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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第6話 酉より王子、午より姫③

 領地の堺に来てしまっただろうか。どうするのか決められないままだ。


 あの者が言った人物を頼るのが正解なのだろうか。

 ここで死ぬのが正解なのだろうか。


 死ぬことが正解だと結論を出すのなら、何故私は逃げて来たのだろう。

 しかし生きて行くことが正解だとも思えない。こんな私に、生きている資格などあるのだろうか。


 誰か私を見つけて、殺してくれ。


 それが一番良い。自ら死を選んだわけではない。会う前に殺されたのなら、あの者の思いを無駄にしたことにもならない。

 なんだ、簡単なことではないか。


 「あれは…」


 何故こんな辺鄙なところに大量の本がある。

 東には読み書き出来る者が、南よりもいないのだろうか。だから金にならない本を捨てた?こんなところまで持って来ておいて?

 …理由などどうでも良い。最期の娯楽に、本でも読もうか。物語が良い。

 そうだ、丁度良いじゃないか。ここで死ねば異能の本も紛れるだろう。そうなると、本が種類ごとになっていないか確認する必要がある。


 「そこの君」


 気配も足音もなかった。暗殺者か?南へ向かっているのか?


 「道に迷ったのかな」

 「道は分かりませんが、迷ってはいません」

 「ふふ、それは奇妙だね」


 見知らぬ者に笑顔を向けるなど、随分と余裕な者だ。

 私が女だからとなめているのか。確かに大した体術は使えない。それは事実ではあるが、コイツはまだ知らない。


 「私が送って行こう」


 人を疑わない者には2種類の者がいると、私は思う。

 単に愚かな者。そして、騙されても事態を収拾出来る実力のある者。騙されたことが分かっていなかったり、何度も騙されるのは愚かだ。

 だが、馬鹿と天才は紙一重。


 よく見れば、衣服が上質。つまりある程度の立場を築いている。

 となれば、後者だろう。いくら名家といえど、名前だけで生き残れるほど荒廃したこの世界は甘くないはずだ。


 「名前と家の場所は言えるかな」

 「家はありません」

 「ずっとひとりでいたわけではないよね。一緒にいた人たちは今いないのかな」


 こちらでそう言うのかは知らないが、落ち街出身だとでも思ったのだろうか。


 「いません」

 「困ったね。素性が分からないと助けられない。私は、出来れば助けたいな」


 助けたいと言いながら、手に持ったそれはなんだ。いや、物の正体は分かっている。銃だ。特化していない図鑑にも載っている様な、一般的な銃。


 笑みを浮かべたまま、銃を持っている。しかも流れるような仕草だった。見たことのある者の中で最も素早く、最も綺麗な仕草で、銃を手にした。

 その表情は、とても人を殺すことに特化した道具を持っているとは思えないほど穏やかだ。


 ―――この人ならきっと、苦しませずに一思いに殺してくれる。


 「南です。南あ」

 「美しい波かな。東の湖は美しいからね」

 「…いいえ、東西南北の南です」

 「珍しい名前だね。さ、行こう。行くところがないならウチに来れば良い」


 差し出された手には、もう銃は握られていない。


 「ああ、そうか。君から見れば私の正体は不明だね」


 確かに素性は知らないが、私が手を取らない理由ではない。なんなんだ、この男は。南と聞いて何故警戒しない。

 名前を聞いただけで、何故銃をしまった。


 「私は東恭一。君を招き入れよう」

 「きょういち…」

 「変わった子だね。名前も変わってるし、情勢には詳しくないのかな」


 そうか、私が反応すべきなのは姓の方だった。知っていると言えば、怪しんで再度銃を向けてくれるだろうか。

 しかし何故、東の姓を持つ者が領地の堺になどいる。南へ向かう途中なら私を連れて帰ろうとするはずもない。


 「知っています。この大陸の東方面を統べる一族の方ですよね」

 「うん、そうなんだ。信じられないかもしれないけど、これでもボスの候補に名前があるんだよ。下の方だけどね」


 なんとなく分かる。これは本当だ。そして、こういう飄々とした人の方が当主には向いている。そんなこともある。


 「では、他の候補者を殺しましょう」

 「ありがとう。でも私はボスという地位に興味はないんだよ」


 兄弟を殺すことをなんとも思わない。南の者にもそういう者はいた。ただ、方向が違う気がする。

 自分の野心のため殺す者は、殺すという行動自体には多少罪悪感を抱いていることが多い。対象が何者でも価値観が変わらないだけだ。

 だが、この人は殺すという行動を、殺したという結果だと思っているような感じだ。それか、目的を達成するための手段。どちらにしても罪悪感など皆無。


 「では何故、私に東という姓を明かし、ボス候補だと言ったのですか」

