4.追放
「コルウスさんは世間話はお嫌いですもんね。……単刀直入に言わせて頂きます。コルウスさん、今日限りでギルドを抜けていただきたいのです」
「理由を聞こう」
「コルウスさんは報酬の額に関わらず仕事をしていますよね? それは非常に良いことだと思うのですが、それが評判となり少額で難しい依頼が増えてきているのです。困っている人を助けるのは我々平等院の義務だと思います。しかし、平等に助けねばなりません。公平に助けるわけにはいかないのです。おわかりになりますか?」
「依頼は依頼人の立場に関わらず、難易度に応じて報酬を設定するべきであると」
「はい、その通りです。誰かを贔屓するわけにはいかないのですよ。これは私の理念でもありますし、経営的な問題でもあります。どんな貧者にも富者にも依頼内容に見合った額で依頼を受け、見合った質を提供したいのです。それに伴ってギルド員が見合った報酬を貰っていないという噂も立っています。確かに経営のため中抜きをしていますが、割合は他のギルドと然程変わりません。加えて、あなたは人を殺し過ぎています。報告は受けていますよ。従順な鴉の信徒として正しい行動なのかもしれませんが、世間一般的にあまり褒められたものではない。その内問題になるのを危惧した私はクリーンで平等なイメージを強めたいため、あなたには抜けていただこうと決断したのです」
筋は通っている。悪ではない。貧者から少額、富者から多額の依頼料を受け取ることは他のギルドでは一般的なことだが、ここ平等院においては理念に反する。確かに理念も経営も考えれば、俺の存在は非常に邪魔だ。
ただ平等院は依頼と別口で弱者への支援もしている。この男は間違いなく弱者を救うことに自らの財を投げる人間だ。
しかしこの男の笑顔は初めて会った時から妙に違和感を覚えていた。
そう、胡散臭いのだ。
実に抽象的で俺の主観に過ぎない。彼を尊敬している人間は多いだろうし、人望もある。
ガイウスについてはあまり詳しいわけではない。他のギルド員や幹部ともあまり交流はない。ゼロではないが。
仕事が出来れば何でもよかったのと、理念に合っていると思いこのギルドへ入ったのだ。
特に未練はない。
「やむを得ん。ギルドリーダーであるガイウスが決めたことであれば、それに逆らうことはしない」
「そうですか。本当に申し訳ありません。コルウスさんであれば、ギルドを介さずとも依頼が舞い込んでくるはずです。殺しは肯定出来ませんが、あなたの理念、そして鴉の神には尊敬しかありません。餞別ですが、こちらを受け取ってください」
「犬の神の守護札か」
「はい。犬の神はいつもあなたをお守りするでしょう。魔術や呪術に対して一定の効果があります」
犬の神、守護する存在。彼らは誰かを守ることを義務としている。守護札などの防御系アイテムは質が高く評判がいいと聞く。
「有難く頂戴する。信ずる神は違えど、少しでも世のためになると誓おう」
「そうですね。我々は誰かを守り、救い続けます」
「世話になった」
「こちらこそ。またお会いできる日があるといいですね」
ガイウスは最後まで笑顔を崩すことはなかった。
彼は非常に合理的で冷徹、誠実でもある。よく出来た人間だ。
よく出来過ぎた人間だ。
そんな人間など存在するのだろうか?
