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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第76話 知らないこと②

 門近くの者たちを片付け、陣形を整え前進。各々武器や体力の消耗は激しいが、時刻は19時を回ろうとしている。休んでいる時間はない。

 空気の流れが不自然な場所はない。隠れられる人数ということは、東の建物まではいても数人だ。対応出来る。


 何人かは襲って来るとばかり思った。良いことではあるが、予想に反して東の建物にはすんなり着いた。


 「遅かったですね、絢子さま。あれ?たったの5人ですか?」


 南海人もそちら側か。しかしよく私の前にぬけぬけと姿を現わせるものだ。本部でのやり取りを異能『マッチ売りの少女』で見ていたか、それを聞いたはず。

 私はお前を覚えている。忘れていない。


 「見ていたのだろう。私たちは初めから5人。誰も欠けてなどいない」

 「ええ、そうですね。あの人数を5人で相手するなんて、普通考えません。すごいですよ。中へどうぞ」

 「その前に、お前は私になにか言うべきことがあるのではないか」


 扉を開けるため、こちらへ背を向けていた。頭だけが奇妙に振り向く。その顔には、不気味な笑顔を携えている。


 「東本部での反応を見る限り、謝ってほしいんですよね?でもなんでですか?絢子さまも、楽しかったでしょう?」

 「楽しかった…?」


 謝れば許される。そうではないが、少しも悪いと思っていないとは思わなかった。それどころか、喜んでいるだと。ふざけるな。


 「分かってて煽るために言ってるだけです。落ち着いて下さい」

 「そうですね。聞いても許せるとは思えません。それに、たかだか反逆者になにかを求めた私が間違いでした」


 一瞬足がこちらへ動いたが、止めて扉を開ける。


 「どうぞ。ご案内します」


 案内される建物ではないが、仕掛けがないとも限らない。まずは目的の人物と対面させるはずだ。案内されておいた方が良いだろう。


 食堂の扉が開けられる。そこには――


 「恭一!」


 椅子に縛られた恭一と、その脇に立つ楠巌谷がいた。


 「お久しぶりです、絢子さま」


 恭一が攫われるなどという発想が、私にはなかった。

 楠巌谷に協力している。それにはやむを得ない事情がある。そしてそれは、東のためである。そう思い込んでいた。


 「来てしまったね。でも絢子くんなら来てくれるとも思ったよ」


 少し息が荒い。怪我でもしているのか。


 「君が弓弦くんだね。凛太郎くんの命令ではあるけど、二度も絢子くんに付き合ってくれてありがとう」

 「いいえ…」


 予想と違う展開に、予想と違う言葉。戸惑っているのだろう。


 「2人は初めましてだね。知ってるだろってしつこくてね。名前を教えてあげてくれないかな」

 「…東野沙也加。こっちはアタシの護衛の新」

 「そう、覚えてなくて悪いね。凛太郎くんは案外、私のことが大好きだと知ったよ。誰のことも嫌いではないだけかと思ってたんだけどね」


 そんなことはない。

 貿易のボスのときとは違い、そう言えば良いだけだ。それなのに、上手く言葉が出て来ない。


 「絢子さま、僕のことを覚えていますか?」

 「覚えています。あのとき、あなたは私たちを救おうとしてくれました。何故こんなことをしているのですか」

 「平和のためです」


 暴力で勝ち取った平和は、いつか暴力によって壊される。その間の平和はまやかしだ。誰かが、どこかで傷付いている。


 この島もかつてひとつだったにも関わらず、内部抗争により4つに別れた。

 苗字という制度を作り、己の支配する土地をより強く支配しようとした。それは区別ではなく、差別を生んだ。


 「巌谷さん、あなたは間違っています」

 「間違っているのは絢子さまの方です。南を捨て、この様な男に入れ込むなど!そんなことは間違っています!」


 少なくとも4年前から、南が懸賞金を懸けて探しているのではないのか。南を捨てていないのであれば、その様なことになるはずはあるまい。


 「巌谷くん、その前に約束。解いてくれないかな」


 不服そうな顔をしながらも、恭一の縄を解く。こちらへ歩いて来る恭一を止める素振りもない。なんのつもりだ。


 「なんだか、随分と久しぶりな気がするよ」


 怪我のせいか、少し弱々しい。だが、間違いなく恭一だ。


 「16日も会っていませんか…恭一、左手の小指はどうしたのですか」

 「彼に取られちゃってね。昔は銃で撃たれたり、長剣で貫かれたりしても、数日後には歩き回ったものだけど、歳だね」


 いいや、違う。指の先で反射するはずものがない。爪に反射する光りは強くない。注意深く見ていなかったために、気付かなかった。

 比べるものがなかったため、ということもあるだろうか。


