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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第61話 掛け違えたボタン⑦

 「おかえり」


 建物の扉を開けると、笑顔で晴臣さんが迎えてくれる。だが、すぐにその顔が曇った。原因は明らかだ。


 「…霞城くんは?」


 2人とも返事をしなかった。暗い顔をしているのが、見なくとも分かる。晴臣さんは無理に笑顔を作って、辺りを見回した。


 「質の悪い悪戯だね。おーい、霞城くん」

 「晴臣くん。分かってるはず」

 「…うん、そうだね。ごめんね。座ろうか」


 食堂には重々しい空気が漂っていた。机の中央には、霞城さんが使用者だった異能の本『白雪姫』が置かれている。

 コップは、置かれていない。


 「座ろうとは言ったけど、夜も遅いから寝る?でも眠れないよね」


 私に視線が集まる。

 晴臣さんに、私は霞城さんに頼り切っていると言われた。恐らく、2人も思っているのだろう。

 その霞城さんがいなくなった。私が気になるのは、当然と言っても良いだろう。


 「時間を空けると、上手く話せる気がしません」


 考えれば考える程、嘘が綻ぶ気がする。


 「分かった。じゃあ聞かせてくれるかな」

 「B2で戦闘になった者は、B1に誘導して来ました。晴臣さんの勘の通り、B1になにかあったのでしょう」


 最初は響という者だけだった。楠静がいつからあの場所にいたのか分からない程、私は追い込まれていた。


 「異能の本を持っていないことを確認し、その場を離れ様とします。しかしその者を呼ぶ声が聞こえたので、様子を見に引き帰しました」


 晴臣さんは名前を聞いていることを知っている。2人も、南の建物へ行ったことは知っている。名前を知っていても、不自然だとは思わないはずだ。


 「油断していた楠静を殺すことは、簡単でした。極々当たり前に、異能の本の所持を確認しました。楠静は、異能の本を二冊持っていました」


 机に『雪の女王』と書かれた本を置く。


 「楠静と戦闘後に確認した所持ポイントは、5,900でした。B2北方向の2つ、A2中央、A1南東の基地にポイントを1,400ずつ追加しました。以上です」

 「どれくらい誘導されたのかな?」


 南から0.2km西から0.4kmの地点と、北から0.2km東から0.2kmの地点を指す。


 警戒心が強く、私が通った場所は通らなかった。手を切り付け辺りを血で汚したが、通らなければ触れることはない。異能が発動出来なかった。

 ここまでは本当だ。

 ここからの筋書きは簡単だ。もう少しだと油断したのか、やっと触れてくれた。ただそれだけだ。


 しかし弓弦さんに引き受けてもらおうと考えるとは、随分弱気になったものだ。そんなことをすれば、弓弦さんも殺さなくてはならないところだった。


 「B2南東のよりも、A1とA2の基地の方が近いです。2つですし、そちらを確認する方が良いと判断しました」

 「分かったよ。辛かっただろうけど、懸命な判断をしたね。お疲れ様」


 小さく頭を下げる。


 「じゃあ弓弦くん」

 「はい。C2で南の基地が分かっていた北西の他に、ここにありました」


 南からも東からも0.1kmもない地点が指される。


 「それから無所属の基地が2つありました」


 南から0.4km東西は中央の地点と、北から0.3km東から0.2kmの地点が指される。それで終わりかと思いきや、北近くで中央付近東寄りの地点も指す。


 「無所属の中央付近の基地は、ポイントが追加出来ないようになっていました。残りのひとつは、南のものでも無所属でもありませんでした」

 「うん、お疲れ様。じゃあ正雄くん」


 静かに頷く。地図に視線を落とすが、どこかを指すことはない。


 「C3西方向にある西のものでないと判明してた基地は、南のものでもなかった。だから南西にある南だと判明してた基地に全てポイントを追加。元西の基地周辺を見回ってた。以上」


