第66話 迷子の心⑤
壁に囲まれた異能戦場の中央に当たる場所にある、絢爛な建物。私たちは再びそこを訪れていた。
長机はひとつ。4人分の用意がある方へ座り、北の者の登場を待った。
やがて登場した2人は、ひとりが威張り、ひとりが怯えていた。
「戦闘要員を7人も死なせて、なにを威張っているのですか」
「なんだ、東の少女。文句でもあるのか」
「文句など当然ありません。質問をしています」
私は威張っていられる理由を聞いているだけだ。
「責任を背負う者の気など、銅バッヂの少女が分かることではない」
聞こえの良い言葉だ。死んだ者に一言詫びれば、責任とやらを果たせるとでも思っているのだろうか。馬鹿馬鹿しい。
だが、それがこの者の答えだ。
「失礼しました。無礼をお許し下さい」
「分かれば良い。貴様、政宗を殺したなどと嘯いた者だな。名は」
「嘘ではありません。ですので、それを理由に先に名乗らないという、人に対して失礼なことをする者に教える名はありません」
「言うことだけは一丁前だな」
睨まれても変わることなど、なにもない。数秒睨み合っていると晴臣さんの、はいはい、という声が妙に響いた。
「もう人数も少ないからね、自己紹介なんてどうかな?君も殺される相手の名くらい知っておきたいよね?」
「っ…!」
「怖気づくな!みっともない」
大声を出さなければ、人を従わせることが出来ない。そんな者の方がみっともない。そうは思わないのだろうか。思わないのだろうな。
「そんなに怒らないで。提案した私からしよう。東晴臣だよ」
「東泊正雄」
驚いた顔で正雄さんの徽章を見る。金の徽章を持つ様な家柄ではないらしい。
「南絢子と申します」
「は…?」
「東では弓弦と名乗っていますが、本名は北園満弦です」
呆けた顔で私たちをじろじろと見る。そんなに驚かなくとも良いだろうに。これまでの相手が変わり者だっただけなのだろうか。
「辰巳さんや螢から知らされてなかったんですか。信頼がないんですね」
「何年か前に、辰巳の元から姿を消したという者か」
弓弦さんは、ただ静かに頷いた。その表情は穏やかだ。
「そちらは?」
貼り付けた笑みを見せる晴臣さんに促され、仕方がなさそうに言ったのが北銀司。丁寧に礼をしたのが仙北谷仁。
「覚えたかな?」
「…いいえ」
「へぇ、良い子だね」
殺される気がない。つまり勝つ。そういう意思表示だ。ボスも晴臣さんも好きそうな返答だ。
完全に怯えていて、出来ないとは思っているのだろう。だが、だからこそ、そう返事をすることに意味がある。
「料理を運んでもらおうか」
食事の最中は、この前参加した際同様静かだった。
「提案がある」
全員がデザートを食べ終えたことを確認した北銀司が、静かに口を開いた。
「白旗を上げれば、全ての組織に負けたことになる。所有する基地を教え、ポイントを全て換金する。だから次の戦闘で仁を殺さないでくれ」
意外な提案だ。
「どういう風の吹き回しかな?」
「仁のことを気に入ったんだろ。俺だってわざわざ死なせるようなことをしたいわけじゃない。勝てると、思っていた」
平和に解決出来るなら、それに越したことはない。ボスなら受け入れるだろうが、晴臣さんの好みではないだろうな。
これまでの自分を否定することだ。そんなことは、晴臣さんはしない。嫌いと言っても良いだろう。
「駄目だよ」
「何故だ。戦闘要員が死ぬ可能性。そうでなくとも、大怪我をする可能性だってあるんだぞ」
「私たちは死体の上に立っているんだよ。今更降りられるとでも思うのかな?」
強く拳を握る。返せる言葉がないのだろう。
5隊で死んでいった者を多く見ている身。平和に解決出来ました、という御伽噺の様な4文字で終わらせてほしくはないとも思う。
「だが…それが、仁を殺して良い理由になるのか」
「人が人を殺して良いはずがないよ。それでもこの島に住む我々は領土拡大のために人を殺し合って争った。愚かだよね」
島での戦争が終われば、島の外へ目を向けるだろう。若しくは体制が整わない内に攻め入られる。そんな可能性もある。
愚行だ。だが、それが人間というものなのだろう。高見を目指さなければ、なにも発展などしないのだ。
「愚かな行為をなぞって良いのか」
「私たちは既に愚かだよ。だからずっと愚かでいるべきなんだ。足の下にある死体のためにね」
足の下にある死体のため、これ以上犠牲を出さないため、改心改善するべき。それが北銀司の言い分。
足の下にある死体のため、在り方を変えずいつまでも愚かでいるべき。それが晴臣さんの言い分。
どちらも正しい。そして、どちらも間違っている。
死者のためになにかをする。それは自己満足でしかない。
