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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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番外編 約束と秘密

 車は、この辺りでは見ることが滅多にない。それが孤児院の前で止まった。


 「こんにちは」


 一先ず、降りて来た人物がバッヂを付けていないことに安堵。

 バッヂ持ちは苗字持ちであることが殆ど。自分がすべきことを分かっていても、あまり関わりたくはない。


 「降りて降りて」


 車の中にそう呼びかけると、少年が降りて来た。


 「その辺りでふらふらしていたんです。身寄りもないみたいなんで、連れて来ました。一番近くだったんで」


 少年はいささか不服そうにしているが、なにか言う様子はない。


 「後はよろしくお願いします。話、聞いてあげて下さい」


 言うが早いか、車に乗り込んで去って行く。厄介事を押し付けられてしまった。


 少年に目を向けると、妙に良い姿勢で立っていた。


 「お話しの前にお願いがあります」


 大人びた声であり、発声の仕方だ。いや、それだけではない。表情、仕草、雰囲気。全てが大人びている。


 「ちょっと待って。その前に子供たちを払うから」


 滅多に見ない車。そして、それに乗せられて来た少年。物珍しいのだろう。みんな少し遠くから様子を窺っている。


 「あの木陰の椅子で待っていて。喉も乾いたでしょ?」

 「いいえ、結構です」


 嘘だ。小さな鞄は厚みがなく、中からは水の音がしない。

 ただの身寄りのない子供であれば、そんなものを持っているはずがない。この少年は一体、何者なのだろう。


 「分かった。追い払ってくるから、ちょっと待っていて」


 子供たちを建物の中に入れ、コップに水を注ぐ。それを持って少年が待つ椅子へ向かった。


 「私は喉が渇いたからもらうね」


 半分ほど飲み、少年との間に置く。


 「(ここ)は嘘吐きが嫌いなの。私に出来る範囲であれば、その願いを最大限聞き入れると約束する」


 少年は小さくお辞儀をすると、私の目をじっと見た。


 「僕はここまで、歩いて来た。そういうことにしたいのです。あの親切な御仁が、困ることのないようにしたいのです」


 やはりそうか。この少年は、東の者ではない。


 「ではこうしましょう」


 大丈夫だ。そう言ったところで、この少年はそれを信じないだろう。であれば、私が少年と約束をすれば良いのだ。


 「――と言うのです。私はそれを聞く前に、子供と油断して願いを聞き入れることを約束してしまいました」


 これは完全に嘘だ。だが、嘘は関係者が口を割らない限り分からない。この嘘の関係者は私と少年。

 少年を置いて行った男性が関わることであれば、事情を知らず話す危険性がある。しかし2人であればその心配はない。


 「相手が如何なる者であろうと、約束を破れと仰せになるのであればこの口から正直に申しましょう。けれどそうした場合――」


 にこりと笑ってみせるが、少年はただ私を見続ける。


 「いつかあなたとの約束を破った私を、あなたは咎めることが出来ますか」


 なにか言いたそうな顔をしている。しかしなにも言うことはなく、小さく首を振ってため息を吐いただけだった。


 「前提条件が違うのでしょう。お任せします。本題に入って良いですか」

 「嫌です。巻き込まれたくはありません」


 一度大きく瞬きをした少年。どうするのかと思えば、立ち上がって歩き出した。


 「どこへ行くんですか」

 「分かりません。けれど、役目がありますので」

 「私が言ったのは、詳細を聞きたくないということです。この辺りを治める者へ話を通すことは出来ます」


 巻き込まれたくない。絶対に。西から訪れたこの少年が持っているのは、ルールのある戦争のルールだ。


 「これは2人の秘密ですよ、西の少年」


 “これ”がなにを指すのか。具体的には言わなかった。だから約束ではない。この秘密が誰かに知られても、私は少年を責められない。

 けれど、必要なことだった。


 東は、本に書かれているような場所ではない。本に書かれているような者など、極々少数。本当は、気持ち悪いくらい優しい場所。


 少年は一度素早く瞬きをすると、椅子に置いたコップを引っ掴む。勢い良く飲むと、薄く笑った。


 「おかわりをいただけませんか、」


 言葉の続きは、口パクだった。読唇術は学んでいないが、なんと言っているのか分かった。


 ――内通者さん


 理由は簡単だ。私は、私の正体を知っているからだ。南坂真紀(みなさかまき)。それが、生まれたとき私に与えられた名前。


 戻りたくない。

 手放したい。






                  ***






 あの少年が現れた1年後、この辺境にも異能戦争の噂が回ってきた。弟が駆り出されていないか、心配だ。


 外を眺めようと窓に視線を向けると、遠くに車が見えた。次第にはっきり見えるようになったその車は、1年前に2度やって来たあの車だった。


 「こんにちは」


 1年前と同じように、車から降りて来るとまず挨拶をした。胸には、バッヂを付けていない。


 組織、引いては島の未来を左右することになる。詳しいことなど知らなくとも、それくらい想像に容易い。

 バッヂを外しているのだろうか。


 「すみませんが、時間がないので本題に入らせてもらいます。異能戦争については聞いていますか」

 「はい…」


 一体なんの用があってここに…。てっきりもう出発しているのかと思った。


 「心配事がありますね。ご家族のお名前、お聞かせ願えますか」

 「なにを知って…」

 「なにも知りません。なんとなく分かるだけです。自分も元は違いましたから」


 だから少年についても気付いていたのか?厄介事に巻き込まれないよう、さっさと立ち去ったとでも?


 「面倒事を押し付けてしまいましたから、せめてものお返しです」


 少年もこの方も、随分と義理堅い人だ。


 「殺さないことを約束は出来ません。けれど、あなたが無事であることを伝えることは出来ます」

 「……冥途の土産には、軽い荷物ですね」

 「それはあなたが決めることではありません」


 耳に寄せ、弟の名前を口にした。


 「女性的な名前ですが、男性です」

 「分かりました。それでは失礼します」

 「あの、あなたのお名前は…?」


 にこりと笑うと耳に顔が寄せられる。


 「昔は、北園満弦って名乗ってました。今は」


 そっと身体が離れる。


 「弓弦です。今日のやり取りは2人だけの秘密ですよ」

 「はい」


 走り去って行く車を見送りながら、私は祈った。


 友己(ともみ)が参加していないこと。参加していたとしても、生き残ること。そして、弓弦さんが生き残ることを。

次回から本編ですが、火・木・土の更新にします。

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