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6.変人

「すみません。隣街の貴族が瞳術を持つ部族の娘を仕入れたと聞き、買いました」


「この子の出身は?」


「出身はわかりませんが、龍の信徒の娘だと聞いています。すみませんすみません」

 

 龍の使徒。あらゆる神の頂点に君臨する龍。それを信仰する者たちは単体の部族であり、全員が龍の瞳を持つという。存在自体が幻と言われているような代物だ。

 

「瞳はどうするつもりだった?」


「あ、えっとーあのーそのー……」


 首に刃を押し付けた。少し腕を動かせば皮膚は簡単引き裂けるだろう。

 

「すみませんすみませんすみません。ギルドに依頼され代わりに購入しました」


「どこのギルドだ。答えよ」


「……平等院です」


 ここで平等院に繋がってくるのか。


「貴様は平等院のスポンサーか?」


「……金は出資しています。実は平等院の情報提供を受け、仕入れた貴族と交友がある私が仲介人として買うこととなったのです」


「平等院は何故龍の瞳を? 私利私欲で動くギルドとは考えにくい」


「すみません。事情はわかりませんが、多く金を必要としていたのは確かです。私以外の貴族や役人に出資を募っていました。龍の瞳は非常に高価ですが、それ以上の金が必要としているように思えます」


 ナイフを首元から離し、納めた。

 今必要な情報は引き出せたし、今後この男は重要な情報源になるかもしれない。ここで殺すわけにはいかない。


「この子は俺が引き取る」


「え……私が払ったお金は……」


「俺が貴様の命を救ったことを忘れるな。あのままこの子の瞳術にかかり、警備の者と同じ道を辿らなかっただけ良いと思え」


「すみませんすみませんすみません……」


「商人よ、貴様の行いは褒められたものではなかったが、殺すことはせぬ。もう二度と嘘はつくのはやめろ」


「はい……ありがとうございます……」


 俺がマリアの手を引き、出ていこうと部屋の扉を開けた。

 しかし俺は足を止める。部屋から出ることは出来なかった。

 

「……平等院のコルウス……さんかな? また厄介なのが出てきましたねぇ」


 黒髪で男にしては長髪だった。

 身体の線は細く、すらっとしている。顔は妙ににやけており、少なくとも良い印象は受けない。


「ははは、見た瞬間わかりますよ。私のこと嫌いですよねぇ? だって初対面で私のことを好きになる人は皆無ですから。尤も、初対面でなくても私のことを好きになった人はほぼいませんけどねぇ」


 男はそのまま部屋へとズカズカ入り込み、倒れた警備の首根っこを掴んで顔を見てはすぐに手放す。

 血だまりに身体が打ち付けられ、ベチャという音が響く。

 これを倒れていた5人全員に繰り返した。

 

「はぁ。みーんな死んでますねぇ。悲しいことですよ、まったく。この女の子がどれだけの不幸を振りまいていることやら」


「男よ。名も名乗らず、何が言いたい」


 男はニヤリと口角を上げた。しかし不敵な笑みというよりそれは純粋な笑いに近いものだった。

 可笑しい笑いではなく、どちらかと言えば嬉しさから来る笑い。


「コルウスさん、この子の存在は悪だと思いませんかねぇ? この子がいたことで一体何人死んだと思います? 一体どれだけの損失が出ましたか?」


「この子に悪気はない。悪ではない。よって殺さぬ」


「この子一人を殺せば、一体何人の人が死なずに済むと思いますか? 一人の不幸は大多数の生きる喜びを上回ると思いません?」


「悪を殺すのが我々鴉の使徒の役目であり、義務だ。弱きを助けるのでもなく、正義を振りかざすわけでもない。損得など最も縁遠いものだ」


「じゃあ私が今あなたを殺したら、どれだけの人の命が助かるのでしょうねぇ。もちろん悪党の命ですが」


「俺を悪として裁くか?」


 「ふん」と軽く鼻を鳴らして今度は座り込んでいた貴族の前へ。貴族の髪を掴み、顔を突き合わせ、クンクンを臭いを嗅いで髪を手放した。


「人間というのは生まれた瞬間から腐り始めると私は考えていましてねぇ。この豚に似た生き物とあなたの腐敗具合は大分異なります。あなたほど新鮮な人はあまり見たことがありません。つまり食べるのには丁度良いということです」


 気味の悪い男だ。いかにも悪人という面だ。口を縫い合わせたい。


「そしてこの子。一般的な子どもより実に新鮮ですねぇ。無垢というより……無知。あまり興味は沸きません」


 今度は警備の死体の上に座り、「ふー」と一息ついていた。そして死体の臭いを嗅ぎ始めた。


「男よ。何者かくらいは答えてもらおうか」


「名乗るほどの者では。でも代わりに私がここに来た理由をお教えしましょう。ズカズカと知らぬ貴族の家に無許可で上がり込むのには相応の理由がありますからねぇ」


 死体の頭をポンポンと叩き、手の甲を確認していた。


「これ以上、死者を冒涜するのであればここで殺す」


 ゆっくりと立ち上がって伸びをしながらベランダに出ていった。

 日はすっかり沈んでおり、男はベランダから夜空を眺めていた。

 

「私もねぇ、そこの豚と一緒なんですよ。その子を豚から平等院へと移動させるのに雇われただけでしてねぇ。まぁ移動と言っても正確には強奪……ですが。

平等院はその豚に賠償金でも取ろうとしていたんですかねぇ。豚は私のことなど知りませんし、私も警備を全員殺して誘拐することを想定して雇われましたから。

でもあなたのような有名人が出てくるとは聞いていないのですよ」


 よく喋る口だ。事実である保証などどこにもない。そしてこの男が言う理由もどこにもない……はずだ。


「部屋の外で聞いていた限り、その子とあなたは以前どこかで繋がりがあったようで? 平等院ならあなたが出てくることを事前に知らせることも出来たと思いませんか?」


「何が言いたい」


「平等院に失敗を報告するのは億劫なんですよねぇ。何をされるか、させられるか。私の要望はあなたに平等院を壊して欲しいってことですかねぇ。そのためには協力も惜しみませんよ?」

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