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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第87話 赤に染まる⑤

 窓の外では単調な景色が単調な動きを見せている。それを眺めるボスも、瞬きや呼吸など単調な動きしかしていない。


 「“半年前拾った少女”がその正体を組織に対して明かしたとき、その少女が持ち出した物の回収を手伝う。これが楠巌谷が要求したことだよ」


 私の本名や、なにを持ち出したのかは言わなかったのか。しかもいつ正体を明かすかなど分からない。何故そんなことを。


 「だから正式に組織に入れたんですか。人と触れ合って、きっかけを得てしまうのが怖かったから」


 小さく笑っただけで、否定も肯定もしなかった。これは最早、肯定だ。

 知らなかった。ボスは怖がりなのか。霞城さんが異能戦場へ赴くことを良しとしなかった理由も、それが関係しているのだろうか。


 「絢子くんが持ち出した物がまさか異能の本だとはね。それなら慌てて回収したがると思ったから、違うと思ったんだ。しかも読んでしまって。予想外だったのは楠巌谷も同じだったみたいだよ」


 私が異能について知っていることは知らないはず。誰からも説明されてはいない。異能の詳細が書かれた本を読んだことは誰も知らないはずだ。

 だが栞さんが二重で内通者でもしていたなら、あり得ないことではないか。


 「絢子くんが異能戦場へ赴くことが出来なければ、東は負ける。単独で戦闘力のある者などそういないからね。だから待ってほしいと頼んだんだよ」


 異能戦場へ赴くとなれば、死亡率は高まる。

 なにかの条件ではなくボスからの単なる願いであれば、棄却することは簡単だ。だが、それをしなかった。


 つまり楠巌谷の目的は私が持つ異能『赤い靴』のみということになる。


 私が持ち出した異能の本の回収を手伝う。それがボスがした約束。例え私が殺されて異能の本を奪われようとも、関係のないことだ。

 楠巌谷にとって、私の生死はどうでも良かった。これで反応が淡泊であった理由も、私が必要な理由が取って付けたものである理由も、説明出来る。


 「持ち出した異能の本の内片方を読んでると言ったら、悲しそうな顔をして了承してくれたよ」


 どちらも使わせる者を決めていたのだろう。少々痛ましく思う程には、地下から私を救おうとしてくれていたのか。


 「ではその時点で楠巌谷の中での絢子さんへの価値について、気付いておられたのですね」

 「うん。1 on 1は実力で取り返せないなら今回は諦める。そう約束させるために申し込みに行ったんだよ。危険なことをさせて悪かったね」


 4人が曖昧な否定の返事をする。


 「いずれ危険な目には遭ってただろうけど、2人にも危険なことをさせたね。そうだ、南海人。君の異能の本は預かっておくよ」

 「当然だね。俺は人質なんだから。迎えに来てくれるなんて、微塵も期待してないけどね」


 差し出された本には『狼と七匹の子ヤギ』と書かれている。


 「やっと俺の存在に触れてもらえたので、聞いていただきたいです。あの頃やお迎えに上がった際の言動、申し訳ございませんでした」

 「命令であり本意ではなかった。そう言いたいのか」

 「そうです。そんなもの、絢子さまには関係ないと存じております」


 これまでの話し方とはまるで別人かの様に違う。なるべく気にしない様にしていたが、そういえば姿勢や仕草も全く違う。


 「しかしいくらお年頃でも10歳ほどの少女に望んでするほど倫理観は欠けていません。それだけ一度お耳に入れていただきたかったのです」

 「分かった」


 心に留めておいてほしい。そう言われなくて良かった。流石にそこまで心が広い自信はない。

 ボスが続きを話すのを待っていると、そっと手が添えられた。


 「聞きたいことがあるなら聞きなさい。絢子くんの言った通り、時間は沢山あるからね。彼が今後どうなるか分からない。今しか聞けないかもしれないよ」

 「ありがとうございます」


 他に乗っている5人にも軽く礼をして、南海人を見る。


 「貴様は私の年齢を知っているか」

 「知らされていないのですね。お母様から直接出産予定日を教えていただきましたので、誕生日は初夏。14歳を迎えられておられます」


 馬鹿な。私は季節を14回数えた。それは間違いない。数字を覚える年齢は2から4歳だと読んだ。年齢と同じであることはおかしい。


 「なにかで数えておられたのですね」

 「雪だ。妙に眩しいものが庭の地面に積もって窓が塞がるのを数えた」

 「絢子さまがいらした家のある地区は、異常気象により梅雨の時期にも雪が降ることがあります。日付感覚がないために、勘違いされたのだと思います」


 半年と1年を間違えるはずがない。しかも日付感覚ならある。

