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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第3章1部 正義の議論
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第69話 どこにいても①

 市場の者たちに笑顔で見送られ、迎えに来てくれた自動車に乗り込む。全員が口を開かないまま自動車は走り、自動車の中では空気が停滞していた。

 異能戦場へ赴いてからのことは、たった13日の出来事だとは思えなかった。


 本部の門をくぐり、自動車を降りる。


 「絢子くん、おかえり」

 「只今戻りました」


 他には双葉さん、貿易のボス、佐治さん。それから、知らない者が4人いる。恐らく晴臣さんと正雄さんの代理でボスを務めていた者と、その護衛だろう。

 其々適当に挨拶を済ませると、総代の元へ向かった。


 「ご苦労だったね。しばらくはゆっくりしながら報告書の作成を頼むよ」


 私を含め4人の返事が重なった。


 「総代、異能戦場は東の領地になった。それに間違いはありませんか」

 「間違いない」

 「では、遺体の回収へ向かわせて下さい」


 恭一以外に心動かされているわけではない。なんのためであろうと、戦った者が無造作に穴に投げ入れられるだけなど、あってはならない。


 「駄目だ。異能戦場へ赴く者を決めた際、本部へ襲撃を仕掛けた者が君を待っている。そう思わないかい」


 ルールを聞く前は、単に抜けて来たのだろうと思っていた。しかし、あんな壁を超えられるはずがない。そして超えられたとしても蜂の巣になるだけだ。

 しかし異能戦場で待っていると書かれていた。それは、私が遺体の回収へ向かうことを見越してのことだ。分かっている。


 「それなら尚更、行かなくてはなりません。彼を、迎えに行かなくては。この島が急に変わることはないでしょう。しかし、変わっていくことは間違いありません。彼の居場所があると、私は彼に伝えなくてはいけないのです」


 今まで思い出せなかった顔が、何故だか急にはっきりと思い出せた。何度か交わした言葉も、彼の名前も、はっきりと思い出せる。


 「それは、赴いていないことを不自然だと言ったベレー帽の者かな?」

 「はい。思い出しました。楠巌谷(くすのきいわや)という者です」


 部屋の温度が下がる感覚がした。


 「絢子さん、楠巌谷に居場所はないよ」

 「何故ですか」


 理由もそうだが、何故晴臣さんがそれを知っている。


 「弓弦くんは知っているかな?」

 「…はい。絢子さん、南が賞金を懸けて楠巌谷のことを探してるんです。だから、急に変わらない限り居場所はありません」

 「言っている意味が分かりません。それに3年半前まで彼は私がいた建物に出入りしていました。弓弦さんは4年前に――」


 ハッとして言葉を止める。


 「4年前に他組織から来た。それが、何故知っているのか。だろ」

 「やはり気付いてましたか、ボス」

 「初めは手先かと思って警戒していた。たが違うことなど、少々観察していればすぐに分かる。それから“武闘の”とは違って総代には報告している」


 普段いかに従順だろうと、かつて時間を共にした者に会えばどうなるか分からない。それにも関わらず、行かせたのか。


 「なんで言わなかった」

 「詳しい経緯は知らんが、自ら捨てたことは容易に想像出来る。4年も前に捨てた名を聞かせて、なんになる」

 「それは…」

 「ボス、それは違います。どこへ行ってなにをしようと、流れる血は変わりません。自分を信頼していただけてるなら尚更、名前を尋ねるべきでした」


 弓弦さんは、待っていたのだろうか。生まれた地以外で、親しみを持って本当の名が呼ばれるその日を。


 「考え方の相違だな。俺は信頼しているから聞かなかった。良いか、俺にかつての名を言うな。俺が聞くそのときは、弓弦、お前を信頼しなくなったときだ」

 「はい、ボス」


 弓弦さんに笑みを向け頷くと、晴臣さんを睨む。


 「晴臣、何故今それを言った」

 「凛太郎(りんたろう)くんが知っているか知りたかったんだ。そこまでのお気に入りだとは思わなかったよ」

 「俺への信頼とただの命令。この2つで正しい動きをする者など、この佐治か弓弦のどちらかだ」


 2人が顔を見合わせる。弓弦さんは行きの自動車の中で、推薦を鵜呑みにしたのだろうと言っていた。あれが嘘である必要はない。驚くのも当然と言える。


 「聞くまでもないが、聞いてやろう。どうだった、俺の優秀な部下は」

 「ふふっ、良い子だよ」


 満足そうに頷くと、私に視線を向ける。


 「仮に楠巌谷が御用人でなかったとしても、東の幹部を大勢殺そうとしたことに変わりはない。お咎めなしに受け入れることは不可能だ」

 「話を進める前に良いかな。絢子くんは何故、あの日本部を襲った人物が楠巌谷だと思ったのかな」

 「…最後に姿を見た日に、本をくれました。『眠れる森の美女』です。その際、ささやかなプレゼントだ。待っている。と言ったのです」


 襲われた異能の物語である『眠れる森の美女』を読んだことがあった。それは偶然ではなかった。

 いつどこで読んだのか覚えていなかったのは、楠巌谷の記憶の多くが失われていたためだと考えて良いだろう。


 では、何故今になって急に思い出したのだろう。


 簡単だ。記憶を操作するような異能にかかっている可能性がある。

 私を監視出来る程近くにいるのか。二重に異能をかけられているのか。その異能自体で監視のようなものが副産物的に得られるのか。


 「殺せと命令していただければ、殺します。どんな形であろうと、どんな結末になろうと、構いません。私たちを助けようとしてくれた彼に、私は会いに行かなければならないのです」


