小隊の面々と、巨大な【樹雷皇(じゅらいおう)】が浮かんでいる。

 そして、時はきた。

 静まり返っていた無線の向こうで、通信が無数に行き交い叫ばれる。


『ヤサカニ作戦、スタート!』

『全軍っ、進撃! 突入、要塞都市へ突入せよ!』

『砲撃支援要請! 【樹雷皇】、砲打撃戦(ほうだげきせん)用意!』


 ヤサカニ作戦……八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)から取られた作戦名だ。八尺とは『弥栄(いやさか)』から転じて生まれた言葉とも言われ、弥栄とはつまり、『万歳(ばんざい)』とほぼ同義である。

 つまり、この作戦は万歳作戦……バンザイアタックなのだ。

 (かつ)て旧世紀に日本帝国軍がやった、特攻作戦そのものである。

 確たる戦略もなく、戦術として(すで)に成立していない。

 持てる戦力を全てぶつける、それだけの闘争なのだ。

 それでも、人類はパラレイドと戦い続ける限り、リレイド・リレイズ・システムを破壊しなければならない。


「兄様、フェンリル小隊で【樹雷皇】をガードします。他の隊は」

『三方向から、刹那(セツナ)ちゃん先生の本隊、雅姫(マサキ)三佐のティアマット聯隊(れんたい)、グレイ大尉の海兵隊が同時に攻撃を始めた! って訳で、統矢ぁ! 派手に撃ってやんな!』


 全身のアチコチにアポジモーターの明滅を瞬かせ、【樹雷皇】が主砲の照準を微調整する。巨大な|全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体《ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい》、通称ユグドラシル・システム……巨大な空飛ぶ武器庫である【樹雷皇】は、その大半が超砲身の集束荷電粒子砲オプティカル・フォトンカノンである。

 現在の人類が建造しうる、()()()()()()()()()()……全長300mの神の雷(インディグネーション)

 摺木統矢(スルギトウヤ)更紗(サラサ)れんふぁの声で、人類の希望に火が(とも)る。


『れんふぁっ、最大口径でブッ放すぞ!』

『チャンバー内圧力上昇、粒子加速状態良好……いいですっ、統矢さん!』


 真空を震わせ、メギドの火が放たれようとしていた。

 だが、御巫桔梗(ミカナギキキョウ)の声が全員を凍らせる。


『待ってください、摺木君! 敵要塞都市に高エネルギー反応です!』

『桔梗っ、詳しく話せ!』

『これは……セラフ級、二機確認! 識別名、ミカエルとガブリエル!』


 五百雀辰馬(イオジャクタツマ)の瞬時の判断は的確だった。

 そして、千雪は阿吽(あうん)の呼吸でそれを聞く前に実行している。

 兄と妹、水と油のような兄妹(きょうだい)だったが、こういう時に言葉を上回るなにかが結ばれ通じ合う。

 千雪の【ディープスノー】は、【樹雷皇】の長い砲身の上へ飛んで、グラビティ・ケイジを集中して展開した。

 そして、一番索敵能力の高い桔梗の89式【幻雷(げんらい)改型弐号機(かいがたにごうき)から映像が届く。

 要塞都市のド真ん中に、巨大な銃身を構えたセラフ級の姿があった。

 あの紫色の鬼神(オニ)、個体識別名ミカエルだ。

 その近くには、全身を覆うほどの大盾(シールド)を構えた黄色い個体、ガブリエルもいる。


「もう一機は……ラファエルは、どこに? でも、今は統矢君とれんふぁさんを守りますっ!」


 双方、ほぼ同時に発砲した。

 膨大なエネルギーの奔流(ほんりゅう)が、月面の空を真っ白く染めてゆく。

 【樹雷皇】の収束荷電粒子砲の方が巨大だが、それは威力で勝っているという訳ではない。人類は粒子加速器等、砲を構成するパーツをダウンサイジングする技術がまだ未熟なのだ。

 逆に、パラレイドと呼ばれるあちら側の人類は、既にビーム兵器を通常装備として運用している。数で押すタイプの無人兵器にまでビーム兵器が搭載され、その圧倒的な絶対対空能力はいまさら言うまでもない。


『ちょっと、なによ! モニターが』

『ラスカ殿、落ち着くでありますっ!』

『フェンリル小隊各機、現状維持! 大丈夫だ、こいつは当たらねえ!』


 辰馬の言う通りだった。

 狙撃体勢でうつ伏せに身を沈めて、ミカエルが撃ってきたビーム……その苛烈(かれつ)光条(こうじょう)が、【樹雷皇】の集束荷電粒子砲と交わり、ぶつかってゆく。

 激しいビームとビームの衝突が、見えないエネルギーを周囲へと弾けさせた。

 そして、対消滅(ついしょうめつ)

 回線を混乱と悲鳴が満たして、絶叫と怒号がノイズに飲み込まれてゆく。

 衝撃波から仲間達を守って、千雪の【ディープスノー】がグラビティ・ケイジを広げていた。


「とりあえず、防げましたが……これでは、本隊のサポートが」


 要塞都市は相変わらず、その全土に埋め込まれた火器でパンツァー・モータロイド部隊を圧倒している。そして、それを黙らせる【樹雷皇】の砲撃は届かない。

 逆に、完全武装した要塞都市の中から、こちらがピンポイントで狙われたのだ。

 そして、最悪の事態はさらなる状況の悪化を見せる。


『ハッ! こちら海兵隊(マリーン)、グレイ大尉だ。遺憾(いかん)ながら、こちらは突入を断念する。代わりといっちゃあなんだが……赤いのが出てきた、個体識別名ラファエルだ。悪いがこいつはステイツの俺達でもらうぜ?』


