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第8話 ゼミティリ・ドリア

 ゼミティリとマリアベル、実は接点がある。


 いや、接点がない人間などいないくらい、ボルネーゼ家は力を持っている。

 学校設立はそれほど昔ではない。

 だからそれこそ、数年前の舞踏会でも会っている。

 もしかすると、それ以上前にも会っていたかもしれない。


「なぁ、こんな形だけの舞踏会、二人で抜けちまおうぜ!」


 そりゃ、こんな展開もあったかもしれないし、実際にあった。

 だが、マリアベルの返事は。


「え?普通に嫌です。防衛大臣をお勤めになっているドリア伯爵の息子、その貴方と私が一緒に?普通に在り得ませんけど。」


 普通に、堂々と断っていた。


「待て!あまり家の話はしたくないが、俺の家だって負けていないだろう。」

「貴方はそこの子供というだけでしょう?それにここは情報交換の場ですよ。抜け出しては意味がないですわ。」


 ゼミティリはそれでも諦めない。

 だって。


「そう言うが、マリアベルもつまらなさそうにしていただろ。俺と抜け出して、パーっとやろうぜ?」


 マリアベルも舞踏会を楽しんでいるようには見えなかったから。

 だが、それでも彼女は。


「つまらないとか関係ないですわね。だって、貴方は——」



     ◇


 ポン‼


 という音を立てて弾ける草。

 泥水の中にある球根部分が破裂した為、皆が期待していた程の大きな破裂音はならなかった。

 それに同じ理由で、目がやられるほどの煙は出なかった。

 だが、弾けたことで泥が跳ねて少女の服を汚した。

 そして暫くすると、ボコボコと粘性を持った気泡が泥の表面に出現した。

 泥水は通常よりも粘性が高いのか、表面の気泡が割れる気配はない。

 

 だが、少女はそれが気になって仕方ない。

 そして、少女はというところで、彼の声。


「おい。その気泡は……、って、おい!」

「なんですか、これ!泥の中で何か弾けたのは分かりましたけど、うーん、もしかしてこの中に——」


 少女は笑顔で泥の表面に出来た気泡に指を差し込んだ。


 ポシュ!!


 そこから一気に噴き出る汚物のような悪臭、色味も薄茶色で見た目さえも臭そうな煙。

 だから、全員が避難していたのだが、金髪の少女は悪臭の中でも笑顔のままだった。


「臭っ!でも、なんか懐かしい香り?」


 彼女から見れば、畑仕事と大差ないし、なんなら家畜の世話の手伝いもしていた。

 糞尿なんて、毎日見る。

 何より、これは彼女にとって自然なことだった。


 そんな彼女の様子にゼミティリは言葉を失った。

 そして、少女に釘付けとなった。


 ……なんだ、こいつ。変な女……だな


 皆から見れば汚物の中で、はしゃぐ少女、笑顔の少女。

 ゼミティリは、彼女に何かを感じて、つい目を逸らしてしまう。

 そして、目を合わせずに少女に命令をした。


「女、実習は引き抜いた後のそれを使う。泥水からすぐに上がれ。……お前の体に臭いが染み付いちまうだろ。」


 最後の方は彼女には聞き取れないような声。

 それに彼は最終的に、少女に背を向けたままで話をしていた。


(あれ?今のって私に言ってた?……ゼミティリ君、だっけ)


 因みに、リリアは完全に我を忘れていた。

 今までなんだかんだ、学校生活にストレスを感じていたのだ。

 土いじりは心を癒し、更には故郷を思い出させてくれた。

 だから、男の声が聞こえたことで、漸く我に帰っただけ。

 気がつけば周りに一人を除いて誰もおらず、泥まみれの自分がいる。


 と、それよりも、今の状況を少女は理解して、大変なことをしでかしたことに気付く。

 自分のは良い、でも他人様、更にはお貴族様の衣服。


「ゼミティリ様!……す、すみません。私、こんなに泥が弾け飛ぶなんて考えていなかったので、ゼミティリ様の裾に泥が!」


 彼は一人だけ残っていたお貴族様だったので、弾けた泥がズボンの裾に飛び散っていた。

 自分と同じ制服ではないことは、彼女にも分かる。

 基本的に伯爵以上の家柄の生徒は、同じような制服ではあるが、生地やデザインが少し違う。

 しかも、張り合うように装飾も豪華である。

 あの金色は、本当に金かもしれないし、あの輝いている何かは宝石かもしれない。


「あ?これくらい大したことないだろ。ってか、お前の方が泥まみれだぞ。つーか、この臭いが体に染み込む前に体を洗いに行った方がいいんじゃねぇか?」


 と言ってくれたゼミティリだが、彼は目を合わせてくれない。

 やはり、大変なことをしてしまったのだろうと、リリアは考える。

 だが、彼女には償えるものが何もない。

 だからリリアにできるのは頭を下げることだけ。

 そして、その瞬間少女は思い出した。

 

