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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第90話 手遅れ①

 本部周辺には敵襲や暴動の名残がどことなくあるのみで、人はいなかった。自動車が近付くと、門が開く。

 力なく抱きかかえられる沙也加さんと、抱きかかえる新さんの表情。それを見て、使用人たちはなにも言えず道を開けた。


 問題ないだろうとは思うが、建前上スミレさんと南海人に内部は見せられない。ボス以外で本部を訪れたことのある佐治さんは伝書鳩を飛ばしに行っている。

 すぐに貿易のボスが来るだろうと、建物に入ったところで待つことになった。


 「戻ったか。全員怪我はな…沙也加」


 絶望

 そう取れる表情をしたのは、名前を呼んだ一瞬だけだった。すぐに表情を戻して、2人に視線をやる。


 「西間スミレと南海人だな。悪いが、休んでいる暇はない。手紙の内容も含めて、詳しいことを聞かせてもらおう」


 貿易のボスに付いて部屋へ入ると、農園のボスと正雄さんがいた。


 「え…?新くん…!」


 単純に驚いている様子で、敵意は全く見受けられない。しかし新さんは警戒し、戻った佐治さんは新さんを庇うように移動した。


 「どうしたの。突然来なくなったから心配してた。どうしてたの」

 「農園本部で起きた食中毒事件の際、経済のボスが打ち首にしようとした者です。生きて現れたら心配したフリですか」


 正雄さんの表情は、困惑という以外に表現出来そうになかった。

 貿易のボスはやはり顔を知らなかったのだろう。驚いている。恐らく、佐治さんが敵意を剥き出しにしていることにも驚いているのだろう。


 「4ヶ月前の不運な男性って誰かと思ったら、君だったんだね。料理を任されたのが君だって知らなかったし、その者は亡くなったとばかり思ってたからなんのことか分からなかった。でも直感を信じて残って良かった」


 男性の格好をしているときに会っていることは、分かっているはず。農園のボスが女性の格好をしていることを新さんは知らない様子だった。

 しかし随分親し気に話すのだな。


 「農園のボスは、増々お綺麗になられました」

 「…ありがとう」


 笑顔に殺気がない。新さん以外の東の者は視線だけで周囲を見渡している。非常に珍しいことなのだろう。


 「それから沙也加のこと、大事にしてくれてありがとう。お互い変わったけど、また変わらず話そうね。一先ず、一連の出来事を片付けようか」


 農園のボスに促されるまま、長い椅子に沙也加さんを横たわらせる。そして異能戦場の食堂にあった様な長い机に着いた。


 ボスの報告には、ないものが3つあった。

 1 on 1のもうひとつの報酬について。南海人が持つ異能について。私と南海人の会話から山賊に襲われるまでの会話。この3つだ。

 それ以外は私たちに説明した通り、起こった通りだ。


 貿易のボスが正雄さんに視線を向けると、正雄さんへと自然に視線が集まった。


 「新くんは護衛になって長い。最初に護衛してくれたときのことなんて覚えてない。基本的に護衛はひとりにしてもらってるけど、2人以上になることは場所によってあるから気にしてない。覚えてない」


 無難な回答だ。それは正雄さんも分かっているのだろう。疑いの視線が強くなったことについて、なにか言う様子はない。


 「新くんの絵については報告書で初めて知った。でもそれを証明するのは無理。最後かな。俺には、新くんの首を撥ねる理由がない。仮に新くんが食中毒事件を起こしたなら、俺の耳に入るはず。誤解があると思う。“貿易の”説明して」


 やはり嘘を吐いている雰囲気はない。本当に知らないのか。


 「俺も正直よく分からん。“経済の”の言葉を直接聞いたという者すら見ていない。不明瞭にも関わらず、妙に慌ただしく実行しようとしていた。だから根本から解決する時間がなかった、というのは言い訳かもしれない」


 新さんが沙也加さんの護衛になった経緯が語られる。

 少し視線を泳がせた後、俯いて小さく謝罪の言葉を口にした。そして顔を上げ、新さんをしっかりと見た。


 「そんなことが起きてたなんて、全然知らなかった。本当に申し訳ない。“貿易の”新くんを助けてくれてありがとう」


 スミレさんは正雄さんをじっと見ている。まるで、初めて見る物の様子を遠くから窺っている様だ。南海人は俯いていて、表情は分からない。


 「“農園の”は新の絵のことを知っていたか」

 「絵が上手いことは知ってたよ。でもそれだけ」

 「どこで出会った。接点はないだろ」


 なにか言おうとする新さんを手で制し、ゆっくりと息を吐いた。


 「経済本部に行く途中で会ったんだよ。その日は休みだったんだって。空き家で猫の絵を描いてた。ウチは大勢じゃ休めないからって護衛を振り切ってた。バッヂも外してたから入ったばかりの彼はウチが誰か分からなかったみたい」


