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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第51話 過去と未来④

 解散した後は、なにもすることがなかった。それは皆同じだったのだろう。部屋をそのまま、札の遊びをした。

 昼食を食べ損ねたため、少し早めに夕食を作ると霞城さんが部屋を出て行く。


 「行かなくても良いのかな」

 「意地の悪いことを言うのですね」

 「絢子さんが感情を口にすること。敬語でないこと。この2つは、すごく珍しいことだからね」


 そうだろうか。なんにせよ、考えても無駄だ。しなかったことについて証明することは出来ない。


 「ところで、晴臣さんはいつ気付いたのですか」

 「正雄くんが死者を蘇らせる異能の本を探していたこと、かな?」


 小さく頷くと、鼻で笑った。


 「ここで初めて正雄くんを見たときからだよ。絢子さんはいつなのかな?」

 「違和感が積もり積もっただけです」


 正雄さんにとって異能戦場へ赴くことに関する問題は、私だけではなかった。結果として恋人を殺したのは、私だけではなかった。


 だが正雄さんは、問題をさも私だけかの様に振る舞った。


 会合では晴臣さんについて触れられなかった。その理由は恐らく、誰も行きたくなかったからだ。

 晴臣さんについて触れてしまえば、正雄さんの決心が揺らいでしまうかもしれない。だから言わなかった。


 「違和感が言葉になり始めたのは、初戦闘の際の作戦かもしれません。人数が少ないにも関わらず、正雄さんを極力ひとりにしないようにしようとしました。栞さんのことを考えれば、真っ先に思い当たることです」


 微塵も後悔をしていない。そう思ったが、これは間違いだ。

 後悔していないのなら、見た瞬間に分かるはずがない。ここへなにかをしに来たのか。それすら分からないだろう。


 「何故悪役を演じたのですか」


 正雄さんに対してであれば、まだ分かる。理由も意図も分からないが、納得出来る。だが、あのとき正雄さんはいなかった。


 「ああ言った方が、君を私のものに出来ると思ったからだよ」


 その笑みは穏やかで、狂ってなど全くいなかった。


 「恭一は滅多に、自由以外を欲しがることはなかったんだよ。自由が良いから、人も傍に置かなかった」


 確かに、双葉さん以外は武闘本部の上階で見ることはなかった。双葉さんは他の者に比べて随分と親しそうだったな。


 「武闘組織の双葉さんという女性をご存じですか」

 「え?ああ――、婚約者候補のひとりだね。蘭道(らんどう)の末の子らしいよ」


 どの様な立場の家柄なのか分からない。口ぶりからして、本家の婚約者候補にはならない家柄なのだろう。


 「婚約者候補を次々と殺したのは言ったよね」


 それが本当だとしても、理由は嘘だと思っている。少なくとも、断るのが面倒だという下らない理由ではないはずだ。


 「断るのはそれなりに面倒だよ。私も体験したからね。でも殺そうと思うほど面倒ではなかった。恭一だって無駄な殺生はしなくないはずだよ」


 疑って話を聞いていることなど分かっているだろう。だが、それを一切気にする様子はない。


 「恭一は、誰も寄越して欲しくなかったから殺したんだよ。婚約者を適当にあてがわれる。それは“自由”ではないからね」


 どちらにしろ、十分自分勝手な理由だ。全て晴臣さんの憶測だろう。


 「双葉さんは何人目だったかな」


 一人目は殺されるなどと思わないだろう。二人目も、一人目に失礼があったくらいに思っても変ではない。

 だが、覚えていないくらいの人数。であれば、送り出せば殺されることくらい分かるはずだ。


 もちろん、嘘だという前提は忘れていない。


 「私は殺人ショーを見る趣味はないからね、顔を出していなかった。だからなにがあったのかは知らないよ。恭一が双葉さんを受け入れた。そういう事実だけを知っている」


 仮に全て事実だったとして、おかしな点がある。

 霞城さんは、双葉さんが前武闘のボスに迎え入れられたと言っていた。方針等も資料を見れば分かるのだろうと思っていた。


 「それはいつの話ですか。いつまでも婚約者“候補”でいるのは変です。それに婚約していたとして、婚約者に対する態度とは思えませんでした。皆さんそれなりにお若いですが、其々ボスはいつ交代したのですか」


 ボスという立場にある者の年齢に対する疑問はあった。だが、自分が南で見ていたものが全て作り物だったのだ。それに組織自体も違う。

 触れてはいけない様な気がして、ずっと見て見ぬふりをしていた。


 「4年前に前総代が亡くなった。そのときに色々変わったんだよ。双葉さんが武闘組織へ配属になっていたことは、今知ったよ。婚約したことは確か、2年くらい前だったかな。聞いたけど、2人でいるところを見たことはないんだ」


