第75話 知らないこと①
貿易のボスに見送られ、私たち5人は出発した。また5人だ。5という数は、私になにか恨みでもあるのだろうか。
「楠巌谷に会わなくちゃいけない。恭一くんに会えるかもしれない。そう思って行くんだよね?嬉しくなさそう」
「これから人を大量に殺す必要があるかもしれない。それは分かっていますか。普通でいられるのは、沙也加さんだけです」
反論するためか、ひとりひとりの顔を覗き込んだ。
「やはり引き帰して、沙也加さまを――」
「それは無理だよ。ボスも言っていたよね。東の血が流れる指揮者は必ず必要なんだ。例え死ぬと分かっていても、必要なんだよ。それが東の暗黙の了解」
それでは、貿易のボスが沙也加さんは死ぬ。そうと分かっていて指揮者に据えたことを伝えることになってしまう。危険ではないだろうか。
「本来死ななくても良かったはずの東の血縁者は沢山いたと思うよ。一夫多妻制の理由が分かったよね。お勉強が出来て、良かったね」
「守ろうとか考えるなよ。陣形が崩れる。それに戦場では特に、自分の身は自分で守らないとな。そこに立場は関係ない」
2人の容赦ない言葉に、新さんはうな垂れた。
しばらくそうしていた顔を上げ、私に視線を向ける。作戦に対して厳し目に発言はしたが、沙也加さん本人に対してはあまり発言していないためだろう。
「戦場で他人を守ろうと考える者に限って、己も守れないものです」
「アンタら人の心ってものがないわけ!?」
立ち上がりそうな勢いだ。
「持っております。ですので、ご忠告させていただいているのです。どうかお気を付け下さいませ。ボスは、死んでほしいとまでは思っていない。そうわたしは想像しております。悪い報告を増やさないでいただきたく存じます」
座ったままではあるが、綺麗なお辞儀をする。
「結局は自分のためってこと」
「ボスは一度、ご自分が赴くとおっしゃいました。訃報を聞けば、悲しまれることでしょう」
「3人してボスのためボスのためって、ちょっと気持ち悪い」
「それは沙也加さまが心に決めた方がいないせいじゃないですか?」
―――政略な割には相思相愛度が高いのが自慢かな
―――どれだけ思い合ってたって、努力なしに築ける関係なんてないんだよ
弓弦さんの発言は、この2つから分かる。
旦那さんにはどう思われているのだろうな。少なくとも、同じ様には思っているだろう。弟には利用される。悲しい人だ。
「気付いていますか。今の言葉は、新さんを否定しています」
「あ…違うの、新。アタシそんなつもりじゃ…」
「はい。お3方は少々行き過ぎている印象を受けます。分かっております」
その穏やかな笑みが、傷付いた心を表していた。しかし沙也加さんはそれに気付く様子もなく、ほっと胸を撫で下ろしていた。
貿易のボスは本当に、沙也加さんが上手くやれると少しでも思って呼んだのだろうか。双葉さんの様に、組織の犬であることの事情がなにかあるのでは。
であれば、沙也加さんは殺すべきか否か。
私の思考は進まなくとも、自動車は進んで行く。休憩時も空気は停滞したまま、時間だけが流れた。そして、異能戦場に私は再び降り立つ。
開いた門の近くから、大勢の者がいる。陣形などと悠長なことを言っていられるだろうか。だが、無策で飛び込むことなど出来はしない。
「なにしてるの?早く行って早く済ませるよ」
「お待ち下さい」
設定した条件を満たした者から視界を奪うことが出来る異能『シンデレラ』
私が持つ異能『赤い靴』とは違い、予めなにかに異能をかけておく必要がある。下準備なしでは無力。
望んだものを出現させることが出来る異能『アラジンと魔法のランプ』
これは冗談抜きに、半分手品の様なものだ。異能は超常現象ではない。無から有は生み出せない。ただものを引き寄せるだけだ。
「大勢人がいるのですね。誰か2人が入り、道を開けるのが良いかと思います。わたしと新、絢子さんと弓弦、それか絢子さんと新、どの組で行きますか」
沙也加さんは役に立たない。私が判断するのか。私が、判断しなくてはいけないのか。出来るのか?ずっと命令に従って来ただけの私に、なにが出来る。
間違えてはいけない。楠英昭の様に、勝手な判断で…
「絢子さん、自分たちはなんでもない関係です。でも命令があれば、その命令を遂行してる間はその命令で結ばれてるんですよ。自分たちのこと、信じて下さい。貴方の命令を、聞かせて下さい」
並ぶ2人の横に、新さんも立つ。やっと戦う覚悟をしたのか。
「ちょっと、新」
「ずっと思ってたんッス。俺ってなんで、隠居お嬢様のお世話係なんてやってるんだろうって。このまま終わるつもり、ないんッスよ」
