ゆいこのトライアングルレッスンM〜アイリス〜
『下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ』のコーナー『ゆいこのトライアングルレッスンM』(【ミューチュアルパイニング=両片思い】がテーマ)に応募した作品です。
ゆいこ・たくみ・ひろしの原案者は巽悠衣子さんです。
日曜の昼下がり。
出張で神戸へ前泊するたくみを、車で駅へ送る俺は運転席であいつの準備が整うのを待っている。
3ヶ月前、あいつの部屋は上の階からの水漏れで住めなくなった。
『ひろしの家に住んじゃいなよ』なんて、俺たちの年下の幼馴染であるゆいこが俺の気持ちも知らずにあっけらかんと言ったから、たくみは今俺の家で暮らしている。
視界の端に何か揺れた気がして、助手席側のサイドガラスを見る。
「お待たせっ」
笑顔のたくみが手を振っていて、不覚にも俺は笑ってしまった。
車に乗り込んだたくみは、茶色い革の持ち手がついた紺色のボストンバックを抱えて「ありがとな」と助手席に座る。
「忘れ物ないか不安だ〜」などとこぼしているが、俺の意識は声よりもふわっと香った匂いに囚われていた。
「ひろし?」
「たくみ、この香り——」
「へへっ、わかる? ひろしの香水使っちゃった」
「な、んで?」
「んー? 気分」
気分ってなんだよ! お前が俺の匂いを纏ってるこの状況に、俺がどれだけ乱されるか知らないくせに。
「アイリスが爽やかで、ウッディムスクが甘くて落ち着く」
香りに誘われるように目を閉じてつぶやくたくみ。
——心臓が、もたない。
俺は動揺を悟られないようエンジンをつけ、車の運転に集中する。
「俺さ、好きだよ。ひろしの安全運転」
ああ、そんなことを言われたらどこまでも甘やかしたくなる。
「今度ドライブして温泉でも行くか」
しまった。妄想が口から出た。
「マジで!? 行く!」
たくみが声を弾ませる。
笑うたくみに胸が締め付けられる。
……勘違い、しそうになる。
たくみも俺のこと好きだったらいいのに。
——匂いだけじゃなくて、身も心も全部、俺のものになればいいのに。
お読みいただき誠にありがとうございました。
(2021年2月26日放送の『下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ』にて、ご自由にとのことでしたので投稿しました。
もしも投稿の仕方に問題がありましたら、すぐにお知らせください。よろしくお願いします。)