表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
6/171

第5話 酉より王子、午より姫②

 「南絢子と申します」


 また室内がざわめくかと思ったが、驚き過ぎてなにも言えない様子だ。こちらも当然と言えば当然だ。ここは東の組織なのだから。


 「南家現当主、次男の三女です」

 「亡くなったと聞いてるんだけどね。それにこんなところで名乗るとは、どういう了見かな」


 やはり内通者はどこにでもいるか。しかしあまり上の立場ではない様子だ。

 では東は、少なくとも武闘組織と呼ばれるここは、あまり南について知らないのかもしれない。


 「南の内通者ではありません。これから起こるかもしれないことを危惧しているだけです」


 それが拷問よりも嫌なのだ。


 「内通者ならここで名乗る必要がない。だから違うだろう。そういう作戦とも考えられると思わないかい」

 「どちらにしろ、ここでは報告をしてお終い。それで良いはずだよ。それに私が名を聞いたときも嘘を言えば良かったと思うけどね」


 その理由は、昨日ボスが自ら言ったはずだ。


 「何度も説明するのが面倒だっただけです。南の家には、簡単に言えば捨てられたのです。ボスに会ったのは全くの偶然で、殺されるつもりで名乗りました」


 なんとなく、この人なら一思いに殺してくれると思ったのだ。当ては外れたが、これはこれで良いと思っている。

 私の様な者が少しでも幸福を感じて良いものだろうかと不安になる程、この生活を気に入っている。ここを気に入っている。

 失う心配をするのは、それが欲しいものだからだ。


 「信じるも信じないも自由です。まず聞いていただけますか」

 「そうしようか」

 「呪術の南と呼ばれていますが、その正体はこの様な本です。呪いではなく、本から異能を得ています」


 奥まで行き、本を手に取る。ただ童話が書いてあるだけの本に、本当にこんな力があるとは。自分がその力を得るまで、信じられなかった。


 「今回の自殺騒動に関わっているのは、多くの者が武闘組織に属しているのではありませんか」

 「関知し得ないこともあるだろうけれど、これだけの情報が集まっているのは圧倒的に多いからだね」

 「私が東の武闘組織にいることを南が知ったのでしょう」


 女性…双葉さんのところへ行くと、手を差し出す。


 「資料を見せていただけませんか」


 困惑した様子でボスを見ると、頷いたのであろうボスに頷き返す。

 武闘の東は仲間意識のある者に随分と甘いらしい。私が内通者である可能性が全く拭えていないのにも関わらず、だ。


 ここに載っているであろう人物たちもそうだった。家にいるよりも、温かった。

 だから予想が外れてほしいという思いでめくった。しかしその紙には、予想した人物たちが載っていた。


 ここへ来たばかりの頃、部屋を貸してくれた方。なんの力にもなれない私にも食事を分け与えて、豪快に笑っていた。

 料理の作り方を教えてくれた方。いつまでも上手くならない私の料理を、下手な笑顔で美味しいと言って全て食べてくれた。

 護身用にもならない程度の体術しか知らない私に、一から体術を教えてくれた方。休憩の際に聞かせてくれた話は、私の見聞を広めてくれた。

 この人も、この人も、この人も、皆、私が世話になった人ばかりだ。


 こうして改めて見ると、良い人ばかりだ。もっと恐ろしい者ばかりだと思っていたが、武闘の東だという先入観だったわけだ。


 「私が関わったことのある方が圧倒的に多いです」

 「そこまで調べているぞ、という警告かな。それとも、手当たり次第にやっているのかな。君はどう思う」

 「分かりません」


 どう調べたのか知らないが、私の足取り順に知れるわけではない。判明したらすぐに行動したのかもしれないし、なにか他に法則があるのかもしれない。

 ただ、ひとつ分かることがある。


 「使い手が変わっていなければ、異能『眠れる森の美女』を使うのは現当主の娘、私の伯母に当たる人物です」

 「使い手を変えるには、どうす…」

 「双葉さん」


 文字を読めるのは最初に開いたひとりだけ。読める者にしか使えない。しかし使い手は変わる。

 それがどういうことか、俯き気味のボスも、双葉さんの言葉を止めた霞城さんも、分かっているのだろう。

 止められても変わらない。いずれば言う必要のあることだ。先延ばしにしても結果は変わらないだろう。


 「使い手が死ねば、本に文字が戻ります。なので、それを読めば別の者がその異能を使用することが可能です」


 自分が死ぬしかない状況でこんなことを言うんだ、嘘は吐かない。隠し事もしない。そう信じてくれるだろうか。拷問なんてしなくとも、私は正直に話す。

