第11話「賽は投げられた」
臨時の作戦指揮所として可動しているのは、かつて宇宙ステーションにドッキングさせる予定だった居住モジュールだ。10m四方もないスペースは、お世辞にも広いとは言えない。加えて、中央には光学映像端末を兼ねた巨大な円卓が置かれている。
ぼんやり立体映像で浮かび上がる、パラレイドの要塞都市。
各国の部隊長クラスが集まっての会議は、紛糾していた。
「ここは一点突破だ! 時間がない……あと何時間、リレイド・リレイズ・システムがこの次元に固定されていられるかわからないんだぞ!」
「待て、敵の防衛力を侮るな。一網打尽で全滅など、笑えん」
「戦力の逐次投入でジリ貧になるよりはいい!」
空気の循環システムがフル稼働しているが、空気は濁っていた。
人いきれと体臭、そして洗っても取れないオイルと火薬の臭い。
五百雀千雪は部屋の隅で、更紗れんふぁと並んで壁にもたれかかる。狭い部屋の人口密度は、二十名以上の戦闘員で限界レベルだった。
だが、すぐ側では摺木統矢がタブレットを操作し、愛機のセッティングを確認している。
彼の97式【氷蓮】サードリペアは、万全とはいかぬものの修理を終えていた。
他には、現場指揮官である御堂刹那特務三佐は、隣に五百雀辰馬を控えさせて無言を貫いていた。
「オーケェ、みんな落ち着け。熱くなり過ぎるなよ? 俺等がケツに火を点けたって、連中は屁とも思っちゃいないんだ。そうだろ?」
怒号が行き交う中で、野太い声が響く。
とても落ち着いた、ともすれば茶化すような声音だった。だが、それを発した巨漢の黒人大尉は、パイロットスーツに輝くアメリカ海兵隊のエンブレムと共に歩み出る。
人類同盟軍でも勇猛果敢で知られるアメリカ海兵隊パンツァー・モータロイド部隊を率いる、グレイ・ホースト大尉だ。
「俺達が話してるのは、このインディアン砦をどうやってブッ壊すかだ。間違うなよ、騎兵隊! 全員で突撃しても駄目、波状攻撃も駄目、ついでに言えば包囲殲滅作戦も駄目! ……まともな相手じゃねえんだぜ、ベイビー? 必要なのさ、たった一つの冴えたやり方ってやつがな」
凄みを感じるグレイの声に、各国の軍人達が黙る。
そんな周囲を睨めつけるように見渡し、グレイは話し始めた。
「提案だ。ステイツでは、地球衛星軌道上に放棄された資源衛星を保有している。半世紀以上前、地球圏へと飛来した小惑星を確保し、減速させて軌道上に浮かべたやつだ」
周囲の誰もが耳を疑った。
千雪も、彼の突飛な提案に息を呑む。
だが、代替案もないし反論の余地も見つからない。
「その資源衛星を、連中の頭上に落とすのさ。直径500mだ、要塞都市ごと例のファッキンシステムを消滅させられる。どうだ?」
グレイの話では、既に衛星は別働隊によって移動を開始しているという。
彼が卓上のパネルを操作した表示では、デジタルの数字はあと六時間を示していた。あと六時間の時間を稼げれば、巨大な隕石を落としてパラレイドごとリレイド・リレイズ・システムを消滅させることができる。
だが、千雪の中ではなにかが引っかかった。
果たしてそれで、あの驚異的なセラフ級三機の防衛網をかいくぐれるだろうか?
思わず呟きが零れる。
「……敵は、セラフ級は人の姿をしているんです」
「ほへ? 千雪さん、どうかしましたか?」
「いえ、私の考え過ぎでしょう。大丈夫です、れんふぁさん。でも……もし、大出力のグラビティ・ケイジを展開した上で、その手で受け止めるとしたら……?」
だが、その可能性を探る前に声が響いた。
研ぎ澄ました刃のように冷たい、日本語だった。
「例の要塞都市が、どれくらいの瞬間最大火力を発揮するかわかりません。グレイ大尉の提案は無謀です」
誰もが振り返るのは、壁に持たれて腕を組んだ少女だ。
少女の姿をした殺気の塊は、切れ長の目にギラついた光を灯していた。
ティアマット聯隊隊長代理、雨瀬雅姫三佐だ。
あの日以来、彼女はまるで昔の統矢のように変貌してしまった。今はもう、近寄りがたい空気を発散している。抜き身の剣のように、触れる全てを引き裂いてしまいそうだ。
「ほう、お嬢ちゃん。ほかになにかいい案があったら聞かせてくれ。大歓迎だ」
「グレイ大尉、隕石落としまでの六時間、破壊対象のリレイド・リレイズ・システムがずっと今の位置に固定されているとは限りません。目標はあらゆる世界線を彷徨い、全ての世界に同時に存在しながら、どこにも存在しない……不安定なものだと聞いています」
「そうさ! 今回のチャンスを逃せば、次はいつ俺達の世界に顔を出すかわからない。そして、そのシステムが存在する限り……クソッタレなパラレイドは無限に湧いて出るって訳だ」
雅姫は歩み出て、円卓に触れる。
グレイの浮かべていた表示が消え、敵の要塞都市が浮かび上がった。