そんな不満を抱きながらも、懸命に守ろうとしていたのか。仕事だから、で片付けられることではない。なにがそうまでさせたのか。
「佐治さんと新さんでお願いします。30秒後に私と弓弦さんで行きます。沙也加さんはその45秒後。良いですね」
3人の返事が私の鼓膜を揺らした。
「なに仕切ってるの?アタシが」
「あなたが出来ないから。それ以外になにかあると思うんッスか」
「時間がありません。問題なければ行かせて下さい」
強く拳を握るが、問題を見つけられないのだろう。2人に行く様に言うと、私を睨み付けた。
出来ると思える実力があるとは思えない。本当に面白半分で見に来ただけなのだろうか。それにしては、貿易のボスは期待していた様子だった。
どうでも良いか。異能の本は、適当を言って預かっている。殺されても問題はない。弓弦さんも分かっているのだろう。援護してくれた。
30秒経った。弓弦さんと頷き合い、踏み出す。
門から聞こえ漏れてはいたが、想像出来ない程多くの銃声が響いている。思ったよりも多くの者がいる。
「これ、沙也加さま死にますよ」
「他人の心配とは余裕ですね。私はもっと人を連れて来るべきだったと後悔しています。数で押して来るとは思いませんでした」
「これだけの数が“反逆者”なわけですからね。自分も門付近にこれだけいるとは想像しませんでした」
私が弾丸を弾いて、弓弦さんの弾丸の道を作る。そうしなければ、弓弦さんの弾丸はどれかに弾かれてしまう。
相手が無鉄砲に撃っているとしても、そうなってしまう状況だ。数が多い。このままでは、ここで弓弦さんの弾が尽きてしまう。
「あの塔の上に行きましょう。手榴弾と赤いすぷれーを一緒に投げ、異能で近くの者を撃ち殺させます」
「そんな一斉に異能を使って、大丈夫なんですか?目立ちますし、それに…」
「はい。予想はされているでしょう。しかし他に方法がありません」
なにか言おうとした弓弦さんが、急に目の前からいなくなった。いや、私がいる場所が変わっている。
向かおうとしていた塔の上だ。弓弦さんは?
「なるほど」
弓弦さんの傍には、新さんがいる。私と新さんの位置を入れ替えた形になったわけだ。状況を見て、塔の上に行こうとすることが分かったのだろう。
隠居お嬢様の世話係に不満を抱くことも、致し方ない。…それは今は良い。
手榴弾の留め具を外し、すぷれーと共に投げた。
異能『赤い靴』
「弾が切れるまで回りながら銃を撃て」
誰かが昇って来ている。やはり目立つ行為は避けるべきだったか。この大人数を異能で操るには集中力がいる。今相手をしている余裕はない。
「なに目立つことしてるの!こんな大人数操って、自分も戦闘出来ると思ってるなら考えを改めなさい」
「生きていたのですか」
「勝手に殺さないでって言いたいところだけど、傷だらけだしヘトヘト」
荒い息で座り込む。
「昇って来ようとしてるヤツらは片付けた。でもいつまた来るか分からないし、別の高い建物から狙われるかもしれない。アタシに気付いたってことは、少しは余裕あるんでしょ。対応はするから、少し休ませて」
意外だ。命令とはいえ、散々貶された相手と協力するのか。守るのか。
人数は減って来てもう大分動けるが、沙也加さんを休ませたい。私も休めるときに休んだ方が良い。厚意に甘えておくことにしよう。
「はい。よろしく願いします」
「全く触らせてくれなかった猫が少し触らせてくれたときの気分」
…分からない。貿易のボスも弓弦さんも猫に例えていた気がする。東の者は、猫が好きなのだろうか。
「アタシだってね、なんで隠居お嬢様やってるかなんて分かってる。だから凛ちゃんが頼ってくれて、嬉しかったの。ごめんね、当たって」
「己が愚かだと気付いているのであれば、変わることが出来ます。失礼な言動の数々、お許し下さい」
「なんとなく分かるよ。アタシのためでしょ。命令なのか、自分の意志なのかまでは分かんないけど。でも命令かな」
下の者の言動を美化し過ぎだ。そう思うのなら、新さんは分からない。だが少なくとも、私は本気だった。
弓弦さんと佐治さんも、沙也加さんのために行動する理由がない。私に合わせて強い言い方はしたかもしれないが、概ね本心だろう。
「戻って凛太郎さんに聞いて下さい」
「可愛い子」
小さくため息を吐くと、立ち上がる。
「もう大分減ったんじゃない?アタシは休めたけど、降りる?」
「……もう少し、休みましょう」
私は何故、この人を蔑む様なことを言っていたのか。何故駄目だと決め付けていたのか。思い出せない。
確かに役割を果たせる器ではないかもしれない。だが、全てが駄目だったわけではないはずだ。何故私は。
思い出せない。