 そして、死ぬ。


 「それこそ誤魔化せば良いことだと思わないのかい。何故そんなことを正直に言うのか、僕には分からない」


 そうでしょうとも。死に怯えるただの青年である貴方には分かりはしないのです。いくら言葉を尽くしても、これを分かり合うことは出来ないのです。


 「東の者が大勢死んだのは私のせいです。私がここで殺されれば、若しくは南へ戻れば、解決します。こんな日が来るかもしれないと思っていました」

 「では君は、組織の情報を多く知らないようにする。それだけのために5隊を希望していたのかい」

 「それと、死にやすいですから」


 私は今、ちゃんと笑えているだろうか。

 ボスは、私が笑ったまま殺してくれるだろうか。


 「君が引き金であることは、よく分かったよ。けれど君を殺すことはしない。もちろん南へ帰すこともしない」


 やはりそんな都合の良いことなどありはしないか。


 「拷問されても、私が知っていることは多くありませんよ」

 「そんなことをしなくとも君は正直に話すだろう?」


 何故当然のように言う。何故不思議そうな顔をしている。


 「君はいつも答えられないこと、言いたくないこと、それを誤魔化さずに私へ言ったね。5隊以外への配属を望まない理由を、君はいつも答えられないと言った。不思議だったけれど、やっと分かったよ」

 「分かったからどうしたんです。私を殺さない理由にはなりません。以後も正直に語ると考える理由にはなりません」


 信頼したフリをして情報を得た後に殺す算段か?いや、どうだろうな…ボスのことだ。本当に思っているかもしれない。


 「そんなに死にたいなら、死ねば良い。自分が招き入れた責任を感じてるのだろうけれど、それなら私も同じだよ。君を迎え入れたのは私だからね」


 懐から出した拳銃を私に差し出すと微笑む。


 「私を殺して死ぬと良い。後のことは霞城くんに任せよう」

 「出来ません。命令して下されば、どの様にでも殺しましょう」

 「うん、じゃあ命令しよう」


 景色が一色で血生臭いこの世界の一部を統括する心優しきボスが、なんと言うのか分かる。本当に、それで良いのだろうか。


 「知っていることを全て正直に話しなさい」


 だが同時に、私は知っている。微塵も東のためにならないことなど、ボスはしない。必ず算段がある。しかし最も重要なことは、自分の信念だ。

 そういう人なのだ。


 改めて誓おう。ボスのため、私はこの命を捧げる。ボスのためにこの命を使う。


 拷問は恐ろしい。嫌だ。しかし、それを避けるためではない。もしボスがそれを必要だと思うのなら、私はそれを受け入れよう。


 「はい、ボス」


 ゆっくりと頷き、微笑みを見せる。


 「では、私が君を信頼する理由を話そうか」


 信頼

 明確にそう言われたのは、二度目だ。


 「追い出された理由は分かるかな」

 「幹部の1/3が当主候補に私を推薦したからでしょうか」

 「どうやってそれを知ったのかな」

 「こういった会合が開かれる日時や場所は推測出来ますので、盗み聞きしました。嫌な予感がありましたので」


 再びざわめきだす幹部を余所に、ボスは満足そうに頷く。


 「純粋に推薦したのなら、その者たちは愚かだね。追い出されることが目に見えてる。だけどその逆かもしれない」

 「追い出したくて推薦した、ということですね」

 「それもまた、君の実力を示しているんじゃないかい」


 分かっている。隠すということを知らなかった私が悪いのだ。人間、利己的な部分があるのは当然だ。

 相手の立場になって考える、というのは自分が自分であるが故に出来ることだ。結局人は皆自己を中心に回っていて、利己的だ。


 しかし今はそんなことなど、どうでも良い。


 「南の者がどの様な考えで私を追い出したのかを聞けば、私がボスに信頼されている理由が分かるのですか」

 「流石に少し遠回りしたかな。自分を捨てた家のことなど聞きたくはないのは当然だね。悪かったよ」


 そういう意味ではなかった。捨てられなければ、拾われることもない。結果論だが、捨てられて良かったとすら思っている。

 最早考えられないが、例えこれから拷問されることになっても、だ。過ごした時間がそれで消えてしまうわけではないのだから。


 「まず、君は女性だ。女性の識字率は低い。簡単な読み書きしか出来ない者は多い。それは知ってるね」


 読み書きが出来ない者の方が圧倒的に多かった時代もあったらしい。それも御伽噺と変わらない。


 「はい」

 「君は私と初めて会ったとき、なにをしていたか覚えているかな」


 ボスの口元は、歪んだ笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