 1ヶ月をきちんと数えて、合っていた。だが、仮に、あの食事会で“1ヶ月をきちんと数えられている”と誤認させられていたのだとしたら。


 「分かった。楠英昭について知っていることはあるか」

 「巌谷の妹の息子です。生きていれば今年で18歳になります」

 「そうか。私と楠英昭が幽閉されていた理由は知っているか」

 「存じ上げません」


 肝心なことは知らないのか。楠巌谷は知っているのだろう。だからあんなことを言ったのだ。何故知っている。


 「そうか。何故反逆などしようと思った」


 知られてしまえば、命がないことなど分かり切っているはずだ。


 「好きでやっているわけではないのです。組織の者から相談相手に選ばれることが多いのですが、そのせいで嘘が分かる異能を与えられました。その異能のせいで目を付けられたのだと思います」


 すぐに死ぬか、上手くやって生きることに賭けるか。二択だったわけか。


 「そうか、不運だったな。楠英昭が何故逃げたのか知っているか」

 「存じ上げません」

 「そうか。あの建物にいた使用人たちはどうなった」

 「多くの者が異能の本が他組織に奪取される事件が起きた際に命を落としました。生き残った者は、護衛長が打ち首になった以外皆他の業務に就いています」


 全員打ち首にしなかったのか。意外だが、単に人手不足だっただけかもしれないな。戦闘部隊以外も慌ただしかっただろう。


 「そうか。質問は以上だ。お時間をいただきありがとうございました」

 「うん。さて、話を戻そうか」

 「その前に、俺からもひとつだけ良いでしょうか」


 ボスが手で促す。


 「凛太郎さんという方と俺は面識がある様子でしたが、どのようなことがあったのか聞かれていますか」

 「ボスはお前の顔を見てすぐに思い出したのに、お前は顔を見て考えても思い出せないのか?」

 「俺は聴覚だけの共有だったんだよ。生憎、声だけで人物を特定する技術は身に付けていないからね」


 そんなことも出来るのか。では瞬時に共有を止めることも出来るのだろうか。それなら、ボスが一部しか把握していない様な様子にも説明出来る。


 「新くん、軽く似顔絵でも書いてあげて」

 「はい」


 それはすぐに描き上げられた。特徴を捉えている。


 「思い出せたか」

 「記憶にないよ。でも多分、俺の名前は知らなかったよね。それで多分、拷問を受けた。でもね、俺は拷問をしたことがないんだ。となれば可能性はふたつ」


 弓弦さんは目の前に座る南海人に、今にも突っかかりそうだ。それをスミレさんが止めている。


 「俺に変装したか、異能『鉄の処女』で俺を指定したか。知っているかもしれないけど、異能者が思い浮かべた相手に拷問をされている幻覚を見せるものだよ。指定しなければ、肩から下しか見えないらしい」


 仙北谷仁は恐らく、相手を指定しなかったのだろう。だから驚いた様子で相手が見えたのか、と聞いた。


 「異能は使用者が予期してないことも起きるのか?」

 「滅多にないとされているけど、分からないことも多いからね。ないとは言えないのが現状かな」

 「一先ず信じる。ボスには俺が事情を説明してやる」

 「ありがとう」


 話題に上がるまで忘れていた問題だった。一先ず解決で良いのだろうか。しかし問題は次々と湧いて来るものだな。


 「異能『鉄の処女』の詳細を知っていたのは南だからか。それとも相談相手にされるからか」

 「偶然です。屋根の上で日向ぼっこをしていたら聞いてしまったのです」


 本当に偶然なら、奇妙な偶然だ。当人がそう思っているならそれで良いか。


 「南の苗字の者でも、異能の半分以上を把握している者はいないと思います」

 「分かった」


 ほんの少し笑ってから小さく礼をすると、前を向いた。なんの笑みだ。そんな偶然などありはしないと、分かっているという意味だろうか。

 それとも、異能の実態把握が嘘なのだろうか。


 「話を戻そうか。異能戦争の勝敗がつくまで待ってほしいという願いの代償は、もちろんあったよ」


 それが異能『眠れる森の美女』がプレゼントされた、あの日の出来事に繋がるわけか。あれもボスが手引きしていたのであれば、簡単なことだ。

 だが、楠巌谷側にそうする必要があったのかが分からない。


 「指定した2名を本部敷地内へ入れる。これだけだったんだ。あの日は絢子くんのこと以外で大した議題がある予定ではなかったから、というのは建前。私には他に選択肢がなかったからね」


 窓から視線を外すと、私をじっと見た。


 「私の大切な玩具を奪われない方法を、懸命に考えたよ」

 「勝つことや、私の言葉を信じて下さってありがとうございます」

 「当然だよ」


 微笑むボスの向こうで、なにかが光った。狙われている。追手か山賊か知らないが、タダでは帰してくれないか。

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