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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第78話 違い①

 夜明けまで東に用意された建物で休み、出発することになった。恭一は部屋を移ると、気を失う様に眠ったらしい。


 「3日間は捕らえられてたことになりますから、緊張の糸が切れたせいですかね。熱はありませんし、一先ず心配はないと思います」

 「そうですか。ありがとうございます」


 せめて昨日の18時に出発していれば。私は、また間違えた。左の小指と右の親指がなくなった手を見ると、それをありありと知らされる。


 「絢子くん」

 「恭一!指以外で痛むところはありませんか」

 「大丈夫だよ。ごめんね、約束だったんだ」


 さっきも拘束を解かせる際、約束と言っていた。一体どんな約束を、いつ交わしたのだろう。


 「恭一が無事ならそれで良いのです」

 「ありがとう」


 私の頬に、そっと手が添えられる。


 「さぁ、異能を解いて」

 「回復してからにしましょう」

 「我儘を言ってはいけないよ」


 ゆっくりと、私を引き寄せる。顔と顔が、唇と唇が、近付く。目を瞑って、恭一に全てを任せた。

 唇に柔らかいものが触れる。ざらざらとしたものが唇をゆっくりとなぞる。


 「ぼ、ボス、もう十分です。本当はわかっ…ん」


 私の唇を包む様に、ボスの唇が触れた。


 「分からないよ。知ってるかな、舌の色は赤だよ」

 「では私の玩具にそれを改めて知らしめましょう。恭一、口を開けて下さい」


 最早ひとつになった口腔内で、ざらざらとしたものが絡み合った。時折恭一の少し荒い息遣いが聞こえる。


 「…双葉さんともしたのですか」

 「一応婚約者だからね、皆が見てる前で軽くならあるよ」


 これは本当なのだろうか。それとも、私が望んでいる回答に近いものを言っているだけなのだろうか。


 「恭一」

 「困った子だね」


 異能戦場へ赴く前と変わらず、言葉とは裏腹にその表情は笑顔だ。

 唇の柔らかい感触。舌のざらざらとした感触。温かい吐息。それらが頭の中で混ざって、頭がふわふわする。


 「異能は解けたかな」


 頭はすっかり自立してしまった。


 「はい、ボス」

 「良い子だね」


 その笑顔は、ボスであるときに見せる笑みだった。


 「長時間の移動と戦闘で疲れただろうから、しっかり休んで」

 「大丈夫です。ボスの傍にいさせて下さい」


 ボスは微笑んだが、小さく首を振る。


 「襲って来る心配はない。異能がしかけられていることは恐らくない。安全と言ったのは絢子くんだよ」

 「ですが、万が一ということもあります」

 「誰かがいると強がっちゃうからってことだと思いますよ」


 弓弦さんに耳打ちされた内容は、確かにあり得ることだ。だとすると、やはり指以外に怪我をしているのではないか。


 「絢子くん、これは命令だよ。弓弦くんも」

 「…はい、ボス」


 部屋を出はしたものの、扉の前から動けないでいた。


 「本当は異能をかけてませんよね。自分たちは解く方法を聞いてませんけど、キスシーンなんてないですから」

 「御伽噺ではキスが碇石だと本に書いてありました」


 そうでなくとも異能をかける真似をする際はキスをした。


「ある種間違いではないですけど、ちょっと偏見ですよ」


 あのときは無意識だったが、今なら理由ははっきりしている。霞城さんがやらないことだからだ。


 「兎も角、無理をしてでも異能を解かせた理由は、命令をより忠実に聞かせるためだと自分は思います」

 「そうでなくては、もう信頼出来ないという意味ですか」

 「違います。自分にも手以外は見せてくれなかったんで、他にも怪我してるんだと思います。けど…」


 俯いた弓弦さんの肩が震える。


 「脂汗をかいて笑うその姿を見て、俺はなにも言えなかった」


 目の辺りからだろうか。光るものが次々と落ちてゆく。そしてわずかな時間、床に染みを作った。


 「やらなくて良いやりたくないこと。これをする意味はありますか」

 「どういう意味ですか…?」


 上げられた顔の、その目元は光っていた。


 「そのままです。やりたいことであれば、やらなくて良いことでもやれば良いと思います。必要ないと言われた。思い出したくないことを思い出す。これは“やらなくて良いやりたくないこと”ではありませんか」


