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僕が本当の医者になれた日  作者: 木痣間片男(きあざまかたお)
2/20

プロローグ2

 一週間後の告知に対して、彼はある程度覚悟していたのかもしれない。動揺とも諦めともつかないような表情を一瞬浮かべたものの、取り乱すこともなく、声を荒げることもなく、静かに聞いていた。だが、もちろんそこはまだ四〇代、「先生、少しでも進行を遅らせるには何をしたらいいでしょうか?」

 僕は、(わず)かな治療法として飲み薬と点滴薬とが一つずつあって、飲み薬は家で飲めばいいとしても、点滴を受けるにはどうしたって通ってもらう必要があること。特別な指定病院に行けば、まだ未承認ではあるが、効果の期待できる新薬の投与を受けられるかもしれないということ。医療用のロボットスーツを用いたリハビリを集中的に受けられる施設があること。これらをすべて説明したところ、彼からの返答は、やはり、「すべての治療を受けたい」というものだった。


 内服薬の処方と点滴薬の投与とを直ちに開始した。そして幸運なことに、それぞれ車で一時間程度の距離にある医療施設において、治験薬とリハビリとを受けられることになった。

「先生の紹介状と協力のお陰で、新薬・・・、“治験薬”って言うのですね。それとロボットスーツによる特別なリハビリを受けられることになりました」

 このこと事態はとてもラッキーだった。タイミングよく、治験を行っている医療機関に巡り合ったのだ。

 そこから彼の闘病生活がはじまった。


 大学生と社会人の二人の息子がいるが、両方とも東京に住んでいてここでは妻との二人暮らしだった。僕らの病院には一ヵ月に一〇日間の点滴通い、そしてその合間に、都内の病院における治験薬導入のための二週間の入院、そして、リハビリは三ヶ月に一回、一ヶ月間程度の集中入院が必要だった。治験薬は、神経栄養因子のひとつとされるHGF(Hepatocyte Growth Factor:肝細胞増殖因子)で、運動神経細胞の保護効果が期待できる。遺伝子組換え技術によって得られたヒトのHGFを、患者の脊髄腔内に投与するのだ。腰のあたりの背骨に向かって針を刺すことになるので、これまた少しだけ体の負担を強いる。

 

 隠し通せるものでは到底なく、職場の上司にも、この疾病を打ち明けた。建築現場における指揮監督はもうできないので、内勤を主な業務とするよう配慮してもらった。彼のなかでの病気に対する日常的サイクルが構築された。

 慣れてしまえば、そんな生活からでも価値を見出すことはできる。来院の度に、「まあ仕方がないので、できるだけ楽しむようにしています。車の運転は可能なので、なるべくこもらないようにしています。次男がまだ大学生なので卒業まではがんばらないと」と、闘病の意味を語ってくれた。

 発病した翌春には大宮公園の桜を愛でたし、夏にはさいたまスーパーアリーナでのコブクロのコンサートも楽しめたし、秋には奥日光の紅葉も堪能した。そして冬、一泊二日で家族揃って温泉旅行に出かけたことを、彼は嬉しそうに話してくれた。たくさんの映画を観て、たくさんの音楽を聴いて、たくさんの人の意見に耳を傾けた。彼は前向きに病気を捉えようとしていた。


 が、しかし、気持ちとは裏腹に、症状は少しずつ進んでいった。手足の麻痺に加えて食事のむせ込みと言葉のもつれが目立ちはじめたことを考慮すると、喉の筋肉にも影響が及んできたと推測された。

それは発病から三年目だった。

「喉や口の筋肉にも麻痺が出ていることを考えると、余命は一年を切ったと考えられます」

ALS患者にとってもっとも恐れていた宣告かもしれないが、人生設計のある田名網さんだから、僕は正直にそう告げた。

「そうですかぁ・・・・・・、でふが、最後までぐぁんばり抜きます。いつも・・・、点滴してくれる看護師さんに応援、してもらってまふから」

 絞り出すように言いながら、彼は、そばで話しを聞いていた愛里にもそっと目を向けた。

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