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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第82話 机上の③

 私と佐治さんに刃物を、弓弦さんに銃を向けられた新さんは、筆記具を置いて両手を上げた。


 「気持ちは分かるッスけど、もし俺が反逆者の一味なら口滑らせ過ぎだと思わないんッスか」

 「なにかあったの!?」


 後先考えろ。勢い良く扉を開けて、敵襲だったらどうする。


 「な…なにしてるの…?」

 「1ヶ月程前街に行った際のことを出来るだけ詳細に話して下さい」

 「それとこれと、なんの関係があるの?」


 ボスがいる部屋の扉が開く。歩幅は小さく歩みはゆっくりだが、ボスだ。ひとりで歩いているのか。


 「ボス、お騒がせして申し訳ございません。進展がありましたら報告します。お休み下さい」

 「時間がなくなってしまうかもしれないからね、聞かせてもらうよ」

 「はい、ボス」


 支えて、元の部屋の扉をくぐる。2人は武器を構え、新さんは手を上げ、沙也加さんは戸惑いなにも出来ないままだ。


 「椅子の音だったんだね。それほど慌てていたわけだ。絢子くん、訳は良いから続きを」

 「はい、ボス」


 倒れている椅子、大きく動いている椅子、背もたれが傷付いている椅子。それぞれ弓弦さん、佐治さん、私が座っていた椅子だ。


 「沙也加さん、1ヶ月程前街に行った際のことを聞かせて下さい」

 「…街を出るまでは、アタシが知るところではなにもなかった。帰りの道で山賊みたいな輩に襲われて、新が追い払った。それだけ」

 「なにか気になったことや特別覚えていることはありますか」

 「そんなこと急に言われても…」


 その言い分は理解出来るが、今は悠長なことを言っている場合ではない。新さんが反逆者だとすれば、そこでの勝ちは見込めない。


 「あ、そういえば」


 視線の先には新さんがついさっきまで描いていた絵がある。


 「報告書にはこういう可愛らしい絵じゃなくて模写みたいな絵を描いてた。短い時間しか見てないはずなのに、妙に細部まで…つまりこういうこと?あれが反逆者で、新が仲間なんじゃないかって」


 沙也加さんや正雄さんを狙った理由は分からないが、そういうことになる。


 「あり得ない」

 「根拠はありますか。最低でも、沙也加さまがそう強く思う理由がなければ構えを解くわけにはまいりません」


 視線が泳いだ。なにか知っているが、口止めされているのか。


 「新は…“経済の”に首を撥ねられそうになったの。アタシのところで匿ってって凛ちゃんが頼んで来たんだよ」

 「4ヶ月前の農園本部での出来事のせいですか」

 「そうだよ。凛ちゃんは“経済の”がそんなことを言うはずがないって言ってたけど、そういう体で実行されかけたことは変わらない」


 異能戦場で共に過ごした弓弦さんも、正雄さんがそうするとは思わないだろう。何年も前のことなら分からないが、たった4ヶ月だ。


 「アタシのところに脅迫文が届くから護衛を増やしたい。そう言って無理に引っ張って来たんだって、凛ちゃんは言ってた。折を見てどこかの本部に戻すとも」


 新さんは、突然の告白にただ震えている。この様子では本当になにも知らなかったな。仮に反逆者だとしても、捨て駒だ。


 「だからアタシ、あの日唐突に街に行ったの。3ヶ月って良い機会でしょ?脅迫文のことはもう解決したって言おうと思って。そのとき思い付いただけで、なにも考えてなかった。追い払っただけじゃまた来るかもしれないって気付いて…」