 南海人はやっと顔を上げたかと思うと、目を強く瞬かせた。嘘が視覚的に分かるのか。ボスが異能を言わなかった理由は分かっている。


 「それから何度か、他愛のない会話をしただけだよ。まさか会話の内容まで話せとは言わないよね?」

 「言わないよ。でもいくつか聞きたいことがあるんだ」


 ちらりと南海人を見るが、すぐに視線を戻して頷く。


 「新くんは農園のボスと空き家で出会った者を、同一人物だと認識してなかったように思うんだ。でも“増々綺麗になった”と言った。どうしてかな」

 「初めて会った頃は人目を盗んで()()するだけだった。気味悪がられるだけだと思ってたから、着替えの途中を見た彼の反応にウチが驚いたよ」

 「自分が着替えを見てしまったのは、男性か女性か。そう聞きました」


 どちらにしても見られた方は“えっち”と言って頬を叩くものだと本で読んだ。農園のボスは増々一般的ではないらしい。


 「細かいこと言ってる時間はないだろうし中略。女性の格好で過ごすようになって、そのままの姿で行ったら別人だと思われた。いつも綺麗だって言ってくれるのに言ってくれないから、あの空き家ではいつも女装してた。以上」


 農園のボスが男性であることを、霞城さんは初め気付かなかったらしい。だから新さんが別人だと思ったことは良しとしよう。

 しかし疑問だ。何故新さんは空き家で会った女性と農園のボスが同一人物だと、今知ったのだろう。


 「みんなの疑問に答えるのは簡単。5,6年前に“農園の”が、新くんに自分の情報が入らないようにしてほしいって頼んで来た」


 農園のボスが女性の格好をし始めたという時期か。昔のことだ、1年感覚がズレることもあるだろう。


 「理由は聞いてくれるなの一点張りだった。なんだか必死で悪意は感じなかったし、難しいことでもないから引き受けてた」

 「それなら何故4ヶ月前、農園本部に新を護衛として連れて行った」

 「連れて行く予定だった護衛が怪我をして、どうしても新くんしか行けなかったから。急なことでどうしよもなかった。ちゃんと手紙で先に知らせはした」

 「だから部屋から一歩も出られなくて、彼の危機も知らなかった!」


 勢い良く立ち上がったが、すぐに座ると軽く咳払いをする。


 「これで疑いは晴れたのかな?」

 「うん。聞かなくても晴れてたけどね」


 1 on 1のもうひとつの報酬について語られた。今にも殴りかかりそうな農園のボスを正雄さんが押さえる。


 「人の秘密を暴いて楽しいか。第一、そんなもの信じられるか」

 「私は信じるよ。楠巌谷はどれだけ自分が有利な状況でも取り引きしかしなかった。そして、実行されなかったことはないんだ」

 「…嘘の情報であると知っていて命を賭けさせることはないだろう。5人が必死で手に入れた情報だ。一先ず聞く。どちらかの名前はあったのか」


 ボスは嫌な笑みを見せた。南海人が東につくと証明出来る良い機会だ。利用するつもりなのだろう。


 「その前に、これは南海人くんの異能の本だよ」


 異能と聞いた瞬間、貿易のボスと農園のボスが構えた。

 農園のボスは異能の知識が全くないはずだ。正しい反応と言える。そういえば、貿易のボスには言っていないことがあった。


 佐治さんと新さんは、異能の本が消えると同時に異能者が消えることを明確に聞いてはいない。だが、貿易のボスと違い察せる場面があった。

 察していなくとも、攻撃的な異能でないことは知っている。


 「嘘が分かるという、現実的な殺傷能力はない異能だよ」


 その言葉と他の者が落ち着いている様子を見て、一先ず安心したのだろう。少し前までと同じ姿勢に居直った。


 「ここに答えはあるけど頭から信じるわけにはいかない。南海人くんもそうだよ。では、2つを合わせたらどうかな。少しは信憑性が増すよ」

 「“武闘の”が楠巌谷と取り引きをしている可能性や、そもそも反逆者である可能性がある。お前の発言こそ頭から信じるわけにはいかない」


 それを言っては、進んでいかないだろう。

 ボスが言っていることが本当だと証明出来るのは、南海人だけだ。その南海人を信じるために反逆者を探す。この方法の方が、一番間違が少ないだろう。


 「だが…分かっている。それでは進まない。そして俺は聞くと言った。2人とも、付き合ってくれ」


 仮ではあるが、無実を証明出来る良い機会だ。2人は軽く頷き合った。


 「ウチは反逆者じゃない」

 「反逆なんてするつもりも、手伝うつもりも、全くない」


 これまで無表情だった南海人が唇の端を上げた。


 「この気持ち悪い会話も、もうすぐ終わりだね」

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