とある宿泊施設の怪、談・コトハ
夏の夜。山深い場所に建つ宿泊施設で、宿泊者たちが遭遇したのは……。
湿気と熱が、体内にまで忍び込んでくるような、息苦しさをはらんだ夏の夜。
共同キッチンのほうから、声が、する。
『ないのよ……ないのよ……はやく……はやく見つけて集めなくちゃ……』
キッチンに行こうとして、その声を聞いてしまった宿泊者。悲鳴をあげないよう、とっさに口を押さえた。
走りだしたい気持ちを抑えつけ、静かに、きびすを返す。
廊下の角を曲がった途端、宿泊者は駆けだした。階段を猛スピードであがり、息せき切って部屋へ飛び込む。
「おい、どうした? お楽しみの夜アイスは?」
「もう食べてきたの? 走ってカロリー消費?」
「そのわりに顔色、真っ青だ。そんなにアイス、冷え冷えだった?」
口々に声をかける仲間たち。
「それどころじゃないのよ!」
宿泊者は、今あった出来事を仲間たちに話した。
「すごく不気味な声で、必死そうで……」
「泊まってんの俺たちだけじゃなかったよな……なにさがして集めてんだろうな……」
「その人、生きてるのかな……」
「えっ?」
「ちょっと、関連しそうな話があるの……」
「僕も実は、ある話を目にしたことが」
「どんな話なのよ」
「私がネットで見たのは、昔このあたりで殺人事件があって、その犯人、ばれないように遺体をバラバラにして……。発覚後も、全部回収できてないって話」
「なによそれ……」
「でもそんな事件の記録はないって書き込みもあったから、本気にしてなかったんだけど、でも……」
「僕が読んだのは、昔、このあたりに臓器売買に関係する場所があった、って話。望まないまま無理やり……」
「え……」
「なにかしっかりした記録があるわけじゃないみたいだし、山深くて雰囲気のある場所だから、つくられた話かなと思ってたんだけど……」
「四人一緒の部屋に泊まれていいと思ったのに……。こんな時間にバスないわよね……朝まで部屋にいましょう。ここは一泊だし、朝一番のバスで出発すれば」
「そうだな。飲み物もトイレも部屋にあるし。人か幽霊か知らんが、わざわざあやしいのに近づくことはしないほうがいいだろ」
「それが……そうもいかないみたいなの……」
「急にどうしたのよ」
「さっきからさがしてるんだけど、私、連絡用のスマホとかを入れたポーチ、キッチン近くのロッカーに忘れたみたい……」
「そういえば、夕はんつくりに部屋を出るとき、一応持っていくって言ってたわね」
「うん。しまった覚えはあるけど、出した覚えがないの……連絡時間まで、あまりそのスマホの存在を意識したくなかったから、今まで気づかなくて……あ、……あった」
「あった? よかったわ!」
「ううん。あったのは、ロッカーのカギのほう……」
「うわー、まじかよ。さっと行って持ってくるわ。カギくれ。連絡しなきゃいけねー時間迫ってんだろ?」
「ほかのスマホとかからじゃだめなのよね?」
「うん。ごめんね、うち、変な厳しさで」
「いろんな家があるよね。仕方ない。泊まりで出かけるための条件がそれなんだし。ロッカー、僕も行くよ」
「俺一人でいいだろ。お前はこいつらのとこにいてくれたほうが」
「一人で行ってさ……帰ってこなかったら嫌じゃん。なんかこう、一人ずつ消えて……みたいな話。なにかさがす仲間にさせられたりとかさ」
「お前、発想……。でももし消えんならなおさら、まずは一人で行ってみたほうがいいだろ。お前はこいつらのとこに」
「私のだから、私が取りに行くつもりなんだけど……」
「あんな不気味な声の近くに、誰か一人でなんてだめよ! み、みんなで行きましょう! もし消えるなら、みんな一緒によ!」
「そうか? ……そうするか。じゃあ四人で行こうぜ」
「それがいいかな。僕も賛成。行こう」
「みんなお人好しすぎ……ごめんね。ありがとう」
仲間たちは、一階へとそろって静かに進み、キッチンもある廊下にさしかかる。
「廊下も、キッチンも、か? 電気ついてんな。人間か?」
「幽霊だって、さがしものをするときは明かりつけたりするかもよ?」
「ちょっとあんたたち、いくら小声だからって! って、あなたは無言で先に行こうとしないで!」
と、そこに。
『もうすぐ……たぶん、もう少しなの……』
廊下へと微かに流れ出る、声。
ひた、ずる、ひた、ひた。
なにかを引きずりながら、動いている。
仲間たちは、足を止める。
『みぃつけた。……きっと、これで、帰れる……』
そこに。
ぴちゃん、ぱたた、と、なにかが滴るような音がした。
『やだ……もうないはずだったのに……』
泣きそうな、か細い声。
そして、また。
ぴちゃん、ぱたた。
『なんで……こんなに……?』
「おい……あれって、まさか、血が落ちる音とか言わねーよな」
その声は、少し、大きかったのだろうか。
『どなたかいるのね……。もう無理……ねぇお願い……』
「やだわ! 気づかれた!」
「まずいかもね。僕にカギを……」
「って、おい! 待てって俺が」
「私の忘れ物だから。私が行く」
ロッカーへと走りだす姿。追いかける仲間たち三人。
ロッカーを開け、持ち主が荷物を取り出す。その間、ほかの三人は、ロッカーの向こうのほうにあるキッチンを警戒する。
目的を果たし、四人は一目散にその廊下から遠ざかる。
タスリ、タスリ。
キッチンから音が、廊下へと向かう。
『あっという間に……。いいわ、どうか一緒にって……お部屋に、お願いに行くから……』
夜は、まだ。これから、深くなっていく。
――そんな、お話。みなさん、どうか気をつけて……。
お読みくださり、ありがとうございます。
この話を語ったコトハと聞いた優月のやりとりの話もあります。
作品タイトルは「とある宿泊施設の怪? 談話・コトハと優月」です。
ホラージャンルではありません。
やりとりの話を読むと、ホラー成分は消え去りますが、別の味は感じられると思います。
読んでいただけましたら嬉しいです。




