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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第60話 掛け違えたボタン⑥

 布団に入っても、私は眠れずにいた。


 私は勘違いをしていたのだ。私を覚えてくれている者は、私を少しでも想ってくれている者だと。


 楠英昭の安否を確認したあの者は、楠静(くすのきしず)というらしい。楠英昭の本物の姉で、数回だが私にも会ったことがあると言った。

 私は、正直に告げた。


 ――楠英昭は異能により姿を変えていました。反逆者だと勘違いした私が、この手で殺しました。


 それを聞いた楠静は、目に涙を溜めて笑った。その理由は全く分からなかった。


 ――ドジで不運なあの子らしい最期です。異能が解けた弟を見て、すぐに気付いていただけたのですね。それで十分なんて、そんな価値はあなたにはないと思います。でも、せめて、気付いてもらえて良かった。


 その気持ちはきっと、何度生まれ変わっても分からない。


 ――周囲から距離を取られている私に、笑顔で接してくれました。彼は幼少時からいつも、私をひとりにはしてくれませんでした。それが、私にとって救いだったと思います。


 彼女はもう一度笑った。


 この機を逃せば、彼女と言葉を交わすことはないだろう。だから、聞かないわけにはいかなかった。

 飲み屋街の店主に私が18歳だと言ったこと。それは本当か。そう聞いた。


 ――弟が今年成人を迎えるとは言いました。なんと言ったかは正確には覚えていませんが、勘違いしてしまう言い方だったかもしれません。


 楠静もまた、私の年齢は知らなかった。これはあまり重要ではなかったが、知っていれば。そう思い、母親について聞いた。


 ――第一妃様とのお子様だと聞いていますが、噂程度ですので信憑性は保証しかねます。


 だから南瑞人は、私の言うことを聞いたのかもしれない。響と呼ばれた、あの扉を開けた者が反射的に扉を開けたことと同じだ。

 南瑞人は第四妃との子供だという。有り得ないことではない。


 礼を言った私に、楠静は深いお辞儀をした。そして私の姿が見えなくなるまで、扉を閉めることはなかった。


 『これより15分後、東と南の戦闘エリアへの門を開きます』


 時計の短針が3から4へ送り届けられた瞬間だった。空はまだ暗い。よりによって南か。少し足取りが重い。

 だが、そんなことも言っていられない。油断すれば、死ぬのは私だ。ひとつ息を吐くと、部屋の扉を開けた。


 「A2の基地に4つにそれぞれ400。正雄くん、霞城くんに2,200。弓弦くんに2,600。3人は南、無所属の基地の奪取」


 3人の返事が響く。


 「絢子さんは元西の基地を守りながら南の動きに気を付けて。南東にある基地。それから可能であれば、北の方にある基地が南のものであるか確認。でも無理はしないようにね」


 私の返事を聞くと、4人を見渡す。


 「南は小者だから、放っておいても死ぬよ。だから好きにしたら良い。好きなように暴れておいで」


 一斉に返事をし、戦闘エリアへと続く門へ駆け出す。


 「散会」


 戦闘エリアへ出ると、正雄さんの言葉を合図に持ち場へ向かう。私は暇を持て余すことになるのだろう。

 基地にポイントは振ってある。動くのだから、もし基地が奪われたとしても遭遇しなかったで片付けられる。


 約束をなかったことにしに行こう。


 南を向いた瞬間、小さな塊が向かって来た。銃弾だな。ここに来てしまったのか。早く殺してA3へ向かわなくては。

 しかしこれだけ正確に狙って来たとなると、霞城さんと交戦した者か。響、といったな。いっそのこと、連れて行くか。


 「逃げるのか!」


 声色は思わず、といった様子だ。本当にこの者は霞城さんと交戦し、無傷だった者なのか?

