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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第79話 違い②

 詳細は省きます。

 そう前置きをした弓弦さんは、まずコップに珈琲を注いだ。コップの体積に対して10割ちょうど入っている。表面張力は起こっていない。


 「彼女と自分のどちらか生き残った方が英雄になる。それだけ説明され、一丁の銃を渡されます。何事かも分からない。逃げ道なんてない。そんな状況でした」


 どちらかに不正かなにかの罪を押し付け、それを見つけた英雄にする。そういう魂胆だろう。つまり本当の犯人は、そうとは公表出来ない人物。


 「角南誠が言うように、自分は彼女に恋をしてたんです。だから当然殺されること…っていうよりは、生きてもらうことですね。それを選択しようとしました」


 角南誠は愛だと言った。そして弓弦さんはそれを否定しなかった。

 今弓弦さんが恋と言ったのは、話を分かりやすくするためだろう。恋はおろか感情も(まま)ならない私に、愛が分かるとは思えない。


 「でも彼女は、それを許してくれなかったんです」


 その理由は、彼女もまた北園満弦という人物を愛して…いや、恋をしていたが故なのだろうか。


 「――目を瞑って」


 なんとなく、そうしなくてはいけない気がした。弓弦さんの動く気配があっても、手に触れられても、何故か頑として開かなかった。


 「――今から5秒数えたら君は目を開けて、持っている銃の引き金を引く。その結果を気に病む必要はない。君は銃の腕が優れているから持たせられていないのではなく、銃によって性格が変わるから持たせられていないんだ」


