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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第77話 知らないこと③

 拳銃から放たれた弾は、沙也加さんの眉間へ向かっている。

 私からは遠く、届かない。両隣の佐治さんか新さんがどうにかしなければ、死ぬ。はたまた、自分でどうにかするだろうか。


 沙也加さんが椅子ごと大きく後ろに倒れ、それを新さんが支えた。撃たれた後になにをしても変わらない。


 「お怪我はありませんか」

 「大丈夫。ありがとう」


 防ぐことが出来ないため、倒れて怪我を最小限にしようとしたのか。それか、新さんが支えてくれると思って倒れたか。


 「変わらないね。君は我慢が足りない子だった。絢子さん、彼は東野悠(ひがしのゆう)。アタシの旦那の弟だよ。懸賞金が懸けられたのは、5年前」

 「まるで我慢が出来ないために、ここにいるかのような言い方ですね。失礼ですよ、義姉さん」


 沙也加さんは小さく笑っただけだった。恐らく、そう言ったのだろう。


 「(はる)は、佐治と名乗っているんだね。西にいたときは北から逃げて来たって言っていたけど、今度はなんて言ったの?」

 「秘密です。東の皆様、彼女には西にいた頃お世話になりました」

 「東の者ではないと思ってたが、北の者だったのか?」


 元々東ではない者が多い団体だな。しかも気付いていたのか。


 「そうかもね。幼い頃の記憶はぼんやりとしかなくて、僕は僕が何者であるのか知らないんだ。多分どこにも属さない小さな隠れた村の出身かな。北から逃げたのは本当。そう言って西にいたことがあるのも本当。でも佐治って名前は嘘」


 恐らく、佐治さんは自身の名前を知らないのだろう。名は人を現わすという。そういう意味でも、自身が何者であるのか知らない。そういうことだろう。


 「さじ加減のさじだよ。漢字は当て字。西にいたときは、尋ねられたときに快晴だったから晴。北のときは、尋ねた人の帽子が水色だったから(すい)


