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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第54話 不用心な噓吐き③

 「あの、ちょっと良いですか?」


 声の主は、小さく手を挙げていた。


 「ふと疑問に思ったんですけど、自分皆さんが異能を使っているところを見たことがないんですよ。それって、皆さんもそうなんですか?」


 …まさか。銃を持つと性格が変わる。過去自分がそう思っていた様に、異能を使うと性格が変わるとでも?

 しかし有り得ない話ではない。なにせ正雄さんは、小西朔に酷い拷問をしていたのだから。


 「俺は、霞城くんも絢子さんも見たことない」

 「とても短い時間だけれど、僕は2人とも見たことがある」

 「私も霞城さんが使っているところは見たことがありません。と言っても、正雄さんも見たと言える程見てはいません」


 私の異能を見たのは楠英昭と隊長を殺したときだろう。あのときは、異能だとは知らないはずだ。

 そして正雄さんの異能。もし“霞城さんの見た”が私と同じ場面のみであれば、とても見たとは言えない。


 「正雄さんの異能を見たのは、西との戦闘の際B2で使ったときのみですか」


 小さく頷く霞城さんを、思わずじろりと見てしまう。


 「あんなもの、見た内に入りません。一本糸を出しただけではありませんか」

 「とても短い時間だと前置きしたはずだ」

 「“一瞬”を“時間”と表すかは人によりますが、もう少し分かりやすい言い方があったと思います」

 「そういう君だってよく分からない言い方ではないかい。伝わりはするが、嚙み砕く必要がある」

 「少々解釈が異なることは何事にもあります。しかし――」


 晴臣さんの雰囲気が変わるのを察知し、我に返った。


 「失礼しました」

 「うん、話を進めようか」


 私に向かってにこりと笑うと、弓弦さんを見る。


 「それで弓弦くん、それを聞いてなにが知りたかったのかな」


 さっきから…何故、分かっていることを分からない風に装うのか。


 「なにかをすることで性格が変わるって、思い浮かびにくいと思うんです。だから、様子の違う正雄さんがなにか企んでいるって思っても変ではないかな、と。絢子さんに言ったのはお礼でしょうか」


 お礼か。その可能性は全く考えていなかった。慌てた様に思えた理由をずっと考えていたのだが、分かりそうにない。


 「もうひとつ、言っていなかったことがあるのです」


 ちらりと霞城さんを見てから正雄さんと視線を合わせる。

 心当たりがなさそうだ。覚えていて分からないのか、覚えていないのか。


 「小西朔さんのことです。私がC3へ行くと…」


 一度言葉を止めると、霞城さんが手を添えて頷いて見せてくれた。


 「正雄さんに酷い拷問を受けており、虫の息でした。着いた頃には終えていたので、その場面は全く見ていません」

 「なにも聞けなかったから報告の必要はないと思った」


 私だってそう思ったから言わなかった。進んでやったわけではない。そう信じたかったのだ。

 私は甘かったのか?