 ゆっくりと数が重ねられてゆく。それが5つになったとき、私は目を開いた。手にはなにも持っていないが、もし持っていたら撃っていただろう。


 「本当は気付いてたんだと思うんです。だから絢子さんに指摘されて、あんなに動揺したんです」


 やはり角南誠が変身したあの女性と同一人物か。弓弦さんの会いたい人。一度短い時間で良いから、また会いたい人。


 「角南誠との会話では自らの意志で殺した様に聞こえました」

 「自分が殺した事実も、究極の二択だったことも、変わりません。そして命令を避ける方法を探しても、命令を無視することは考えませんでした」


 なるほど。それに、弓弦さんの思考だってずっと停滞などしていないだろう。


 「命令されることに慣れている者は、皆そうだと思います」

 「だから楠巌谷たちの改革は、必ず失敗する。そういうことですか」


 頷き、弓弦さんの…いや、北園満弦の目をしっかりと見た。


 「もし正雄さんの目論見通り彼女に会えたのなら、なにを伝えるつもりだったのですか」

 「伝える…ですか。やっぱり優しいですね」


 コップに口をつける。器用なもので、一滴たりとも零れることはない。それが強くあろうとする心を表している様で、悲しく思った。


 「守ってくれてありがとう。今、幸せだよ」


 伏目がちに言われたその言葉を、まるで私が言われているかの様に感じてしまった。私の方を向いていないため、瞳に私が映っていないからだろう。

 他者がいて初めて、人は自分として成り立つのだから。


 だから私は他人に依存して生きていると言った佐治さんに、それをさも悪いことの様に言う佐治さんに、異論を唱えた。

 人は他者がいなければ成り立てない、弱い生き物だ。


 「…酷い。君は私と一緒にいた日々を幸せだとは思ってくれないんだ?」

 「ううん。これからも、ずっと幸せだったよ」


 瞳から光るものが落ちてゆく。


 「もう…、今日は泣いてばっか」


 拭おうとする手を取り、止めた。たまにはそんな日もあって良い。そう思う。


 「絢子さんたちは、本当に人を甘やかすか叱るのが好きですね」


 私にそんなつもりはない。それに声を荒らげたことなどない。…と思う。


 「絢子さんは、それで良いと思います」


 笑って細くなった目から、まだ零れる予定ではなかった涙が零れる。


 「はい。けれど、いつかは変わらなくてはいけません。そのときは、傍にいてくれますか」

 「棺を用意して待ってますよ」

 「貿易のボスも言っていましたが、何故棺を用意するのですか」


 弓弦さんは無言で、私の前にあるコップの8分目まで珈琲を注いだ。これでコップの中身は2つとも適量と言える量の入ったコップになった。

 私と弓弦さんが、対等かつ適当に会話をする。それの表れだった。


 「妬けちゃいますよ」

 「なにがですか」


 なにも調理はしていないはずだ。


 「…嫉妬って意味です」

 「なるほど。なににですか」

 「絢子さん以外になにかありますか?ボスはそこまで絢子さんに付き合うって言ってるんですよ」


 私といると死ぬ可能性が増すとでも言いたいのだろうか。


 「気付いてないんですか?絢子さんが必要とした人物はみんな絢子さんが自分で殺してるんですよ」


 私がボス以外の人物を必要とする?そんなことはない。


 「双葉さんは違うでしょうけど、霞城さんは誰がどう見てもそうです。それに晴臣さんだって、あのときは違っても将来そうなりそうな感じでした」

 「必要とする、とはどういったことを指すのですか」


 うーん、と言って考え込む様に俯く。私に分かりやすい言葉を探してくれているのだろう。こうやって、伝わらないことがあったのだろうか。


 「霞城さんには頼り切ってましたし、嫉妬してそうな場面もありました。なにより“行かないで”って言ってたじゃないですか」


 ああ、言った。言った。だけど、何故言ったのか思い出せない。

 弓弦さんの持つ銃が変わると性格が変わるという勘違いについて。あのときは嘘だと思っていたが、それについて指摘した際だ。


 「自分にも“傍にいてくれますか”なんて、プロポーズですか?」

 「そんな…」

 「プロポーズは冗談ですよ」

 「霞城さん…嘘…私…そんなの、嘘」


 あの水面だけが沸騰した様な感覚が、嫉妬。


 「えっと…これはどうしよう」


 私は、霞城さんと接する弓弦さんに嫉妬していた?ボス以外の人物に、その様な感情を抱いていたのか。

 気持ち悪い――


 「お水でも飲んで、落ち着きましょう。ここに置きますね」


 嫌だ。見たくない。――ボス。恭一。

 寝ている部屋の扉を開けて、私は言葉を失った。


 「いない…?すぐに知らせてきます」


 すぐに4つの足音がこの部屋へ集まった。


 「どういうこと?付いてたんだよね?」

 「それが、武闘のボスが嫌がったので別の部屋にいたんです。でも部屋の外の気配には気を配ってて、誰かが通った様子はなったんです」


 目を瞑っていたあの数秒以外は、気にしていた。


 「ここで固まっていても仕方がないです。探しに行きましょう」

 「そうだね。絢子さんはここで恭一くんのことを待ってて。行こう」


 建物の外に空気の動きがある。大柄の人…?こちらへ向かって来る。窓を開けて、空気の流れをより正確に。


 「危ないですよ!」


 2人だ。ひとりが肩を貸されて移動している。窓枠を飛び越える際、ちらりと弓弦さんを見る。


 「はい」


 続けて弓弦さんも窓枠を飛び越えて追いかけて来る。


 「案外遅いお迎えでしたね」

 「なにをした」

 「少し話しをしただけです。勘違いされないよう申しておきますが、突然彼が訪ねて来たのですよ」


 何故その様な危険なことを。

 楠巌谷は肩を貸していたボスに乱暴な扱いをしなかった。そっと私に引き渡す。動いたためか息は荒いが、怪我が増えている様子はない。


 「心配をかけて悪いね」

 「謝らないで下さい。戻って休みましょう」

 「絢子さん、自分が」


 私たちは楠巌谷たちがどこに潜伏しているのか知らない。話すなら、機会は今しかないだろう。しかし…


 「もう大人しくしてるから大丈夫だよ」


 弓弦さんに小さく頷くと、ボスを支えて歩き出した。

 2人が見えなくなるまで、私はなにも言わなかった。そして楠巌谷は立ち去ることなく、私の言葉を待っていた。


 「怪我をさせておいて、随分と親切ですね」

 「まだなにも聞かれていないのですね。時間は沢山あります。またの機会にお話ししましょう」

 「あなたに話す気がないのであれば仕方がありません。今は拷問する気分ではありませんので。ですが、忘れないで下さい」


 全ての水が、奥底の水までもが、沸騰している。これはなんというのだろう。


 「タダで済むと思うなよ」


 楠巌谷は、狂った笑顔を作った。


 「必ず」


 もう用はない。早くボスの元へ行かなければ。早く、早く、早く。ボス


 「ボス!」

 「早かったね。話は良いのかな」

 「積もる話という意味なら、ありません。この件に関してのことは、ボスの言葉で聞かせて下さい」


 ゆっくりと私の方へ伸ばされる手を、私は取らなかった。その手が私の頬に触れる。温かい。沸騰していた水が、落ち着いてゆく。


 「私だけの可愛い玩具」

 「はい、なんでしょうボス」


 ゆっくりと私に身体を預けるボスを、しっかりと受け止めた。抱き上げると、元の部屋に寝かせる。


 「ボス、私は異能戦場へ再び赴く際、貿易のボスを仮の主としました。ボスが傷付いているからと言って、全くの無実だという証明にはなりません。命令に従えないことがあること、ご理解下さい」


 これが、命令に従うのみである者の性だ。なにを捨ててでも優先したいものがあっても、命令に背くことは出来ない。


 北園満弦と同じだ。

 本当は二択ではなかった。決死の覚悟で逃げることも、2人共死ぬことも出来た。だが、命令は二択だった。


 「そうだね。それが良いよ」


 ボスにこんな顔をさせるために来たのではない。だが、私には…


 「今日はもう大人しくしていると言ったけど、それを信用するのは難しいね。でも絢子くんを休ませることもしたい。だから一緒に寝ようか」


 布団を半分空けて、手を広げている。


 「はい」

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