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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第59話 掛け違えたボタン⑤

 私の一言で、食堂の温度が一気に下がった。


 「そういえば、雄剛さんは下戸なのでしょうか」


 理由は分からない。


 「西真白はここに来た際、酒を飲ませて寝かせて来たと言っていました。高価な物を大量に与えられることを許すものでしょうか」

 「そこではない。君は…」

 「霞城くん」


 晴臣さんの声が真剣なものになっている。私は、変なことを言っただろうか。


 「戦闘以外で雄剛という者と話したんだね?」


 真子さん、北政宗、喜世さん、伊吹さん、西文、小西朔、丸栖和真、西真白――雄剛さん

 気付かなかった。誤魔化せないか。いや、考えろ。統合性がなくても良い場面。今後も統合性が必要ないであろう場面。それは、どこだ。


 「北政宗の髪を渡したことも言わなかったね。大したことはないと思っているのかもしれないけど、言ってほしいな」

 「戦闘時以外で雄剛さんとの会話はありません。けれど戦闘時、戦闘に関係のないことは話しました」


 間違いではない。私は異能を発動していた。間違いなく、戦闘時だった。


 「西真白が迷惑をかけたことだけは謝罪する、と。名を聞かなかったので、苗字が分かりません。雄剛さんと言ったのはそれだけです」

 「分かったよ」


 勢い良く立ち上がると、手を大きく広げる。


 「じゃあ行こう」

 「今日だけ」

 「派手に見せるだけで、控えて下さい」


 食堂を出て行く3人の背中を、弓弦さんと追いかけた。


 飲み屋街に入ってからの3人は、目を輝かせていた。晴臣さんと正雄さんは酒の種類の多さ。霞城さんは手の込んだつまみ。


 「正雄くん、ここにしようよ」

 「隣が良い。ウィスキーよりワイン」


 弓弦さんへ2人の視線が向けられる。酒が飲める年齢だからだろう。


 「自分は飲んだことがないので、なんとも…」

 「ワインよりウィスキーの方が飲みやすいよ。だからこっち」

 「料理が凝っているのはワインがメインの店です」

 「霞城くぅん…」


 若干うな垂れはしたが、酒自体が楽しみなのだろう。すぐに店へ入って行く。追って店に入ると、店主が元気良く挨拶をしてくれる。


 「いらっしゃい!おや、東の御仁!これは俺からの祝いです。ゆっくりしてって下さい」


 濃い色の液体が入ったコップを渡される。


 「ありがとう。でも2人は未成年でね。将来酒豪になりそうなジュースをお願い出来るかな?」

 「え?でも南のお嬢さんが、東のお嬢さんは18歳だって言ってましたよ?理由は聞けませんでしたけど、すごく嬉しそうでした」


 …どういうことだ。私の正確な年齢を知っているのか。しかも嬉しそうだった?間違いだろう。


 「お坊ちゃんはお嬢さんより年上だろうと思ったんですがね」

 「数え年だと思います。誕生日がまだなんです。僕も未成年なので、将来酒豪になりそうなジュースをお願いします」

 「それから、この子は初めてだから飲みやすいものを」


 元気良く返事をして店の奥へ入って行く。しかし愛想が良いのは徽章をしている4人にだけだ。


 「お通しです。それから、将来酒豪になりそうなジュースです。苦手かもしれないから一口試しにどうぞ」


 これはなんだ。なんの説明もなく出されたものを口にしろと言うのか。


 「赤ワインに見立てたものですか。…うん、少し苦いですが、フルーツの甘味もあって美味しいです。これをお願いします。君はどうするんだい」


 勢い良く口に含むと、店の者が笑顔になる。なんだ?毒でも入っているのか。何故飲んだ瞬間笑顔になる。


 「良い飲みっぷりですね。これは将来酒豪間違いなしですよ。お味はどうですか、お嬢さん」

 「え、はい。美味しいです」

 「いいや、止めよう。店主、悪いけど戻るよ」


 晴臣さんは貼り付けた笑みを浮かべており、なにを考えているのか分からない。


 「彼女は人より警戒心が強くてね。愛想の良い店主が逆に怖いみたいだ。良い点だと思うけど、そういう者がいることを忘れない方が良いよ」


 店の者の手を握る。その際明らかに紙幣を渡していたが、なにも言えなかった。晴臣さんが言ったことが、本当だったからだ。


 「申し訳ございません」


 建物の扉が閉まった瞬間、私はそう言っていた。言うつもりではあったが、自然と口から出ていた。


 「良いんだよ。配慮が足りなくて悪かったね。想像出来るものなら違ったのかもしれないけど、全く知らないものだから怖かったね」

 「霞城くん、気付いてたなら言って」

 「僕も将来酒豪になりそうなジュースの反応を見て、初めて気付きました。適当にやり過ごせそうだと思ったのが間違いでした。悪かった」

 「無駄に愛想良かったですもんね。それに、口に含んだ瞬間笑われたら自分だって怖いです」