 「それに、知らなかったとはいえ霞城くんのお兄さんだから。絢子さんもだから言わなかった。違う?」

 「それは違います。霞城さんのお兄さんだと分かったのは、言わないと判断した後です。それは正雄さんも同じはずです」


 綺麗事を言うのは止めろ。


 そう声を張り上げたくなるのを我慢して、大きく深呼吸をした。


 「どちらにも客観的証拠はありません。話を進めましょう」


 私が言いたいのは、そこではない。それに言い争いは感情論になりやすい。


 「()()()()()()()()()、あそこまで執拗にやる必要があったのですか。なかったはずです。それが私の意見です」


 右足と両腕がなかった。腕に至っては、全ての指が切り落とされた状態で転がっていた。

 出来るだけ別のことを考えて見ない様にした程だ。だが、簡単に忘れられる光景ではなかった。


 惨い死に様など見慣れたと思っていた。

 実際、手足を含め身体の一部がない死体は山ほどある。人間では曲がらない方向に関節が曲がった死体だって見た。


 だが“あれ”は死体だった。生きている“それ”を見たのは、初めてだった。


 「話し始めに視線を合わせた際、心当たりがない様に見えました。あのときの正確な記憶はありますか。自分で変だと思ったことはありませんか」


 すぐになにか言おうとしたが、言葉を飲み込む。そして俯いて考え込んだ。


 「記憶ははっきりしてる。自分の意志でやったと、俺は思ってる。ただ…思えば、なにかに駆り立てられる感じだったかも」


 精神操作系の異能で、なにか思いもよらぬことが起きたのだろうか。それとも、自身の異能によって引き起こされたことだろうか。


 「物語で茨姫は、極々自然に糸車へ向かった。まるで、呪いを知っていてそれを受けるために向かったかのように」


 霞城さんが呟いた言葉に、全員が黙った。その時間は、長かった気もしたし短かった気もした。


 「自分で自分に異能を使おうとする異能の本質から逃れるため、本能的に“なにか”に攻撃的になっている。そういうことかな」

 「異能は、茨を成長させる栄養源を欲しているんですか。それが血か死体かなにか、とか…」

 「自分のみにかけられたはずの呪いのせいで城中の者が眠った。異能の解釈は異なり、他者を巻き込もうとしているのですか」


 同時に言われた3つの言葉たちは、其々全く異なっていた。だが、妙にはっきりと耳に届いた。


 「…だそうです」


 小さく笑った霞城さんに、正雄さんは苦い笑みを向けた。


 「どれもありそう。けど憶測の域を出ない。念のため、皆がいるところでは出来るだけ使わないようにする」


 自分のものも含め、4つの首が縦に動く。それを確認して、私は居直って小さく息を吸った。


 「では話を戻しましょう。喜世さんと、なにかあったのですか」

 「本当にそれについて、俺はなにも嘘を吐いてない」


 では喜世さんは、一体なにを言おうとしたのだろう。


 「戦闘以外でその者に会いましたか」

 「あ…誰かには会った。食事会があった日の真夜中。眠れなくて適当に歩いてたら、誰かとぶつかった」


 衝突する程近くにいたなら、いくら暗くとも誰か分かりそうだが。


 「2人いて、ぶつかったのは男。あのときは…今もか。南との戦闘前で沢山人がいたから、誰か分からなかった。もうひとりがあの女性だとしても、軽く謝ったくらいでなにもしてない」


 今も、というのは戦闘で死亡した南の者を把握出来ていないためだろう。人の顔を覚えるのが不得手なのだろうか。

 しかし正雄さんの言うことが全くの本当であれば…軽く謝った?なるほど、そういうことか。


 「大きな勘違いしていました。ずっと、戦闘中の言動についてだと思い込んでいたのです」

 「ああ…なるほどね。正雄くんは本当にもう…」

 「なに」


 霞城さんも弓弦さんも、口の端を僅かに上げている。


 「ぶつかって謝られた方は自分が悪くなくても、こちらこそ悪かった、と言うのが一般的ではあります」

 「ん。そう言われた」


 やはり先に謝っていたか。


 「では言わなければ、どうなりますか」

 「………、…暴力行為、とか言わない?」

 「かもしれません。相手が騒げば、どうなるか分かりません。喜世さんはそのことを言いたかったのだと思います」


 大きくため息を吐くと、俯いて目を瞑る。


 「怖くて外行けない」

 「戦場ですから」


 小さな笑い声が3つ、室内に響く。晴臣さんは、続けて大きく伸びをした。


 「頭を働かせたね。霞城くん、お昼はなに?」

 「カレーライスです。温めればすぐに食べられます」

 「流石霞城くん」


 霞城さんが立ち上がると、弓弦さんも付いて出て行く。すぐに用意出来るため、運ぶのを手伝うためだろう。


 「優しい人で良かったね」

 「まだその話するの」


 小さく笑うと、私に視線を向ける。


 「髪を渡した際は、どんな会話をしたのかな」

 「理由を“慕う方の行く先が心配”と言っただけです。それと、名を問われたので“そのまま”答えました」


 髪を持ち帰った理由ではないが、問題ないだろう。


 「聞いた2人は、どんな反応だったかな」

 「北浦喜世さんには“馬鹿なのか”と問われました。北条伊吹さんは、笑って“東は変わり者ばかり”だと言っていました」


 そういえば、喜世さんと話しをしたのは二度目だ。…言う必要もないだろう。


 「弓弦くんが分からないと言った銀バッヂの者だね」

 「…はい。北辰巳と仙北谷螢の間に座っていた者です」

 「そっか、バッヂの色が分からないんだね。意識して色の話しをしないから忘れていたよ」


 私は私で徽章の色など関係ないと質問しなかった。そのためでもあるだろう。

 どのみち、人物を説明する際に徽章の色は使えない。分かったところで、なんの意味もない。


 「北条と仙北谷の家柄は、それ程明確に違うのですか」

 「そうだね。螢という者が仙北谷だと聞いて驚いたくらいだよ」


 そういえば、東泊はどうなのだろう。


 「説明し忘れていました。正雄さんと同じです」


 開いた扉の先から、弓弦さんの声がした。


 「螢は、養子に出された総統の子供なんです。子供の頃から仙北谷という苗字を使っていたので、自分も子供の頃は知りませんでした。本人の性格もあって多くの者が螢と呼んでいます」


 明らかにカレーライスでないものが乗った皿を置くと、私に微笑む。


 「この皿を平らげない限り君のカレーライスは出ない。頑張ることだ。と霞城さんが言っていました」

 「無理です。多いです。嫌です」

 「絢子さん、野菜には野菜にしかない栄養があります。食べずに今までどうやって生きて来たんですか」


 どう、と言われると答えられない。私から見れば“普通に”生きて来ただけだ。


 「その説教は聞き飽きました」


 用意してくれた箸を手に取ると、草を口の中に放り込んだ。

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