 目元の光りが、次々と頬を伝う。その表情は困惑だった。


 「あんなに心配してたのに、どうしてですか?」

 「心配は私がしたいことです。押し付けは人を苦しめます」


 正義と同じだ。善悪は光りと闇の様にはっきりしない。全ての感情がそうだ。だから人は間違い、争う。


 「それで亡くなっちゃうかも。それが不安だって、そんなの嫌だって、思わないんですか?」


 表情がない。そうまでは言われなくとも、そう聞こえることを言われる私にも感情はある。


 恭一という玩具を、ボスの玩具という立場を、独り占めしたい。

 東恭一が私だけの存在であったら。


 だから全く分からないとは言わない。だが、堂々巡りだ。それを相手が望まなければ、意味のないことだ。

 それが私の答えであり、弓弦さんの答えとは異なる。


 「命令があれば、当人が望めば、どんな残忍な殺し方もします。そして私は、ただ自分のためだけに人を殺すこともします」

 「霞城さんたちのことですか?」


 その意味合いが一番強いが、まだある。雄剛さんと丸栖和真のことだ。

 約束を提案したのは私だった。だが、それが戦場で弱さを見せることであるために約束をなかったものにしよう。そんな自分勝手な理由で殺した。


 「それでも、弓弦さんは私を優しいと言ってくれますか」


 ハッとした表情になり、涙を拭く。


 「はい。その優しさは、思ったより変わった形かもしれません。でも優しいからこそ出て来る言葉があることは、変わりません」

 「ありがとうございます。聞いてもらいたいことがあるのですが、今から良いですか」

 「自分で良ければ」


 自然と、異能戦場へ赴いていた際弓弦さんに割り当てられていた部屋に入った。向かい合って座る。

 机には、珈琲が入ったコップが置かれている。


 「私が鏡を見られなくなる出来事に繋がる。そんな出来事です」

 「確か、恐れて怒って悲しむべき…でしたっけ」


 ―――恐ろしいのです。そして、きっと憤りを感じ、後悔しなくてはいけません


 正確にはこう言った。少し違うが、よく覚えているな。それだけ他人の話を真剣に聞いているということなのだろう。


 楠英昭を彼と呼び、楠英昭の母親との会話を語った。聞き終えた弓弦さんはまず、小さく笑った。


 「幼い頃から絢子さんは絢子さんなんですね。理由は簡単です。でも、人から聞いて意味があるのかなって思うんですよ」

 「分からないままの方が、意味がありません」


 珈琲を半分程飲んでコップを置くと、優し気に微笑む。


 「分かろうとしてるってことが成長なんじゃないですか?」

 「それはそうかもしれませんが、やはり分からなければ意味がありません」


 弓弦さんとは考え方の根本が違うのだろう。これでは水掛け論と同じだ。


 「メイドの姿だった彼の母親が、彼の母親だと分かったんですよね。それはどうしてですか?」

 「理由を問われると…よく分からない、というのが正直なところです。雰囲気が似ているとは思っていました」

 「でもどこかで確信したから断定的な言い方をしたんですよね?」


 そう言われると、心当たりがある。だが、これも感覚的なものだ。


 「メイドが決定した言い方をすることは、まずありません。恐らく知っていたのでしょう。そして助けようとしていた」


 ―――様子を見に行きます。ついて来て下さい


 様子を見に行きたいので、一緒に来ていただけますか。

 これが下の者の限界だ。メイドとなれば、もう少し相手に決定を委託する言い方をする。それが南での普通だ。


 南の者は、子供だろうと容赦がない。少し言い方を間違えるだけで首が飛んだりする。そんな環境に長く身を置く者がその様な言い方をした。

 焦っていたのだ。


 「助けることに協力して、助言した。これは、彼の母親にとって嬉しいことなんじゃないですか?」

 「嬉しいことをしてくれた相手は優しいのですか」


 弓弦さんは首を傾げて小さく唸った。


 「これ以上の説明は、自分には難しいです。そう聞くと間違ってるって思うかもしれませんけど、大体合ってると思いますよ」

 「そうですか」


 やはり弓弦さんが言った通り、人から聞いただけでは分からないのだな。


 「良ければ、その続きも話してみませんか?鏡が見られなくなった出来事です。なにか力になれるかもしれません」

 「いいえ。これに関しては答えがあります」

 「でも鏡ってまだ見られないんですよね」

 「答えがあることと実行出来ないことは関係ありません」


 コップに入った珈琲を飲み干す。


 「聞いていただいて、ありがとうございました」

 「いいえ。お代わり、どうですか?」


 話は終わり。そういうつもりで飲み干した。自分勝手かもしれないが、それ以後のことは聞かれたくなかった。


 「自分の話も聞いてほしいんです。だから、お代わりしませんか?」

 「あの女性のことですか」


 ゆっくり頷いて、私の目をじっと見る。

 弓弦さんの瞳には私が映っている。しかし私の瞳には、弓弦さんにとっての弓弦さんは映っているのだろうか。


 「何故私に言おうと思ったのですか」

 「誰かに聞いてほしい気分なんです。絢子さんがちょうど良いと思うんです。絢子さんも自分に聞かせてくれた理由ってそんな感じですよね?」

 「お代わりをもらえますか」


 保温性のあるらしい大きなコップから私の前にあるコップへと、珈琲が注がれてゆく。だが、半分程度しか注がれなかった。

 弓弦さんのささやかな拒絶だと、私は感じた。

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