5.貴族
ギルドから出てすぐに俺は依頼人の商人のボロ屋へ再び舞い戻った。
窓から様子を伺っても、誰かいる様子がない。
扉に手を掛けると鍵すらかかっていなかった。
ナイフを構え、勢いよく扉を蹴り開けた。やはり家の中はもぬけの殻だ。
中を軽く調べてから外に出ると、お願いをしていた鴉が朝と同じ場所にいた。
建物を伝って屋根へと上り、鴉にお願いの結果を聞いた。
ゆっくりと鴉は羽ばたき、日が沈む方向へと飛び立った。
鴉を追いかけていくと街の中心近くにある豪邸の屋根で留まった。
「どうやらただの親子ではないようだ」
豪邸なだけあってしっかりと警備がいる。正門に二人、巡回が一人、玄関に一人、バルコニーに二人。恐らく犬の神の信徒だろう。彼らは巡回や警備のプロフェッショナル。
あの野盗連中とは違い、そう易々と侵入することは出来ない。それにただ仕事をしている彼らを殺すわけにもいかない。
豪邸は正面から見て正門、庭園、立方体の屋敷が順に並ぶ。それらをぐるりと塀で囲む形。四方向すべてが通りに面しており見晴らしがよすぎる。
忍び込むのであれば裏から塀を飛び越え、屋根へ上ってバルコニーから侵入するが良さそうルートだが、人がいなくなるのを待つ必要がありそうだ。
「うあああああああああああああああ!!」
屋敷から叫び声。似たような叫びを俺は聞いたことがある。
正門の一人を残し、警備が慌ただしく屋敷の中に入っていくことを確認した。
俺はすぐに行動へ移す。
まずは黒装束のフードを被り、顔を隠した。
正門の対面にある建物の屋根へと移動する。そのまま助走をつけて飛び立ち、警備に向けて降下。腕で首元を抑える形で強襲し、警備は一言も発することなく、すぐに気絶した。
正門を登って越え、難なく屋敷へと侵入した。
屋敷からは明らかに事件と思われる声が次々上がってくる。
2階バルコニーの窓から声は聞こえていたので、壁を駆け上がってバルコニーへと移った。
解放されていた窓からのぞき込むと、凄惨な現場となっていた。
中にいたのは高級な衣装を着ている家主、警備が二人、商人が一人、少女が一人、死体が三つ。
当然、内二人は知っている顔だった。
マリアは深紅の瞳になっており、警備の二人はすでに錯乱状態。恐らく家主であろう小太りの男はすっかり怯えており、部屋の隅で頭を抱えていた。
商人は「やめなさい!」と声を上げていたが、マリアの方向を一切見ていなかった。
以前見た野盗の男と同様に、二人の警備はその場で暴れ続けた挙句、自殺した。
マリアが警備の持っていた剣を拾い、商人の男へと近づく。
商人は頑なにマリアの方向を見なかったため、接近に気づいていなかった。
あの時、俺は瞳術が効いていなかった。だから俺の瞳術を一方的に食らわすことが出来るはず。
目は合わなかったが、マリアの瞳にピントを合わせて凝視した。
「うう!? ああああ……!」
言葉にはならない呻き声。マリアの瞳が黒く覆われ、視界を奪ったことを確認してから部屋へ入った。
「あ、あなたは……!!」
商人は無視し、マリアから剣を取り上げて両腕を抑えた。
「落ち着け、マリアよ。味方だ。俺の声は覚えているか?」
「う?」
視界は奪ったままだが、抵抗する力が消えた。拘束を解いて、ゆっくりとマリアを近くの椅子へと座らせる。
「商人、後ろを向いていろ」
「は、はい……」
正面に回って目に手のひらをあて、瞳を覆っていた影を取り去った。
元の翡翠色の瞳に戻っており、ただの12歳の少女になっていた。
今朝と変わらず全身が酷く汚れている。ボロ着もそのままだ。
「商人よ、この子は娘ではなく商品だな? 貴様、奴隷商人か?」
「は、白状致します。私はただの運び屋でして、隣町からこの屋敷に連れていくことが仕事でした」
「では、屋敷の主よ。貴様の話を聞こう」
部屋の隅で未だにガタガタ震えている男。
ゆっくりと近づき、ナイフを首元に添えた。
「瞳術を買おうとしていたのか? この子が何者か知っているか?」
「あ……え……あ! わ、我は誇り高きロータス家の長男、ロータス2世であるぞ! 言葉に気をつけろ!」
「話す気がないのであれば、鴉の神の名のもとに、貴様の命を奪う。それでも構わないか?」
鴉の神に反応して身体をさらに震わせ、観念したかのように俯いた。
「すみません。隣街の貴族が瞳術を持つ部族の娘を仕入れたと聞き、買いました」