第56話 掛け違えたボタン②
「雄剛さんは、善い人ですね。だから、殺さなくてはいけなくなったのです。善い人だから、駄目だったのです」
自分で言ったはずの言葉が、妙にしっかりと胸に落ち着いた。北政宗が言っていたのは、こういうことだったのだ。
詳細な気持ちは当然のごとく分からない。
ただ、私が北政宗にとって“素敵なこと”を言ったために、北政宗は私を殺そうとしたのだ。いや、殺さなくてはいけないと思ったのだ。
なるほど、そう思えばあの戦闘は少し綺麗だったかもしれない。だから綺麗に殺そうとする私を、容易く受け入れたのかもしれない。
雄剛さんは、綺麗ではない。だから綺麗に殺さなくても良かった。そして、丸栖和真も同様。
「強いて言うなら、殺して綺麗になる。血で汚れた雄剛さんは、綺麗だった。汚れたから、綺麗だった」
「言葉もまともに話せなくなったのか」
そうだったら、私は雄剛さんを殺さなかった。少なくとも、めった刺しになんてしなかった。多分。
だって、綺麗である必要なんてない。殺すことが出来れば、それで良い。だから汚さなくても良かった。
「私は――、」
恭一のためなら世界中の人を殺して回る。全ては、恭一が欲しいから。
恭一がここに行けって言ってそれを望んだから、人を殺す。
恭一以外はいらない。間違いだった。あれもこれも全部、全部!
恭一を信じている。許してくれる。だって私、自分で気付いた。
恭一だけを信じている。いつも私を赦して、私に笑ってくれる。
恭一だってそう。信じている。ううん、そうでなくては駄目。
恭一には、私以外の玩具は必要ない。大丈夫、私は赦すから。
「私は、恭一以外に心動かされるべきではなかった」
「コイツ――やばい。目がイッてる」
心が乱れているのか、銃弾も乱れている。視線で次にどこへ撃って来るのか分かる。本当にこの者は腕が良いのだろうか。息が上がるのも早い。
弾丸の雨が途切れる。弾切れか。一応どこに隠れたか注意深く探さないと見つからない様に隠れる頭は残っているらしい。
もっと撃って。全部弾くから。絶望して死んで。私に甘いことをさせた罰。こんなことでは、霞城さんの腕前も大したものではない。
早く、次を。時間はまだある。だから沢山絶望させてあげられる。
何故全く撃って来ない。こんなにも撃ちやすい場所にいるのに、何故。このまま隠れて時間を稼ぐつもりか?それは敵前逃亡。
敵前逃亡なんて、情けない。駄目だ。敵は殺さないと。殺さないと、恭一が喜んでくれない。そんなことも分からないのか。
「みつけた」
息が上がっているから、空気の流れが分かり易かった。何故死角から回り込まれるところを選んだのか。判断能力が鈍っているのだろうか。
頭にめがけて投げた刃物が銃で受け止められる。私が武器を手放すことを狙っていたのか。だが、その銃はもう使い物にならない。
「嘘が嫌いな東が、嘘を吐くのか」
「私はそうは思いません」
やはり時間稼ぎか。銃を持ち替えている。呼吸も整えるつもりだろう。
だが良い機会だ。私の考えを聞いてもらおう。殺してしまうのだから自己満足だが、聞かせる相手もいないのに語る程語りたいわけではない。
「命令は絶対。嘘も隠し事も、明らかになれば命がないかもしれない。それが西南北の環境だそうですね」
「過激な物言いだが、否定し切れないのが残念だ」
残念。そうか、期待があるのか。可哀想に。
「東は嘘を吐いても、隠し事をしても、特に咎められません。もちろん場合によると思います。ただ、聞く限りでは命が危ないことはなかった様に感じました」
実際私は、殺されても文句を言えないことを隠していた。にも関わらず、全くなにも言われなかった。
「嘘を吐いたら死。それは嘘が嫌いだから、という理由ではないのですか。嘘が嫌いなのは、東と東以外、どちらですか」
「それは…守られる立場だったからでは?君は幼い女性。そういった話を耳にする機会がなかった。それだけだ。…それだけだ」
守られる様な者がここに来るはずがない。言葉が詰まるのは、そう分かっていながら言っているからだろう。
安易な回答だ。つまらない。
適当に拳銃を撃つと、顔のすぐ近くを通った。肩をびくつかせている間に距離を縮める。鼻先が触れそうな程近い。
「この距離なら外しません」
「それは僕も同じだ」
一体なにを外さないつもりでいるのか。両手に銃を持って、なにを。
私が拳銃を持っている右手にばかり注目しているが、良いのだろうか。武器で攻撃しなくてはいけないというルールはない。
繰り出した拳は、簡単に相手の頭を揺らした。無防備に寝ころんで痛みに呻く。そんな者を数回殴る蹴るして動けないようにする。