 つまり仕込み。ひとりの部下のために、随分手の込んだことをしたものだ。


 「ひとつ気になることがあって。怪我をした人が大勢いたから治療に向かわせたら、誰も怪我してなかったって報告されたの」

 「治療に向かった者に新さんの描いた絵は見せましたか」

 「……見せてない」


 治療をしてくれると言っているにも関わらず怪我人を隠す必要はない。沙也加さんが雇った山賊の様な集団とは別の集団に襲われた可能性がある。


 「ごめんね、新。そんなことにも気付かないから、アタシずっと…」


 沙也加さんの瞳への光りを屈折させるものが増え、輝かせた。やがて光りは頬を伝い、落ちてゆく。

 それを、新さんが拭った。


 2人は武器を持って警戒してはいるが、構えてはいない。


 「沙也加さまが上を目指したい様子ですので厳しいことを申しましたが、自分は今の貴方も好いております。涙を拭いて下さい、我が主」

 「新…ありがとう」


 涙を拭い顔を上げると、私たち3人をひとりずつ見た。


 「まさかこれだけで武器を向けたなんて言わないよね?」

 「違います。それでも沙也加さんはそれだけ、と言うかもしれませんが、勝負を前に有耶無耶にしておくことは出来ません」


 あの状況になった会話と状況を説明した。突っかかって来るかと思ったが、落ち着いて聞いている。


 「正雄さんの新しい護衛ですが、反逆者でした。自害したので、詳細は聞けず仕舞いです」

 「自分はそれを知らなくとも、仕方がないことだと思いました。絢子さんの言う通り、有耶無耶にしておいて良いことがあることではありません」


 深くため息を吐いた沙也加さんは、小さく何度か頷いた。


 「分かった。それで?新には他に考えがあるんでしょ?」

 「考えというほどではありません。仮にですが、自分が対象だとしたら…と思っただけです」

 「あり得ますね。少し見ただけで詳細まで絵に描けるのです。少なくとも前線にいてほしい人材ではありません」


 ボスが視線で続きを促した。

 現在の時刻は8時半。時間はまだある。一先ずその仮定を元に話そうという意味だろう。


 「経済のボスは当然知っていますが、それ以外に知っている人物は多くないと思います。書類に目を通しそうな者は配置換えも含め7名、幹部は耳に入っているかもしれませんので10名、合計で18名です」


 武闘本部自体は人の出入りが少ない。しかしひとつの隊に属する人数から考えると、少ないのだろう。


 「襲撃がなければ報告書を書くことはない。ってことは、最初は本当に偶然だったってことですかね?」

 「初めて襲われたのは、正雄さんの護衛になってどれくらいの時期ですか」

 「正確には…緊張して話せないくらい前のことです」


 都合が良過ぎる。胸騒ぎがする。


 「それ以前に知っていた可能性のある者は分かりますか」

 「本部の庭で絵を描いていたことを知っている者は数えたくないほどいます。でも見せたことはないので、下手の横好きだと思われていたみたいです」


 なにか思い出した様に筆記具を取り、紙に向かう。


 「こんな感じの男性に、猫を描いたものを見られたことはあります」


 ボスをちらりと見ると、小さく頷かれた。


 「“農園の”だね。新くん、君はいつから経済組織にいたのかな」

 「…7年ほど前です。4年半前に護衛となりました」


 楠巌谷らが賞金を懸けられた頃と同時期だな。


 「彼が女性の格好をし始めたのは、6年前。誰もきっかけは知らないみたいだよ。女性の格好をし始める前から、彼はあまり好かれてなかったからね」


 あの笑顔を向けられて好く者がいるのだろうか。


 「だから農園のボスが反逆者だと仰りたいのですか」

 「農園のボスが話題にしただけかもしれません。それを聞いていた誰かの可能性もあります。ですが、事情を聞く必要はあると思いませんか」

 「駄目です」


 きっかけがそこにあると思う様な出来事があったのか。それとも、自分のことでなにか隠したいことがあるのか。


 「それより、経済のボスです。この場合一番話す可能性があるのは、経済のボスに違いありません」


 話してもらう必要はあるが、かつてのボスを易々と売ったな。しかし殺されそうになったと聞いたのだから、無理もないか。


 「そうだ、5年前です。護衛がひとり移動になるという理由で、現役護衛の先輩と一緒にお試しのようなことをしました。初めて襲われたのは、その際です」

 「正雄くんは珍しいことをするね。新くんは自分が先輩として護衛したことがあるのかな」


 視線を落として、ぎゅっと手を握る。


 「ありません。それから、その先輩は襲った者に殺されています」


 その際に新さんも殺してしまうつもりだった。そう考えると、早いこと辻褄が合う。しかし新さんの証言のみで断定してしまうことは危険だ。


 「勝てば構成員の情報が手に入るのです。報告書と照らし合わせれば、襲った者たちが反逆者かどうかは分かります」

 「反逆者が雇った山賊かもですね」


 弓弦さんの軽口に沙也加さんが口を歪ませる。


 「数が多いので報告書を見ないといつかは分かりませんが、熟練の動きを見せる者が多いときもありました。少なくとも、初めて襲われたときはそうでした」


 本部にいるであろう2人を引き留める様、伝書鳩を送るか。

 しかし、なにかの合図で報告書が保管してある部屋やその周辺で火事が引き起こされる可能性がある。あまり迂闊なことは出来ない。


 異能戦場での報告書を、正雄さんがどれ程で仕上げるかは不明だ。だが、私と弓弦さんが戻るまでは本部にいるのでは。

 いや、長期戦になった場合、ずっと本部にいるとは考えにくい。


 「貿易のボスに伝書鳩を飛ばしましょう。今日の夕方には出立すること。農園のボスに4ヶ月前の不運な男性の顔を見てやってほしいと伝えてほしいと。農園のボスは賭けですが、正雄さんは本部に留まるはずです」


 一羽しか連れて来ていない。飛ばしてしまえば、戻って来るまで他に連絡を取る手段はない。

 しかしだからこそ、貿易のボスには内容の重要性が分かるはずだ。


 「“貿易の”は連れて来た鳩があの子だけだと、知ってるんだね」

 「はい」


 ボスが小さく頷いた10分後、鳩が空へ飛び立った。

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