 3年半もの間、私は彼を待たせてしまっている。待っている場所が分かっているにも関わらず、行かないわけにはいかない。


 「なるほどね。分かったよ」

 「行かせていただけますか」


 総代は俯いて首を捻った。頭ごなしに駄目だと言っても、勝手に行ってしまわないかと考えているのだろう。


 「凛太郎、どう思う」

 「俺ですか」

 「恭一がなんと言うかは分かる。そうは思わないかい」


 恐らく総代は恭一なら行けと言うと思っているのだろう。しかし恭一は、行くことを反対する。

 また私が一時的にボスの玩具ではなくなってしまうからだ。


 「東の幹部を大勢殺そうとした人物を捕らえに行くと言うのなら、行かせてやれば良いのでは」

 「総代、絢子さんは行くと言えば行きますよ。名目と指揮官をはっきりとさせ共に向かった方が懸命です。東が放っておける人物でもありません」


 大きく頷くと、私に視線を向ける。


 「部下として信頼を得てはいるようだが、人としての信頼は薄い。恭一、これは拾った君の問題でもあるのは分かるかい」


 やはりなにか変だ。総代は誰を見て言っている?


 「はい。しかし絢子くんは私の玩具です。部下として信頼出来るなら、十分です。折角貸してあげたのに、正雄くんは嫌われてしまって」


 そっと背後から私を抱きしめると、頬を撫でる。頭に霧がかかっていく様な感覚に襲われる。


 「なにがあったのか、言ってごらん」

 「決定的なことは…ありません。初めから、無理があっただけです」

 「へぇ、それは羨ましいね」


 晴臣さんと同じ返し。一体なにが羨ましいと言うのだろう。


 「好こうと努力した正雄くんは、やはり好きになれず嫌いになった」


 好こうと努力した…そうかもしれない。

 その向こうに見える私しか見ていなかったかもしれない。だが、確かに私は正雄さんを好いている様に見せる様に努力した。


 「苦手意識があったであろう晴臣くんのことや、弓弦くんのことは信頼しているね。だから半ば依存していた霞城くんを殺したのかな」


 驚いた様子を見せているのは、異能戦場へ赴かなかった総代以外の者と正雄さん。私のすぐ後ろから、馬鹿にした様な笑いが小さく聞こえた。


 「晴臣くんはそうかと思ってたけど、弓弦くんにも心当たりがあるみたいだね。そういうところだよ、正雄くん」

 「恭一くんが指摘したことに驚いただけ」


 これは私でも分かる嘘だ。出まかせだ。


 「恭一、これは霞城くんが望んだ結果だよ」

 「根拠はあるのかな」


 戦闘前に預かっていた。そう渡された手紙を出す。それを読んで、僅かに頬を緩めた。そんな気がした。


 「これを預かったときに霞城くんが言った意味も、霞城くんが戻って来ないことで分かったよ。こんな2人を送り込んで来た恭一がまだ壊れていることは分かっていたからね、指摘したら言おうと思っていたんだよ」


 いつかこの手紙の意味が分かるだろう。そう、晴臣さんは言った。それが、私が霞城さんを殺したと指摘されたときだったのか。


 「――彼女はボタンを掛け違えました。しかし、僕がそれで良いと言ったのです。だから彼女がどんな間違いをしても、嘘を吐いても、僕に関することでは決して怒らないで下さい。責めないで下さい。そんな素振りを、見せないで下さい」


 やはり分からない。

 何故殺されることに気が付いた。何故気付いていながら、はっきりと誰かにそう伝えなかった。何故殺されても良いと思った。


 「霞城くんはひとつ間違えてるよ。絢子くんは、ボタンを掛け違えてなどいない。これは、私が望んだ結果でもあるんだからね」


 吐息が耳を包み、やがて身体全体を包んでいく。そんな感覚。こうして私は、再び、より一層、恭一に溺れてゆく。


 「霞城くんは、絢子くんが本当に私の玩具になるまでの暇つぶしだよ。それなのに、折角の私の玩具を取ってしまおうとする。終いには、異能戦場へ持って行ってしまった。でも」


 息を吹きかけた耳を撫でると、首筋を指先でなぞる。


 「やはり私が見込んだ、最高の玩具だね」


 その言葉で、頭の霧が晴れた。

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