 なにか目的があって渡り歩いていたのだろうか。一体どんな目的で、その様な危険な行為をしていたのか。

 南へは、行ったことがあるのだろうか。


 「佐治くん、南へは行ったことがあるかな」

 「はい、一度。しかし命がいくつあっても足りなさそうだったので、一食一泊のお金を置いて黙って出て行きました」


 こんなときでも恭一は恭一だ。私が抱く疑問など分かり切っている。


 「そうなんだ。ねぇ晴、紹介してくれないの?」

 「…彼女は西間(にしま)スミレ。懸賞金のことは知りません」

 「4年と2ヶ月前だよ」


 苗字持ちが自ら消えた。この点は弓弦さんと違わないはずだ。しかし弓弦さんに、北園満弦に、懸賞金が懸けられている様子はない。何故だ。


 「ついでなので、僕からも良いですか」

 「自分の兄です。名を北園義満(きたぞのよしみつ)、懸賞金が懸けられたのは5年半前です」

 「紹介どうも。何故お前が東の者と共に来る。弓弦と呼ばれていたな。どういうことか教えてもらおうか」

 「それは俺の台詞でもある」


 全くその通りだ。


 「けど、先に教えてやる。4年前、内通者としてではなくただの人として、自らの意志で東へ行った。名前は捨てた」

 「何故そんなことを…!」

 「教える義理がないな。それに俺が角南誠がいた現場にいたことを知ってれば、驚くことなんかないだろ。いつまでも、兄貴は捨て駒ってことだ」


 ひとりしか見られないのであれば、そうとも限らない。しかし他の者は特別驚いた様子はない。この中でひとり見ていなかった可能性もある。

 しかし、それが私になんの関係がある。最も優先すべきは恭一だ。


 「不毛な議論は後にして下さい。あなた方には正義があり、それに則り行動している。間違いありませんね」

 「はい。ご理解いただけましたか」

 「いいえ。正義はひとつではありません。あなた方にとって不満の少ない世界は、誰かにとって不満の多い世界となるでしょう。それが正義で良いのですか」


 この者たちは、この改革に不満を抱く者は今旨い思いをしている者だけだと言うだろう。だが、果たしてそうだろうか。

 無駄に書物を読んでいたわけではない。


 「困るのは今立場に胡坐をかいている者だけです」

 「現状が見えていませんね。なにも考えず生きている者も不満を抱きます」


 楠巌谷たちが掲げる改革には、問題がある。


 それは平等過ぎるということだ。

 親の仕事を継げば職に困らないはずだった。命令に黙って従っていれば良いだけのはずだった。

 それが、いきなり自分で生きて行けと言われる。これは難題だ。


 奴隷解放令が良い例だ。多くの書物には奴隷は解放され、自由を得て幸せに暮らした。そんな様なことが書かれていた。

 しかし、私は疑問だった。奴隷は、生きて行く方法を知っていたのだろうか。命令に従い単純労働ばかりしていた奴隷が、生きて行けたのだろうか。


 例えば私。

 地下にいて書物に書いてあること以外なにも知らない私が、今地上に放り出されてひとりで生きていけるのか。答えは明白。無理だ。


 その答えがはっきりと書いてある書物もいくつかあった。

 作物や家畜の育て方、建物の建て方、服の編み方、通貨の概念。それらの生きて行く方法が分からない奴隷たちが、生活に困窮した。

 そして奴隷たちは、元の生活に戻ることを願った。奴隷にある程度の人間的な思いをさせていた主の元にいた奴隷ほど、そう願う者は早く多かったそうだ。


 「例えば、ただ命令に従うだけの者。命令をする者が人格者であればある程、尚更です。この意味が分かりますか」

 「そんな立場の者が不満を口にし」

 「止めろ」


 北園義満の言葉を、楠巌谷が遮る。これは問題だ。なにを言おうとしていたのか、分かっていたということなのだから。

 最後まで言わせて、北園義満を追い出すべきだった。


 「私ごときに論破される様な政策が通ることはありません。反乱を起こすと言うのなら、防ぐのみ。私は東の、恭一の正義に従って行動します」

 「分かりました。今回は諦めます。けれど、絢子さまはまた僕に会いに来ます。知りたいことを知っている一番近い人物は僕ですから。またここで」


 楠巌谷が立ち上がると、あちら側の者が立ち上がる。南がいながら、指揮者は楠巌谷か。恐らく異能持ちかそうでないかだろう。

 銃や刃物を構える弓弦さんたちを止める。


 「恭一に当たったらどうするのですか。怪我を増やして殺すつもりですか」


 それだけではない。早く手当をしなければ。

 私が急いでいることは分かっているはず。早々に切り上げるには理由があるのだろう。しかし、それを考えている時間はない。


 「また会うことになるそうですから、その際まで生かしておいてあげましょう。最後の晩餐を食べて対峙することをお勧めします」

 「悠の義姉さまもお勧めします」


 皮肉など言っている暇があれば、早く立ち去れ。いや、言わせたのは私か。急いでいるというのに。


 「弓弦さん、恭一の手当をお願いします」


 返事をするが、食堂を出て行こうとはしない。扉を開けることを躊躇っている。

 そうか。離れていても危害を加えられる異能。詳細は不明。無暗に触れることはしたくないはずだ。

 誰に触れされるのが良いか。当然あちら側の者だ。


 適任者は…


 「北園義満、あなたが開けて下さい」

 「何故僕がそんなことをする必要がある」

 「弟とこれから殺し合いをしなくてはいけないのですよ。弟のために、開けてあげてはどうですか」


 渋々、といった様子で扉に手をかける。その瞬間、呻き声が上がった。北園義満が手を押さえて蹲っている。

 恭一のことで頭が一杯で、そんなことにも気付かなかった。


 「差別意識のある者は、ここにはいらないよ。弟くんは勘が良いね。そしてすぐに気付き、北園義満を指名した絢子さまも流石です」

 「捨て駒すらも終わりだな。主を間違えた兄貴が悪い」


 弓弦さんのその声は、今までにない冷たいものだった。


 「他に異能をかけたものはありませんか」

 「どちらかを答えれば、信じていただけるのですか」

 「はい。私は、等しく分けるというあなた方の正義を信じます」


 平等とは、等しく分けることではない。物だけを与えても、それを生み出す術を知らなければ活かすことは出来ない。

 故に楠巌谷らは段階を間違えているだけで、その思想自体は正しい。しかし、だから知らないのだろう。


 平等は美しいが、残酷であることを。


 自分たちが比較的高い地位の中で低いと言われて、不平等を嘆いている。

 扱いがより酷い者がいる。これが、己が我慢する理由にはならない。しかしそれを知らず平等を口にすることは、暴力だ。平和になるはずなどない。


 「ありません。東恭一への異能も解いてあります」


 ひとつのものか、狭い範囲にしか異能が使えないことの誤魔化しか。


 「分かりました。弓弦さん、お願いします。私は本当に聞けることがないのか確認します」


 今までも五月蠅かったが、より五月蠅くなる。これまでとは違いなにか言葉を叫んでいるが、五月蠅くて耳に入って来ない。


 放置して出て行ったということは、なにも知らないのか。それか知っていることが東を錯乱させることか、どちらかだろう。

 そう思って聞けば相手の狙いが推し測れるかもしれない。


 それすらも狙いだった場合は、どうなるのだろう。ひとつ確かなことは、この展開が楠巌谷が描いた物語だということだ。

 北園義満は、捨て駒として徴集された。


 可哀想な人

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