 善い人たちだ。でも、なにも思えない。以前だったらなにか思っていたのだろうと思う。何故なら、それが私にとって正しいことだからだ。

 だが、今は違う。


 私は、恭一以外に心動かされるべきではない。


 「ありがとうございます」


 手を引かれて食堂へ入る。椅子に座らせられ、耳元に顔が寄せられる。


 「君は確かに、僕を少しずつ救ってくれている」


 その囁きを聞くまで、忘れていた。初めて会った翌日、私は霞城さんに約束した。私が霞城さんを救うと、約束した。

 そんな約束を持つことは、ボスの玩具として相応しくない。なかったことにしよう。いつ出来るだろうか。


 「軽くなにか作ります」


 霞城さんが食堂を出て行くと、晴臣さんが札を出して来て笑う。


 「今日はなにをしようか」


 北と当たった際、私が戦闘を引き受ける。そして早く殺して霞城さんがいるA3へ向かう。

 戦闘を引き受けられなかった場合はどうする。流石にA1からC2やC1に行き、役割を果たしてからA3に行くには無理がある。


 「ポーカーで良いんじゃないですか?」


 無所属の基地がひとつはあるはずだ。位置が確認出来ていない基地も多い。いくら時間がなくとも、3つは確認出来るだろう。

 時間がない。諦めた方が良いか。


 「弓弦くんが得意だからだよね」


 A3に3人現れたとして…いや、私が配置されるA1北東に北の者が現れなくとも、現れたことにすれば良い。

 しかし、ひとりしか現れなかった場合危険か。


 「絢子さんが出来るものだからです」


 様子を見に行ってすれ違ったことにする。これはどうだろう。


 「この間、ブラックジャックを教えたよ」


 駄目だ。集合出来ていないにも関わらず勝手な行動するのは、危険だ。様々な観点で危険だ。

 一先ず様子を見に行ってから考えることにしよう。ボスの言う通り、私は考えることが得意ではない。


 「誰がディーラーやるの」


 南と当たった際は、比較的自由に動ける。B2に南の者が現れなかったと言えば良いだけなのだから。

 戦闘になったとしても問題は…あるか。


 「私がやるよ」


 霞城さんと交戦した者が生きている。全く傷を負わせることが出来なかったのだ。侮ってはいけない。

 異能『白雪姫』には弱点がある。だが、霞城さんの戦闘能力は低くない。


 「出来るの」


 女性の方は異能を持っているだろうという予想のみ。誰も交戦していない。


 「絢子さん」


 俯いていた顔を上げると、晴臣さんが寂しそうな顔で笑っていた。


 「ぶらっくジャックですね。覚えています」

 「そうではないよ。南の女性のことが気になるんだよね」

 「…はい」


 考えていたことは全く違うことだが、気にはなる。

 私はその者を覚えていないが、その者は私を覚えていた。その理由も気になる。


 「ダメ元だけど、聞きに行ってみる?」

 「無駄足になるだけです」

 「そうだと思うよ。それで絢子さんが納得出来るなら、私はそれで良いんだよ」


 それで引き下がれる者など、いるのだろうか。余程効率を重視している者くらいではないだろうか。


 「納得など出来ません。理由を聞いたとしても、きっと」


 今日の戦闘終了後、ずっと嘘を吐いている気分だった。本当のことを言っていても、嘘を言っている気がしていた。

 だがこれは、紛れもなく本心だ。




                  ***




 霞城さんに作ってもらった夕食を食べ終えた私は、晴臣さんと共に南の建物の扉を叩いた。


 「どちら様ですか」


 少ししてから扉の向こうから聞こえた声は、男性のものだった。霞城さんと交戦した者だろう。


 「南絢子です」


 扉が大きく開く。その表情は驚いた様なものだった。

 晴臣さんの姿と私の腕章を見て、さらにそれを大きくした。だが、すぐに嫌悪の目に変わる。


 「どのように調べたのか知りませんが、嘘を吐いてでも扉を開けてほしかったのですか。如何様な御用でしょう」

 「食事会への招待状を持って来ています。それが証拠になることは、分かりますね。女性の戦闘要員を呼んで下さい」


 中を見せることなく、封筒の状態でひらひらとさせる。


 「確証もないのに呼べと言うのですか」

 「(ひびき)?なにを騒いで…」


 眠っていたのか、目を擦って女性が出て来る。


 「絢子さま」


 駆けて来ると、手を取られる。


 「危険です!」

 「仮に彼女が絢子さまでなかったとしても、戦闘要員なのになにが?」


 過去にルール違反で殺された者がいたのだろうか。


 「私が南絢子だという証拠はあります。しかし必要ない様子ですね。何故私を覚えていたのですか」

 「それを聞きにいらしたのですか?」


 頷くと、少し考える様子を見せる。


 「その質問に答える前に、ひとつ質問させて下さい。それが答えでもあります」

 「分かりました」

 「楠英昭は、元気にしていますか」

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