 小さく悪いね、と言うと微笑む。


 「話を戻そうか。人を傍に置かなかった恭一が、初めて傍に欲しがった絢子さんにとても興味を持ったよ」

 「傍に欲しがった…?」

 「そう。首輪まで付けてね」


 指の先が首元を指す。この装飾はそういう名前ではなかったはずだが。


 「恭一は私が欲しいものを、ほとんど全ていらないと言った。だから恭一が欲しがったものが欲しかったんだよ」

 「それは、名前も関係しているのですか」


 疑問だった。次男に“一”と名付けるだろうか。

 長男である晴臣さんに“長”という漢字でも入っていたらそこまで疑問に思わなかったのかもしれない。

 だが実際、“晴臣”というなんの変哲もない名前だ。


 「秘密だよ」


 その笑みは、寂しそうだった。


 「はい。いつかあなたが聞かせられると思ったのなら、聞かせて下さい」

 「そういうことも言えるんだね」


 立ち上がって椅子を戻すと、振り返って微笑む。もう寂しそうな笑みではない。


 「振り回して悪かったね。でも、本当に欲しいかも」

 「止めて下さい」

 「冗談だよ、冗談」


 小さく手を振って、部屋を出て行く。

 全体的になにをしたいのか分からない。だがこれについては恐らく、ただ謝りたかっただけなのだろう。


 さて、次は弓弦さんだな。


 痛みはあるが、十分歩ける。

 晴臣さんの予想は分かる。だが、どの組織も予想出来ることだ。その通りにいくとは限らない。明日には動ける様にしておかなければ。


 弓弦さんの部屋の扉を軽く叩く。


 「絢子です。開けて下さい」

 「もう少しひとりにして下さい」

 「駄目だ。入る」


 扉を開けると、弓弦さんは布団に包まっていた。


 「不用意な発言をしたことは謝罪する。悪かった」


 頭を上げると、呆けた表情の弓弦さんが見えた。


 「それで、いつまで不貞腐れているつもりだ」

 「その喋り方、どうしたんですか?」

 「質問しているのは私だ。答えろ。いつまで不貞腐れているつもりだ」


 そうさせたのは私なのだが、他の3人は当てにならない。


 「…明日の昼、でしょうか」

 「予想が必ず当たると思っているのか。それとも、言い訳にしているのか」


 なにか言いたそうな顔をするが、俯いて黙る。私は特に、言われなければ分からないのだが。


 「なにがあったのか聞きたいんですか」

 「いいや。戦闘に影響がないのであれば、その必要はない。それが総意だ」

 「だから気にしなくても良い。そういうことですか。でも自分はさっき嘘を吐いたばかりですよ。関係ないと言って、信じるんですか」


 言っている意味がよく分からない。

 さっき嘘を吐いたら、また嘘を吐くのか?では一度嘘を吐いた者は、以降一生嘘を吐くのか?

 それにそれを言うのなら、なにがあったのかを語るにしても同じことだ。


 「組織にとって全く不利益となることはしない。そう晴臣さんに言われて、貴様はなんと返事をした。人間は利己的だ。それが前提だ」

 「正しくは、組織に対して全くの反逆となることはしない。その中で己の利益を最大化。です」


 不利益と反逆では大分違うか。しかし言いたいことは同じだ。細かいことを気にしていては先に進めなさそうだ。


 「貴様は、貴様の性質が戦闘に影響が出るか否かについて、嘘を吐くのか。嘘を吐くことは、反逆でないと思うのか」

 「…いいえ」

 「夕食の仕上げの頃だろう。霞城さんを手伝え」


 扉の取っ手が、背後から押さえられる。


 「あなたは何故、名前を捨てなかったんですか」


 真剣な声色。表情も真剣なものであろうことは、想像に容易い。


 「霞城さんは役割のため、少なくとも初めに捨てることはないでしょう。けれど、あなたは違うはずです」

 「…南の者だと知られれば、殺されると思ったからです」


 振り返ると、思ったよりも顔が近くにあった。


 「自ら命を断とうと思う程、絶望はしていませんでした。しかし、生きようと思う程活力がなく、希望を見いだせなかったのです」


 悲しそうに、目が伏せられる。


 北にいた頃、名前を呼ばれていたであろう弓弦さんには分からないだろう。分かってほしいとも思わない。

 私の願いは、思えばたったひとつだったのかもしれない。


 私にだけに与えられたらしいその名を、呼ばれたかった。


 「絢子さん」

 「はい」

 「本当のあなたは、どっちですか?」


 近くで視線が絡み合う。その瞳に映っているはずの私は、私ではない他の誰かの様な気がした。


 「どちらも私です。しかしきっと、どちらも私ではないのでしょう。そういうあなたは、どのあなたが本当ですか?」

 「自分もそんな感じです。昔はこんな感じが一番多かった気がします。だから、これが本当なのかもしれません」


 互いの瞳には、確かに互いが映っている。だが本当が分からない者には、それが“誰か”に見えるのだろう。


 「手伝いに行ってきます」

 「はい、お願いします」


 避けて扉の前を空けると、迷いなく部屋を出て行く。その後ろ姿は、間違いなく弓弦さんだった。

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