 南の者と戦闘になって死ぬ可能性を考えたのだろう。恭一の言ったことが、少しは分かっているらしい。


 ――君には分かるのかな。自分がいつああなるか分からないのに、戦場へ赴く私の部下の心が。送り出さなくてはいけない私の心が。


 現在は赴く側だ。少しも分かっていない様では、すぐに死ぬだろう。


 「今回手に入れた基地は9。奪われた基地はない。現在の所持ポイントは15,900」


 戦闘前のポイントが8,600。

 新たに手に入れた基地が9で1,800ポイント。戦闘前からの所属基地が12つで1,200ポイント。

 楠静が交戦後に確認した所持ポイントが5,900。戦闘要員死亡1名により500ポイントのマイナス。

 合計で17,000ポイントになるはずだ。差分の1,100ポイントが霞城さんが所持していたポイントなのだろう。


 「霞城くんが獲得した基地は、ここだよ」


 北から西から共に0.2kmの地点が指された。すぐに無言が広がる。だがその時間は、10秒程で破られる。


 「…珈琲でも淹れます」


 夜はホットミルクを作ってくれた。よく淹れてくれたものは、紅茶だ。自分が思い出すということもあるだろうが、気を遣っているのだろう。

 眠れなくなると聞くが、どちらにしても眠れないだろう。顔を合わせていても仕方がないが、付き合うしかあるまい。


 弓弦さんは食堂を出て行って、すぐに戻って来た。


 「調理場の引き出しに…」


 数十枚の紙には、料理の作り方が書かれている。見たことのない私でも、少々特殊であることが分かった。

 私が野菜を食べられる様に、通常の調理の他になにをするのかが書かれているのだ。そんなことまでしていたにも関わらず、霞城さんは生の草を出し続けたのだ。


 「もしかして、化粧道具の中にも」


 正雄さんの言葉に、反射的に食堂を飛び出した。

 箱を開けると、化粧の仕方が書いた紙が貼ってあった。紙の下には鏡があるとまで書かれている。


 「霞城くんは、本当に絢子さんを甘やかすのが好きだね」


 2人は軽く同意すると、部屋を出て行った。


 「絢子さんには手紙もあるよ。いつもは渡されないんだけど、なにか予感があったのかもしれないね」


 手近な机にそっと置くと、晴臣さんも部屋を出て行った。

 私は、その場に立ち尽くした。


 時計の短針が半周と少しした頃、部屋の扉が軽く叩かれた。ただ呆然と、返事をした。足音は誰のものだったか。


 「手紙読まれてないんですか」


 読むのが怖い。

 あれが聞き間違いでなければ、ここになんと書いてあるのか分かった。あれが聞き間違いであれば、ここになんと書いてあるのか分からなかった。


 「読み上げて下さい」


 読まないなんてことは出来なかった。けれど、いつまでも恐怖だけが私にまとわりついて仕方がなかった。


 「…はい」


 晴臣さんが置いたままの手紙を手に取ると、そっと広げる。


 「…『あのときは、そう言うと君が離れて行ってしまう気がして少しずつ、と言った。けれど、君は既に十分僕を救ってくれた。ありがとう。だから君は、僕を殺しても良い』――以上です」


 私を見る弓弦さんの瞳は、潤んでいた。


 「言葉のままにしか受け取らない絢子さんに、直喩ならまだしも隠喩を使うとは思えません。これは、どういう意味ですか」

 「分かりません」


 本当に分からない。

 何故霞城さんは、私が霞城さんを殺そうとすることに気付いたのか。何故気付いていながら、それを誰にも言わなかったのか。


 何故、殺されても良い、と思ったのか。


 「そんなはずはありません!ちゃんと考えて下さい!」

 「分かりません」

 「絢子さん!」


 怒鳴られても分からないものは分からない。

 そう、出来ないことは出来ない。弓弦さんも地下に来ていた者と同じだったのだろうか。ずっと、同じだったのだろうか。


 「大きな声を出してどうし…」

 「読んで下さい」

 「でもこれは霞城くんから絢子さんへの手紙だよね。なんで弓弦くんが持って、そう言うのかな?」

 「構いません」


 理解を求めてはいない。することも、されることも。


 私が霞城さんを殺したことが明らかになったとする。

 けれど異能戦場にいる間はなにも出来ない。戦闘要員をこれ以上減らすことは出来ない。少なくとも北との戦闘を前に、これ以上数は減らせない。


 異能戦争が終われば、私の処遇は晴臣さんの独断では決定出来ない。

 総代の決定が絶対だからだ。異能戦争が終わった瞬間、晴臣さんは絶対的権力者ではなくなる。

 そして、私は再びボスの玩具となるのだ。


 私がただひとつの玩具である瞬間があるのなら、残虐に殺され様とも構わない。


 「なにこれ…霞城くんを殺したの」


 勝手に読んだ正雄さんが、私に視線を向けた。


 「報告に嘘偽りはありません」


 ボスは嘘吐きだ。だから、私が嘘吐きでも大丈夫。いいや、霞城さんを殺して嘘を吐いた私を、壊れていると笑ってくれるだろう。


 「うん。きっといつか、意味が分かるよ」


 恐らく文面のままだ。そして、弓弦さんの言うことは正しい。霞城さんは一体なにがしたい。

 黙って殺されておきながら、殺された後に告発する。意味が分からない。…いや、理解をしようとしてはいけない。そんなものは、必要がない。


 「弓弦くんがお昼を作ってくれたから、食べよう。それから、今後の戦闘についても話さないとね」

 「はい」


 弓弦さんが作ってくれた料理は、霞城さんと同じ味付けがされているのだろう。だがどこか淡泊で、味気がなかった。

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