 「君を信頼している証だよ。変かな」

 「変です」


 南と名乗る者を少しも怪しむ素振りがない。変だ。

 そして、殺すという行為に対してもなんの反応もない。

 これは男の性格の問題ではない。すぐにその発想がある者には注意すべきだ。それがどうだ。信頼しているなどと言う。変だ。


 「たった今会ったばかりですよ」

 「よく言われるよ」


 妙な男だ。何故そんなに寂しそうな顔をしている。


 「きっと領地の堺で出会った子だと言えば、その声も大きくなるだろうね」

 「自身の立場が危ぶまれることを進んですると言うのですか」

 「そうだよ。それに今はそうでも、君を迎えた方が将来的には良い。そう私の勘が言ってるんだ」


 なにを根拠に。まさか私が南の者だと知っているのか。

 しかしこんな小娘が知っていることなど、たかが知れている。こんなところを浮浪している者が脅しに使えるはずもない。一体どういうつもりだ。


 「来るのかい?来ないのかい?」


 この人はもう、私を殺そうとはしないだろう。異能を使う隙も、銃を奪う隙もない。それなら本拠地に乗り込んだ方が可能性はある。

 結局私は、概ねあの者の言う通りにすることとなった。


 「行きます」


 この嬉しそうな笑みを、私は忘れられないのだろう。そうぼんやりと思った。




                  ***




 「本を読んでいました」


 ボスの口元は歪んだままだ。


 「しかも速かったね。受け答えもしっかりしていた。良家の出であることは想像に容易い。そう思わないかな」

 「でしたら、少なくとも東に行くと言った時点で南の者であることも想像出来たはずです。何故迎え入れたのですか」

 「霞城くん」


 声をかけられた一瞬、少し嫌そうな顔をした。だが素直に立ち上がると、幹部たちの方を向く。


 「僕も改めて名乗りましょう。西霞城と申します」


 幹部たちがざわめく。西の者ということもそうだが、ボスは知った上で幹部にしたのだから。


 「私はね、人が捨てたものを拾って綺麗にするのが好きなんだよ。元の様に輝かせるのが好きなんだ」


 あのときの様な、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 しかしなるほど、ただの趣味か。それなら大した執着がないことも納得がいく。

 私を拾ったときだって、やはり殺す気はあったのだ。元から輝きがないのなら、その欲求は成立しない。


 「君はこれまで、私に嘘を吐かなかった。君を拾ったあのときも、少なくともありありと分かる嘘は吐かなかったね」

 「あのときは嘘を吐かないことで得られるものを望んだだけです。それに私は、嘘という技術をあまり有していないのです」

 「そうは言ってもね、それを知っている以上行うことは出来るはずだよ」


 言い淀んでいる私に微笑み、一脚の椅子を指す。


 「立ったままで疲れただろう。その空いている椅子に座ると良い」


 それがなにを意味するのか分からないはずもない。ここに座れば、私は幹部になるのだ。なんて簡単で、なんて難しいことだろう。


 他の幹部もざわめいている。当然だ。ここへ来て3年、5隊に所属した南の者が東の組織の幹部。しかも内通者の疑いは晴れていない。

 正直自分で言っていて意味が分からない。


 「立ったままで結構です」


 ボスは小さくため息を吐き、なにかを手の中で転がした。音からして2つ。指の隙間から入った光が反射して、妙に眩しい。


 「幹部の人数は決まっていてね。あるときその椅子に座る者が死んだ。それから君のために空けてあったんだよ」

 「僕がここへ来た頃ですね。その椅子に僕を座らせず、ひとり幹部を追い出して僕の椅子を用意したのは知っていますよ」


 1年程前、目立った失態もなく追い出された幹部なら知っている。そういう人を貶めるような話題は、誰だって多少なりとも好きなものだ。

 悪く言って憂さ晴らしするもよし。同情や哀れみを向けることで周囲から“善い人”判定されるもよし。優越感に浸るもよし。ちゃちなものではあるが、得られるものがある。

 5隊の者は感情や感想を口にはしなかったが、届いてはいた。


 「私が南の者でなかったとしても、何故私なのでしょう」

 「今言ったはずだよ。信頼しているからだと」

 「………分かりません」


 信頼している理由もはっきりと分かる嘘を吐いていないから、という曖昧なものだった。

 人間は嘘を吐く生き物だ。東を治めるボスの一族となれば、身内での騙し合いも少なくはないだろう。しかしだからと言って、あまりにも極端な話だ。


 「うん、やはりそう言うだろうと思ったよ。だから私は君が良いんだ」

 「理解は出来ませんが、承知しました。しかし、やはり私は立ったままで結構です。その椅子には座れません」


 ボスはあのときの様な、寂しそうな顔をした。

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