 「弓弦さん、恭一の手当をして下さい」

 「この部屋から出られると思うのですか?」

 「出ます。感染症にでもなったらどうするのですか。なにをしたかったのか知りませんが、あなたは地下で拷問が行われていることを嘆いていたはずです」


 爪を剥がすなどという拷問が、何故出来るのか。

 少しずつ壊れてゆくことに気付かなかったのだろうか。それとも、この3年半でなにかが変わってしまったのだろうか。


 「大丈夫だよ、絢子くん。それより今は、彼の話を聞いてあげて」


 とても大丈夫そうには思えない。しかし拒否する恭一を無理に連れて行くより、楠巌谷を殺した方が早いか。

 だが、こうなった原因を知ることも必要だ。一先ず恭一を座らせよう。


 「では座りましょう。南海人や他の者たちも、どうぞ」


 立っている方が動きやすいが、問題はない。楠巌谷が隠れている者に出て来る様に言い、その場にいる全員が座る。


 「出来れば手短にお願いします」

 「会いに行かなくてはいけない。そう言っていたのに、冷たいですね」

 「状況が違います。恭一を傷付けた罪は償ってもらいます」


 角南誠の目を通して見ていたのなら、何故自分を覚えているか聞いたのか。記憶に霧がかかった様になる異能かもしれないものと関係しているのだろうか。


 「これがなにかの異能である可能性は考えたのですか?」

 「恭一は本物です。それ以外には、なにも必要ありません」


 それに、ただの反逆者集団が多くの異能の本を持っているとは思えない。


 「気に入らない」


 楠巌谷がそう言った次の瞬間、恭一の肩が小さく動いた。少し凄んだ言い方ではあったが、恐怖したとは思えない。


 「貴様、恭一に異能をかけているな」

 「一々反応していたら、遅くなってしまう。大丈夫だよ」


 明らかに顔に覇気がない。また指を落とされたか。離れていても実害を加えられる異能など、危険極まりない。


 「巌谷くん、私を拉致した理由を聞かせてもらえないかな」


 本当に拉致されていたのか。脅されて仕方がなく従ったものだと思っていた。ボスという立場故のしがらみもあるだろう。


 「平和のためには絢子さまの力が必要です。第一妃のお子様は絢子さまのみとなりました。我々にお力添えいただきたいのです」

 「蔑んでおいて、今更ですね。南が異能戦争に勝ったのなら、その言い分はまだ飲み込めます。しかし勝ったのは東です。勝手を言わないで下さい」

 「絢子さん、この団体には全ての組織の者がいます」


 北は全ての組織と交流があったのだろうか。だが、都合良く弓弦さんが知っていることなど…そうか。全員御用人なのか。

 御用人に出来ることは限られている。ここにいる5人以外に、組織の中心に近い人物がそれぞれ1名以上いるのだろう。


 「異能戦争が行われることが決まる前から結成されていた、反逆者集団というわけですね。目的は平和を実現するため」

 「改革者です。苗字制度を廃止、一夫一妻制、親の職業に関わらず職業を選べる。そんな差別のない世界を目指しています」

 「それは東では出来ないことなのですか」


 出来ない、しない。そう思っているからこうしているのだろう。だが、そこに明確な理由はあるのだろうか。

 どうせやらない、などというつまらない答えは聞きたくない。


 「東のことです。進言があれば、多少の努力はするでしょう。しかし全く改善出来るとは思いません」

 「いきなり世界が変わるなんてことはありません。誰が行ったところで、結果は大して変わり映えのしないものだと思います」


 仮に世界が変わったとしても、人はそう簡単には変わらない。


 霞城さんは言った。私と楠英昭は、未だ地下に幽閉されているのだ、と。全くその通りだ。築き上げた価値観は簡単に変わらない。

 だから私には分からないことが多い。買い物が出来ない。


 そして、それを知ろうとしない。


 「東なら努力をすると思うのなら、あなたたちが東に協力して下さい。正当に行うことが出来る者と、立場を捨てて行う熱意のある者。協力出来れば、よりあなたたちが言う差別のない平和な世界へ近付くのではないですか」


 しかし問題もある。南海人は知らないが、4人は御用人だ。それぞれの組織へ引き渡す必要があるかもしれない。

 東が勝ったからといって、全てがいきなり東のものになるはずもない。


 「反逆者たちと協力すれば、それが反逆の火種となるよ」


 それもそうか。私が言った通りになるのであれば、楠巌谷たちは改革の中心部分を担うことになるだろう。

 今まで我慢して従って来た日々はなんだったんだ。こんなことなら反逆しておけば良かった。そう不満に思う者が出ることも仕方がない。


 「では、どうしますか。ここで殺しますか」


 私の発言の終了とほぼ同時に、一発の銃声が食堂に響いた。

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