 爆発音が響く。

 何度も途切れる回線の向こうに、死地が広がっていた。

 残る一機のセラフ級、ラファエルが現れたのだ。

 そして、三方向に分散していたその一つ、グレイ・ホースト大尉の隊が襲われた。恐らくもう、救援に向かっても……だが、彼等の奮闘は一つの事実だけを告げてくる。

 こうしている今この瞬間、零れ落ちる(とき)の砂の、その一粒一粒に命が宿っている。男達が命を燃やして稼ぐ、明日へと流れる時間がこもっているのだ。

 幸いにも、敵のセラフ級三機は初手で全て姿を現した。

 相手が先に切り札を切ってきたのだ。

 命を賭して今、仲間達が、友軍が戦っている。

 その時、フェンリル小隊の全員が決断を共有していた。


『統矢、そのデカブツで突っ込め!』

『その言葉を待ってたぜ、辰馬先輩! 行くぜ、れんふぁ……【樹雷皇】をぶつけてやるっ!』


 背面に集中したロケットモーターから、轟音と共に炎が迸る。

 文字通り流星のように、狂気的な加速で【樹雷皇】が突出し始めた。

 その背を追うPMR(パメラ)は全て、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジに守られている。

 だが、()えて千雪はその庇護(ひご)のもとから飛び出す。

 【ディープスノー】ならば、単体でのグラビティ・ケイジが展開可能である。そして、その突進力と突破力は、以前の愛機である【幻雷】改型参号機(かいがたさんごうき)を上回る。

 以前の改型参号機が、撃発(げきはつ)する()()(ごと)き突進力だとするならば……一回り以上大きな【ディープスノー】は、より強く(はや)()()だ。敵へと(くさび)となって打ち込まれる、その突出した戦闘力は以前の比ではない。


『おい千雪っ! あんまし前に出るなっ、撃ってくるぞ!』

「大丈夫です、統矢君。私、強いですから。沙菊さん、援護射撃を。ラスカさんは遊撃、よろしくお願いします。桔梗義姉様(ねえさま)は兄様を頼みました! ――()きますっ!」

『このっ、バカ愚妹(ぐまい)っ! 俺の仕事を取るんじゃ……千雪っ!』


 一気に距離を詰める。

 ミカエルの放つ二射目の光が、【ディープスノー】の暗い青を(かす)める。

 ギリギリで避け、発せられるエネルギーの(うず)をグラビティ・ケイジで押し切った。

 要塞都市に突入するや、周囲の砲口が出迎えてくれた。

 だが、目もくれずに突き抜ける。

 あっという間に、ミカエルが構える巨大なライフルが見えてきた。その瞬間にはもう、集う光で発射体制に輝く、その龍の顎門(アギト)の如き銃口へと千雪は(こぶし)を引き絞った。


「グラビティ・ケイジ、集束! 一点集中、この拳で……穿(うが)ちます!」


 ビームの縮退連鎖の瞬間、コンマゼロ秒の世界を鉄拳が打ち抜く。

 発射直前だった巨大なビーム砲は、縦に真っ二つに割れた。そのままミカエルを巻き込み、巨大な火柱となって闇を照らす。

 その中を突っ切り、着地するや千雪は愛機を身構えさせた。

 仲間達からの支援攻撃は、火力不足だがちゃんと機能している。

 そして、目の前には盾を捨てたガブリエルが立ち上がる。


「まず一機……妙ですね。ミカエルに全く手応えが……あの強力なグラビティ・ケイジを展開していなかったようですが」


 背後ではもう、周囲の建造物を巻き込み爆発が広がっている。

 だが、千雪の戦うべき敵は眼前のガブリエルだけではなかった。

 三機の有線動力型セラフ級以外に、もう一つ……肌をひりつかせる敵意がどこかで見ている。その直感はすぐに、現実となって千雪の鋭さを証明した。

 絶叫と共に、暗い宇宙から殺意の(かたまり)が降ってくる。


『五百雀千雪っ! またお前はあ! 統矢様の邪魔をしてえええええええ!』

「レイル・スルール! 貴女の統矢様とやらには興味ありません。下がればよし……さもなくば!」


 全身を鎧で覆って膨れ上がった、もう一機のセラフ級……メタトロン・ゼグゼクスが現れた。

 増加装甲(フルアーマー)はそのシルエットを一回り大きく見せている。

 なにより、右手には肩に巨大な大砲を(かつ)いでいた。あれだけの大口径ビーム、喰らえばグラビティ・ケイジを展開したとて無事ではすまない。

 そして、重量が増えたにも関わらず、レイルの操縦は以前より鋭い。

 無骨な巨体を逆噴射の光で包んで、メタトロンが割り込んできた。


『お前は今日、ここで倒す! 統矢様のために! それでれんふぁ様も目が覚めて、こっちの統矢様だって』

「邪魔です!」

『くっ、またボクを無視しようと!』

「馬鹿の相手はしません!」

『お前はあ!』


 千雪はメタトロンを無視して、奥へと進むべく機体を加速させる。だが、ここにきてようやくガブリエルが、あの強力過ぎるグラビティ・ケイジを広げてみせた。

 千雪が物理的に進めなくなるほどの、強力な重力場……それは敵愾心(てきがいしん)(たけ)るレイルの声を閉じ込め、彼女と千雪だけを闘争の舞台へと閉じ込めてゆくのだった。

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