3.問答
「娘を取り返したぞ」
少女の背中をそっと押してあげたが、歩こうとはしなかった。
商人の方から少女に近づき、抱擁を交わしていた。
「おお、マリア。ありがとうございます……」
「商人よ。聞きたいことがいくつかある」
「はい、なんでしょう?」
「この子は瞳術使っていた。然るべきギルドに入れ、訓練と教育を施すべきだ。何故手元に置いている?」
「おお、ついに! 瞳術を開眼したのですね」
「その口ぶりを見るに、瞳術使いであることを知っていたのだな。商人よ、貴様の出身は? 神は?」
「お答えしかねます。報酬はギルドに渡しておりますので、ギルドからお受け取りください」
基本的に遺伝で伝わるものであるため、親も瞳術使いである可能性は高いはず。
だが男が瞳術使いであれば、商人などせず、それなりの仕事をしているはずなのだ。こんなボロ屋にいるはずもない。
「商人よ。マリアはギルドで引き取ることも出来るぞ。訓練を積めば、優秀な瞳術使いとなれるであろう」
「今はまだ……私の方で育てると決めておりますので……」
「商人よ、本当にこの子は貴様の娘か? 瞳術は貴様も使えるのか?」
「娘であります。亡き妻が瞳術使いでした」
「妻の出身は? 神は?」
「瞳術は秘匿性が高いものですので、お答えしかねます」
この男の言う通り、瞳術はその価値から秘密事が多い。誰かに話したがらないのは至極当然のことだ。
「マリアよ、この男はお前の……」
「おやめください! 我々親子はひっそり隠れて暮らしてゆきたいのです!」
「貴様、何の商人だ? 何の品を扱っている?」
「あなたには関係が御座いません。どうかお引き取りを」
「この子は言葉すらまともに話せない。何故教育しない?」
「……び、病気です。言葉を覚えられないのです」
今は何もわからない。だが、瞳術の娘とこの男は非常に不釣り合いで不自然だ。後日調べる必要がある。
この男が言っていることが本当であれば何もすることはない。だが悪の香りというものは直感的にわかるのだ。
「……これ以上は何も聞くまい。ただ覚えておくことだ、商人よ。悪事を働けば鴉の信徒は貴様の存在を許しはしない。我々が悪を消し去ることは仕事でも依頼でもなく、善行でも偽善でもない。義務である。その喉元を切り裂かれぬよう、悪事には手を染めないことをその心に誓うが良い」
「心得ております。娘を取り返していただいたこと、改めて感謝を申し上げます。ありがとうございました」
依頼書にサインを貰い、ボロ家を出た。
日が昇りかけていた頃。鴉たちが活動を始めていた。
一羽の鴉が近くの屋根の上留まっていた。
そして、俺は鴉に"お願い"をしてこの場から立ち去った。
◆ ◆ ◆
「はい、確認しました。こちらが報酬金となっています。あとギルドリーダーのガイウスさんがお呼びですよ」
ギルド「平等院」。朝になってからギルドの依頼受付所で依頼書を提出し、報酬を受け取った。それなりの仕事であったが、受け取ったのは実に微々たる額だ。俺は依頼を内容で選ぶため、報酬を度外視でこなしている。
「ガイウスが? 承知した。また頼む」
ギルドは三階建て構造をしている。1階に酒場や諸々の受付、2階には仮宿や寮部屋などの居住区、3階にギルドマスターなどお偉い共の部屋がある。
騒がしい酒場を通り抜けて階段で3階まで上る。
ギルドマスターの部屋だというのに装飾などもなく、ただ表札があるだけの質素な扉。
その扉にノックをして、ギルドマスターの部屋へと入った。
「ああ、コルウスさん。依頼、ご苦労様でした」
ガイウスは張り付けたような笑顔で俺を迎え入れた。
誰にでも丁寧な言葉を使い、敬称をつける。物腰柔らかな男。歳は30後半あたり。
ギルドマスターの部屋は広いが、非常に質素で派手なものもない。
「ガイウス。呼びつけた用は何だ」
「コルウスさんは世間話はお嫌いですもんね。……単刀直入に言わせて頂きます。コルウスさん、今日限りでギルドを抜けていただきたいのです」