番外編 当然の我儘
弓弦さんがこの孤児院を訪れた1週間後、再び車が止まった。
「農園のボス、このようなところまでいらして、どうされたのですか」
「異能戦争に東が参加したことは知ってるよね?」
「はい」
詳しいルールまでは伝わって来ない。違うか。ルールがある戦争だということも、ここでは聞かなかった。
「だからもう、確認しようと思って。本当の名前を教えてくれる?」
え…?
「ウチだってそんなに嗅覚は悪くないよ。こんなところにいたら情報なんて入って来ない。だから聞かない方が良いと思ってた。でも始まったから。知らないと守れないこともあるよね。教えて?」
気付いていながら黙って見過ごしていて、今度は守るために聞きたい?まさか東がここまでお人好しだとは思わなかった。
「南坂真紀と申します」
「南か、そう」
雰囲気が変わった。やはり南は恐れられている。殺されるか。
「南絢子って女の子は知ってる?」
「風の噂程度ですが、赤子といえる幼い頃、ご病気で亡くなったと聞いております。何故そのお名前をご存じなのですか」
「この間会ったの。“武闘の”によく懐いてた」
生きて東へ…。では何故、亡くなったなどと。しかも赤子といえる幼い頃であれば、自力で行けるはずもない。
「なにも知らないなら、教えられることはもうないかな。総代には報告するけど、なにもないと思うよ。東にはね、他にも沢山いるの」
私だけが偶然多くのそういった者に会うはずがない。東だけは、既に変わり始めているのだろう。
「でも、やっぱり言い訳は必要なの」
耳元で囁かれる。いつの間にこんなに近くまで来ていたのだろう。
「あなたは子供たちから人気がある。子供たちは将来の労働者であり納税者。“良い大人”になるよう育ててくれると進言するから、頑張って」
「それは…出来なければすぐに処刑するという意味でしょうか」
農園のボスは、にこりと笑っただけだった。
***
農園のボスがこの孤児院を訪れた更に1週間後、伝書鳩が飛んで来た。ここには伝書鳩すらも珍しい。
私の正体に関してのことだろう。まずは農園の本部への招集だろうか。
「……!」
弓弦さんから、弟である南坂友己の参加と死亡を確認したという知らせだった。友己には私が生きていることを知らせることが出来たと書かれている。
「本当に、律儀な人」
恐らく戻って来たばかりで忙しくしていて、ここへは来られないためだろう。落ち着いたら、ここを訪れて詳しく聞かせてくれるのではないだろうか。
そのとき、私の命があれば良いな。
異能戦争の結果は分かっているようなもの。
だけど、それも教えてくれれば良いのに。そうしたら諦められるのに。この身勝手な我儘を、諦めさせてほしい。
変わり始めている東が改革をしていくのなら、この大陸は少しずつ良い方向へと向かって行くに違いない。
見届けたい。
生きたい。
次回更新から本格的に第3章開始です。