ズームを調節して、彼女は自分の作戦案を語り出す。
「超長距離から【樹雷皇】を用いて狙撃……同時に、我々ティアマット聯隊が進軍し地下への道を確保します。そこから先は、二千人からなる特殊部隊を投入、白兵戦で決着をつけます。あの要塞都市の地下に目標があることは明らか……最後は人間が直接行って、特殊爆薬で吹き飛ばします」
「なるほど……連中はグラビティ・ケイジを中和する。だが、遠くからの射撃ならって訳だな? だが」
ちらりとグレイは統矢を見た。
それで彼も、タブレットから顔をあげる。
統矢の目を無言で物語っていた。
できる、やってみせると。
だが、男と男の視線に宿った言葉を、雅姫の声がかき消す。
「統矢三尉、私に【樹雷皇】とれんふぁ准尉を貸しなさい。先の戦闘を見る限り、三尉は【樹雷皇】の性能を完全に引き出せてはいない。あれほどの兵器を任されていながら……見ていられないわ」
雅姫の瞳に暗い炎が揺れる。
その獣のような視線を受けて、統矢は少し面食らったようだが……すぐに反論した。
そして、その言葉が千雪を安心させる。
だから、びっくりして瞬きを繰り返すれんふぁの、その華奢な肩をそっと抱いた。
統矢の言葉は、服従でも反骨でもなかった。
「……れんふぁは物じゃない。貸せだなんて言うなよ」
「階級は私が上よ、三尉」
「今、俺の【氷蓮】を【樹雷皇】に接続し直している。……銃爪は俺が引く。けど、本当に超長距離狙撃で、あの要塞都市が落とせると思ってるのか?」
統矢は真っ直ぐ雅姫を見据える。
その目には、過去の自分を見るような切なさ、哀しさがあるように見えた。
彼は自分のタブレットをいじり、その液晶画面を雅姫に向ける。
「【樹雷皇】に搭載されている集束荷電粒子砲の破壊力は保証する。最大出力で撃てば、あの妙な紐付きセラフ級のグラビティ・ケイジも敗れるだろうさ。けどな、それは逆も一緒だ」
「……つまり?」
「もし、要塞都市側に【樹雷皇】と同等の火力、同レベルの火砲があった場合、撃ち合いになる。いいのか? 時間がないのにまどろっこしい砲戦なんかしてて。それに……相手の火力が不明だと言ったのは、雅姫三佐、あんただ」
「それで膠着状態が生まれるのなら、その隙にPMR部隊で……我々で突破口を開きます」
雅姫と統矢の視線が、一本の線に収斂されてゆく。
行き交う複雑な感情が、千雪の肌をひりつかせた。
抱き寄せるれんふぁが、震えているのが伝わってくる。
「……フン、よくもまあお前達……色々と考えてくれるものだな」
声が走った。
誰もがその方向へと振り返る。
先程から黙っていた刹那が、銀髪を手でかきあげる。そのまま彼女は、ポケットからなにかを取り出した。よく見れば、小さなスティックにラッピングされたキャンディだ。
刹那はビリビリと包み紙を破ると、くわえ煙草のようにそれを口に放り込む。
「我々には選択肢を吟味する余裕も、それを用意する時間も許されていない。グレイ・ホースト大尉、資源衛星を移動させている別働隊に通達! 我々の作戦の成否にかかわらず、六時間後……きっちり六時間後に隕石を落とせ」
誰もが息を呑んだ。
だが、刹那は矢継ぎ早に命令を発してゆく。
「雨瀬雅姫三佐、ティアマット聯隊に陸戦隊の強襲上陸艇を守らせる。【樹雷皇】の狙撃と同時に突入、六時間以内に要塞都市を突破し、地下へ潜入しろ。……できるな?」
「可能です」
「よろしい。全PMR部隊で陽動を行う。その上で、例のセラフ級……ミカエル、ラファエル、ガブリエルをフェンリル小隊で足止め、可能ならば撃破する。異論のある者はいるか?」
誰もが黙った。
これは、全員を決したいとした背水の陣だ。
六時間以内に作戦を完遂できなかった場合、参加者は全員隕石落としに巻き込まれる。そうなった時、生還は難しい。
不気味な静寂に包まれた中、円卓からの光に照らされ刹那は……最後にキャンディのスティックで統矢を指差す。
「摺木統矢、貴様が更紗れんふぁと【樹雷皇】に乗れ。長距離より砲撃、その後は臨機応変に状況へ対処し、可能ならば要塞都市中枢へと進撃して全火力をぶちまけろ」
「了解だ、御堂先生!」
「御堂刹那特務三佐と呼ばぬか、バカモン……いいか、貴様等の命は私がもらう。許せとは言わん……赦しも請わない。そして、命令は一つしかない!」
バン! と円卓を叩いて、再度刹那はキャンディをくわえなおした。
「必ずリレイド・リレイズ・システムを破壊し、生き残れ! 以上だ!」
こうして、決死の作戦が発動した。
月の裏側に満ちる闇を、死地へと向かう者達の機体が眩しく照らす。休息のためのドームにもすぐに命令が伝わり、外では整備員が最後の仕事にとりかかった。
千雪も、覚悟を決めて心に誓う。
必ず仲間達と全員で、地球に帰ると。
絶対に統矢とれんふぁを守り通すと。