「あの……、先ほど教室で、私を助けて頂いたのですよね? そのお礼もまだですのに、私ったら」


 泥まみれの顔で、懸命に頭を下げる少女、そしてその言葉に思考が止まるゼミティリ。


 ……いや、あれはフェルエの傲慢さがムカついたからであって、それに。


 そう、この時点での彼はまだ気が付いていない。

 だが間違いなく、これはゼミティリルートだ。

 リリアがゼミティリルートに入っていったというより、ゼミティリの方から道を開通させた、そっちの方が正しい。

 それでも、彼にだってプライドはある。


「バカ。あれはお前の為に言ったんじゃねぇよ。こんなところでマンドラゴラの奇声を聞きたくなかったってだけだ。ていうかよぉ。俺の話、無視すんなってんだ。ひどい臭いが服に染み付いちまうから、早くそこから出ろって言ってんだろ?」


 何故か、互いの会話のキャッチボールがうまく行かない。

 だから少女はキョトンとして、首を傾げた。


「私、結構この匂い、慣れっこです。故郷を思い出しますし。それよりゼミティリ様、いつまでもここにいてしまっては大切な服に、いえ、お体に匂いが染み付いてしまいます。」


 という、彼にとっては予想外の返事。

 流石にゼミティリも半眼になり、振り返る。そして、ついには少女と目を合わせてしまう。

 変な女、泥だらけの女、でもやはり泥んこ姿の女は輝いて見えた。


 ゼミティリに叱られるのを恐れずに言うと、泥んこだから薄めに見ると少女の体のラインが出ているところとか。

 だが、そんな考えは脳の中の、秘密ボックスに押し込んで、プライドを前面に押し出す。

 しかも無意識に。


 ……図々しくて、礼儀を知らぬ平民の女……か。ま、俺には関係ねぇな。つか、俺への態度がなーんか気に食わねぇ。平民とか貴族とか関係ねぇんだ。これは俺の問題だ!


「俺は慣れてんだよ。この草は軍事用、防犯用に使われる。親父の仕事の関係上、この手のものには慣れてんだ。ま、勝手に忍び込んでるだけで、見つかった時はお袋に叱られるけどな。……ほら。」


 リリアは困惑した。

 伯爵家の長男様が自分に手を差し出しているように見えた。

 かなり戸惑っていると、彼は強引にリリアの手を掴み、泥水の中から一気に引き上げられた。

 そしてそのままの勢いで、彼の体と抱き合う格好になる。


「はわわわわ、ゼミティリ様!ど、泥がついてしまいますよ!」

「うっせぇ。俺は早く校舎に戻りてぇんだよ。おら、さっさと行くぞ。俺は戦闘薬学の講義の単位を、さっさと取りてぇだけだ、勘違いすんな!」


 そして乱暴に手を離した彼は、入り口に集まっている生徒を臭いで押しのけて、リリアの視界からも消えた。


 と、思ったら声がした。


「クセェから、制服着替えて来いよ。先生、いいよなぁ?——いいってよ!だからさっさと着替えてこい。遅れたらタダじゃすまねぇからな!」


 結局、ほとんど目を合わせてくれなかった彼。

 そして乱暴な言葉遣いの彼は、地元のひねくれ小僧、ヨハンに似ていた……気がした。

 気のせいかもしれないけど。いや、多分、気のせい。

 今の時点ではヨハンの方がずいぶんマシだ。

 だから、平民の女は恐れずに言う。


「ゼミティリ様!私は『女』という名前ではありません!リリアって呼んでください!」


 すでに姿が見えなくなった強面の青年に向かって、少女は叫んでみた。

 勿論、返事はなかったが、彼女は少しだけ嬉しくなって、小走りで学生寮に戻っていった。


「ゼミティリ君は多分、良い人だ。少しずつ、クラスに友達が増えてく。私、もっと頑張らなきゃ……」


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