自己満足に浸りたいのであれば、その行為や理由付けは正しい。だが、本気で思っているのなら、間違っている。
ボスなら受け入れるというのは、死者を割り切って生者のことを考えるからだ。これが元来の考え方なのか、武闘のボスになった故なのかは、分からない。
「信じてあげなよ」
挑発的な笑みを向ける晴臣さんを強く睨むと、出て行ってしまう。
「明日以降、よろしくお願いいたします」
「惜しかったね。北銀…金…彼が、暴力を振るえば良かったんだ。そうしたら私は仁くん、君を殺さないよう命令したよ」
「…失礼いたします」
自分だけでも助かろうと、なにか提案するかと思った。
「うぅん、益々惜しいね。でも手加減なんて駄目だよ?」
3人で了解の返事をし、絢爛な建物を出た。
***
『これより15分後、東と北の戦闘エリアへの門を開きます』
時計の短針は、9と10の中央辺りを指している。外は明るい。
「言った通りにね。戻って来るんだよ」
返事が2人と重なる。そして、同時に駆け出した。正雄さんの合図も変わらない。もうすっかり、ここでの戦闘に染まってしまっている。
出入口であるA2北東の基地に1,100追加し、B2を経由してB1へ。B1南東にある無所属の基地には、ポイントを追加することが出来た。そのままC1へ。
仙北谷仁は、どこに現れるだろうか。
基地は守らず取りに行くだろう。となれば、基地の場所が確実に分かっているA1。しかし警戒されることは明らか。
まだ無所属である基地を狙って来るだろうか。だが得られなかった基地は、見た者が生きていなければ場所の情報が得られない。
どこを無所属の基地だと思い、東がどこを得られていないと考えるか。
考えても分かるはずがない。C1には来ないと良いが。だが、それでは暇を持て余す。残り20分。そろそろC1の巡回にも飽きてきた。
…空気の流れが変わった。エリアの堺から、人が入って来た。不運なことだ。いや、違うな。
この場合の不運とは、死への恐怖を抱きながら何度も戦闘へ向かうことだ。
戦場とは元来そういうものだ。だが、誰が参加し、誰に、どの様に殺されるか自体は想像出来ない。
しかし顔を合わせて名前を聞いた。それが明白であり、想像しやすくなっている。抱く恐怖は、より大きなものとなっているだろう。
仙北谷仁まで適当に近付き、手近な建物に隠れようと足を踏み出す。すると、C2へ戻って行った。
この距離で気付かれたのか。なにか仕掛けがあるのだろうか。
追うべきか、留まるべきか。
追おう。暇だ。恐らく、仙北谷仁を殺せば異能戦争自体も終わるだろう。早く終わらせたい。ボスに、恭一に、会いたい。
この辺りからC2へ戻ったはずだ。すぐ近くにいるかもしれないが、近接戦に持ち込みたい。0.2km程距離を取った、この辺りが良いか。
エリアを越えると、すぐに銃弾が飛んで来た。待ち伏せされていたのか。
「あなたなら必ず来ると思いました。僕、耳だけは良いんですよ。腰に付けたその音、なんですか?」
髪留めだろう。歩く度に揺れて触れ合う、この小さな音が聞こえるのか。
「強くなるための秘密道具です。触れてみますか」
「いいえ、結構です。見たところ、近接戦を得意とするようですね。でも近付けさせません」
銃弾が飛んで来る。弾くことは出来るが、確かに容易には近づけないな。
「僕のことを舐めていますから、絶対に固まって動かないと思いました」
「他の者は知りませんが、私は侮ってなどいません」
「どうですかね。殺せる自信があるから追って来たのでは?」
それは勘違いだ。私が仙北谷仁を侮っているということにはならない。私が仙北谷仁を殺す。これは事実だ。
銃は腐る程あったのだろう。弾切れになれば、その辺りに放っている。
「銃同士で勝負をしましょう。仁さんが勝てば、銀司さんに昨日のことを話します。そして晴臣さんにそう伝えます。今回私はあなたを傷付けません。もちろん殺されない様抵抗はします。その代わり私が勝てば、これに触れて下さい」
髪留めを一本取り出し、見せる。危険な行為であることは十分承知しているが、面倒だった。
「無視ですか。酷い人だ。そんな勝負、受ける必要がありません。あなたは僕に近付けていない」
「晴臣さんの玩具にと思ったのですが、残念です」
銃を持ち帰る瞬間に、距離を詰める。2秒程だが、仙北谷仁は撃つしかないのだから銃を持ち替える度に2秒の距離を詰められる。
弾切れの銃が転がっているところまで来た。もう少しだ。
けたたましい音が響く。
『本日の異能戦争を終了致します。戦闘員は直ちに戦闘を止め、その場で待機して下さい』
もう20分も経ったのか。やはり戦闘していると時間が短く感じるな。