 交戦していた時間が少ない。そういうことにしよう。下から過ぎて見てしまうことも、敗因のひとつだ。

 今重要である事実は、霞城さんと交戦したか否かではない。霞城さんの実力でもない。この者の実力だ。


 殺す


 声がした方向へ行くと、簡単に見つけられた。投げた髪留めを銃で弾きながら、撃ってくる。

 弾くことは簡単だ。だが何故、北へ追いやられている。私はこの者に対して南にいたはずだ。何故。


 1km四方という箱は小さい。不味い状況だ。

 C2に行って弓弦さんに引き受けてもらおう。そう思い東へ向くと、背後から小さな塊が向かって来た。

 楠静はいないと思っていた。どこから飛んで来た。


 今はこの状況を抜けることが最優先だ。B1が危ないというのは晴臣さんの勘だが、誘導してきている。怪しいのは明らかだ。


 「聞いて下さい。私はとある事情により、ひとり東の戦闘要員を殺しに行きます。今は見逃して下さい。戦闘要員がひとりいなくなるのですから、悪い話ではないと思います」


 どう出る。


 「どこへ行き、誰を殺すのですか。その理由はどのようなものですか」

 「理由以外はつけて来れば分かります。人員が惜しいですか。どこに基地があるのか分かるという特典もあるにも関わらず、ですか」


 深呼吸をする様にため息を吐くと、私をじっと見る。


 「響。この辺りのことは任せるね」

 「この者は、既に南の者ではありません。静さまが…」

 「嘘は吐いてないから大丈夫」


 自信というより確信だな。異能か。


 A2を通った方が良い。A3の基地を早々に見つけ、B3に移動している可能性がある。あのポイント配布はそういう意味だろう。


 「絢子さま、止めましょう」

 「どういう意味ですか」

 「恭一、約束、殺す、救済、大切。絢子さまから聞こえる声です。思いが強すぎて単語しか聞き取れませんが、本当は殺したくないのではないですか」


 心の声が聞こえる異能か。なんてことのない異能だな。だが、不意打ちは利かないだろう。不便だな。


 「恭一が大切故に、救済という約束をなくすために殺すのです。なにも間違ってなどいません」

 「殺すことが救済になるなんて、間違っています」


 恭一を殺すと勘違いしているのか。間違ってもそんなことはしない。恭一の命令がない限り、私は恭一を殺さない。


 「もうすぐA3に入ります。黙って下さい」


 あの者と交戦したという地点からA3へ入り、南南西へ向かう。霞城さんは、すぐに見つかった。

 背後から首を切ろうとするが、既の所で止められる。


 振り返る前に物陰に隠れる。当然認識するのは楠静だ。このまま戦闘を初めてくれたら、楽になるだろうか。


 「君は2人が何故幽閉されているか知っているかい」

 「現在進行形ですか」

 「幼少期の習慣は簡単に変えられない。立ち振る舞い、考え方、様々なことが。2人は未だに幽閉されているのさ」


 食事が満足に出来ないことが普通だった。だから私には、賃金の窃取に気付くことが出来なかったのだ。

 そういったことが、霞城さんの目から見れば他にもあるのだろう。


 「知りません。知っていたら、具体的な対策を立て救うことが出来たのかもしれません。いいえ、子供に出来ることなどなかったでしょう」

 「そうかい。僕からのしつ…ぅっ」


 しまった。浅かったか。

 振り返った霞城さんと目が合う。驚いた表情をするかと思ったが、微笑んだ。


 「―――――、――」


 やがて、ゆっくりと目を閉じた。

 …聞き間違いだろう。息はしていないな。異能の本を取り出し。楠静を見る。


 「協力ありがとうございました」


 差し出した手を、極々自然に握ってくる。


 異能『赤い靴』


 「A2経由で響という者の元へ行き、話しかけろ」


 手に少々の血が付いていることは、出血した死体を触ったのだから当たり前だ。

 私がなにを投げているのかまでは見えていなかったのだろう。攻撃性のないものだと分かっていれば、安易に触れることはないはずだ。

 私が銃弾を全て弾くなり避けるなりしているにも関わらず、手を切っていることに気付いていなかったのだろう。


 指示は少し複雑だ。いつまで持ってくれるか。

 分からないことを心配するより集中だ。集中すれば異能が長く続くことは分かっている。


 「響」


 心配をする必要など元からなかったのか。それとも、集中出来ていたためか。どちらでも構わない。


 「静さま、よか…」

 「逃げて!」


 刃物を楠静の頭に向かって投げる。至近距離の上から、しかも勢いを付けている。しっかり刺さってくれた。


 「静さま!」


 刃物が投げられた方向に乱射されるが、感情に任せた弾丸は読みやすい。弾くまでもない。

 弾切れになった瞬間は、どんなに手練れでも隙が出来る。


 髪留めを投げると、簡単に当たった。


 異能『赤い靴』


 「動くな」


 首を掻っ切り、楠静の方へ向かう。まだ少し息がある。適当に刃物を突き刺し絶命させると、異能の本を取り出した。

 B1の様子を見るのは止めておこう。B2北側にある基地を見に行くか。


 残り時間は25分。所持ポイントは5,900。


 B2北側にある基地2つ、A2中央、A1南東。この4つを取る。

 それぞれ南か他組織のどちらかであることが分かっている。南のものでないと確認出来るだけでも大きいはず。

 1,400ポイント追加出来れば、取ることが出来るだろう。


 戦闘要員と遭遇することは、もうない。約束も、もうない。気楽だ。


 目的の4つの基地に1,400ポイントずつ追加して少しすると、あのけたたましい音が響いた。

 いつも迎えに来てくれる者は、なにも言わず悲しそうな顔で目を伏せていた。

 昨日の戦闘で丸栖和真を殺した地点を知っていた。恐らく戦闘を見ているのだろう。私が霞城さんを殺したことを知っている。


 感覚が戻り目を開けると、正雄さんと弓弦さんは既にいた。


 「霞城さんは、戻りません」

 「なんで。どういう意味」

 「()()()()()()()()()()()()()()


 今日も私は嘘を吐く。いつか私は、水分よりも嘘の方が多くなるのではないだろうか。

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