銃から刃物を抜き、その刃物を振り下ろす。
身体から刃物を抜き、その刃物を振り下ろす。これを何回か…何十回かもしれない。数えてなんてない。腕が痛くなるくらい。それくらい繰り返す内に、動かなくなった。呻き声も聞こえなくなった。死んだ。
「うん、綺麗に汚れた」
汚れた服をどうにかしないと。返り血の汚れ具合が尋常ではないはずだ。なにより汚い。川で洗おう。5分もあれば十分だ。
この戦闘の報告で初めて、明確に自分の意志で嘘を吐く。言わないこととはまた違う。私は、嘘を吐く。
嘘は最小限にするべき。ここへは来た。だから濡れていても変ではない。
この後はA1南東の基地の確認だ。
北のものでないことは確認している。西のものでなければ南のものということになる。特定しようとしても不自然ではない。
基地が発見出来ないまま、戦闘終了のけたたましい合図が聞こえた。いつもの者が迎えに来てくれる。
「――どうかなさいましたか」
「そんなに、これまでの私とは違って見えますか」
「はい。顔つきでしょうか」
表情は普段からないと思っている。そしてそう言われる。顔つきと表情は、なにが違うのだろうか。
「それに――」
戦闘があった方向をちらりと見る。そういえば、あの者の名前はなんだったか。報告の際に必要かもしれない。思い出さなくては。
「…いえ、なんでもありません。あまり遅いと皆様に心配されてしまいます。参りましょう」
「はい。お願いします」
しばらくして五感が戻る。正雄さんがいない。
「正雄さんはまだですか」
「はい…。でも、遠いエリアですから」
門が開き、正雄さんが現れる。無傷だ。良かった。…死ぬ必要のない者に無暗に死んでもらいたいと思っていないだけだ。
戦闘の合図に使われる、あのけたたましい音が響く。
『戦闘要員の全滅、ポイントの全損により、西の負けが確定しました』
奪った基地は恐らく2つ。戦闘要員の死亡によって失われたポイントと合わせて1,400だ。それだけしか持っていなかったのか。
「戻ろう」
無言で歩き、建物の扉を開ける。そこで迎えてくれてた晴臣さんは、浮かない顔をしていた。
「私の計算では、西はもう少しはポイントを持っているはずだったんだよ。負けとなると、基地は無所属になる。当初の計画が頓挫してしまった」
ルールでは戦闘順での有利不利は発生しないと書かれていた。この7日間、少なくともルールに書いてあることを反故にしたことはないはずだ。
だが、晴臣さんの言うことは分かる。全て無条件で手に入る見込みがあったものを、奪い合わなくてはいけないのだ。手間になる。
「あ…、開口一番にごめんね。お疲れ様」
「いいえ…申し訳ございません」
一番最初に報告することは、危険でもなんでもない。多少矛盾があろうとも、自分は正直に話している。分からない。そう主張すれば良い。
私の場合、統合性を気にして変なことを言ってしまうより安全だ。
「基地を取り戻しに来たんだね」
「はい」
「みんな座って。まずは絢子さんの報告から聞こうか」
戦闘要員2人は私が殺した。だから謝った。
先に聞くかは賭けではあったが、晴臣さんなら先に聞くと思った。なにより、私は嘘を吐かないのだ。
「その前に着替えた方が良いね、ずぶ濡れだよ。あ、お風呂の方が良いかな」
計画が頓挫したにしても、狼狽え過ぎの様な気がする。
「濡れているだけですので、お風呂は結構です。着替えだけさせていただきます。少々お待ちいただけますか」
4人の返事を聞いて、割り当てられた部屋へ向かう。
この間になにか話されると危ないかもしれない。しかし断るのは不自然だった。早く着替えなくては。
「お待たせしました」
食堂に入って素早く椅子に座ると、報告を促される。頷いて返事をすると、小さく息を吸った。
「A2南東の基地付近で西の者1名と戦闘になります。幻覚系の異能者でした」
机に『手なし娘』という題名の本を置く。
「戦闘後南西の基地へ向かっていると、真っ直ぐ北へ向かう人物を察知しました。なので、A1へ向かいます」
経緯は異なるが、出来事は殆どそのままだ。今のところ怪しまれる部分はないはず。大丈夫だ。
「A1北西寄りの中央辺りでその者と戦闘になります。異能の本は所持していませんでした。その後はA1南東の基地を確認しに行ったのですが、発見出来ませんでした。私からは以上です」
疑問点は2点把握しているが、答えは用意していない。
わざと負けようとする者が、仲間には勝とうとしている様に見せかけた指示。解明しようという方が無理だ。
少なくとも、私には。