人間は弱い。時には悪事を働くこともある。普通の人間は多くの善と少しの悪で構成される。それが最も生きやすく、自分に見合った利益をもたらすからである。
しかしこの男、ガイウスは善しかない。しかも一般的な人間の善とは比べ物にならない程大きな善だ。平等院を立ち上げ、世のため人のためにと尽くしてきたものは誰が見ても模範となる行動なのだ。
……。
ギルドリーダーの部屋を出た。
階段を降り、酒場を抜けようとする。誰にも話しかけることなくギルドから出ようとした。
が、俺の意思とは反してコルウスを呼ぶ声が聞こえた。
「久しいな、コルウスよ。どうだ? 共に酒を飲まぬか?」
「おお、トーラス。すまない。ギルドから抜けることになったのだ」
トーラス。このギルド一の剛腕でベテラン。大斧を背負い、白髪交じりの長い髭が特徴の男だ。
平等院は大規模なギルドではあるが、俺はこの男とのみ交流がある。数少ない鴉の信徒の同志なのだ。
「ほう。ギルドを。では猶更、共に飲まねばならぬな。はっはっは! さぁ座れ座れ!」
トーラスは俺の腕をつかんで無理矢理席へ座らせた。この太い腕に掴まれてはとても振り払うことは出来ない。
酒を追加で頼み、すぐにテーブルに置かれた。
「話を聞こうではないか、コルウス。何故抜けることになってしまわれた?」
「俺が少額で依頼を受けるため、平等院を安く見られることが気に食わぬようだ。それに殺し過ぎるとな」
「がっはっは! 正当な理由だ! 鴉の信徒である我々は義務で悪を滅ぼすのだから額など関係ないのは確かだ。だがな、コルウスよ。やはり金は必要だ。善を行うにも悪を滅ぼすにも、善を滅ぼすにも悪を行うにもだ」
「俺が生きるのには十分な額だ。悪を滅ぼす最小限の額があれば良い」
トーラスが酒を一気に飲み干し、ドンと力強くテーブルに杯を置いた。
「依頼は安ければいいというものではない。こんな話がある。二人の商人が同じ剣を売っている。片方は1000ゴールドで、片方は500ゴールドで。相場は1000ゴールドだ。型も質も全く同じものだ。先に売れたのはどちらだと思う?」
「500ゴールドの方ではないと?」
「1000ゴールドが先に売れたのだ。何故かわかるか?」
「ふむ。興味深いな。何故だ?」
「我が問うているのだ。答えを言う前に貴様の意見を聞こうではないか」
「半額はあまりに安すぎて何か問題があるように見える」
「わかっているではないか。その通りだ。この話からわかることは値段とは信用である。これが1000ゴールドと900ゴールドであれば900ゴールドが先に売れるであろう。だが500ゴールドは信用を損なう程の値段なのだ。見合っていないのだ。これをギルドに置き換えて考えてみよ。ギルドにおいて最も重要なのは信用なのだ。それを損なうことになれば、事実でなくとも悪い憶測が飛び交おう」
「なるほど。明確に言葉として表現すると、理解が深まる。良き学びを得た」
「ガイウスほど信用を重視している男はいない。信用は時間がかかり、金では買えぬ物だ。我は貴様を信用しているが、貴様ほど怪しい男もそう多くはないぞ? それに殺しのプロである貴様は恐ろしい存在として知られているのも、また事実である。……少し耳を貸せ」
大きな声で盛大に語っていたトーラスは突然小声に切り替えた。
「実は平等院にはスポンサーがいる」
初耳だ。依頼の中抜きや国税による補助だけで運営し、誰かに肩入れせず平等な立場のギルドのはず。
「何かしら悪事を働かねば成りあがれぬ世の中、金で人を動かす連中にとって貴様の存在は不都合極まりないのだ。貴様の追放、何か裏があるかもしれぬ。表立っては動けぬが我も力を貸そう」
俺は無言でうなずき、手の甲の鴉のタトゥーを互いに見せ合った。
鴉の信徒であるトーラスも悪を放っておくことはしない。俺は自ら悪を探して殺すが、トーラスは悪と直面した時に必要があれば殺す男だ。
俺は酒を飲みほして、席を立ちあがった。
「さらばだ、トーラス。また会おう。我々は鴉を通じていつでも繋がっている」
「また共に杯を交わそうぞおおお!!!」
ギルド内の全員がこちらに注目するほどの声量で俺を見送った。