番外編 知れなかったこと
ここ数ヶ月、和真が相手をしてくれない。丸栖のくせに、アタシの言うことが聞けないの?
「珍しく本気ではないかい」
あれって確か、使用人との子供。ありえない!なんでそんなヤツと遊んで、アタシと遊ばないの!
「やはり手を抜いていることを気付いてみえましたか。もう接待プレイなんてしている余裕がないのです。それほど上達されたのですよ」
「そう言って僕が勝つまでが接待プレイかい」
「霞城、そういう偏屈を言うのは駄目だよ。和真は本当にすごいのだから」
真白お兄様に似た声だけど、誰…?
「和真、たまには僕ともやろうよ。文も暇をしているみたいだし」
誰でも良いから、もっと言ってやって!使用人との子供の相手なんてせずに、アタシの相手をするべきなの!
「それにしても、霞城は本当に上達したね。すごいよ、霞城。流石は僕の霞城だね。皆に自慢したいよ」
「真白さん、止めて下さい」
は――?
思わず柱から身を乗り出して見た。
聞き間違いかもしれない。そんな期待があった。だけど、アタシの耳は正しかった。正確に聞いてた。
和真はなんで慣れた顔してるの!しかも2人を放置して片付け始めた!
「物陰から見ている者は誰ですか」
気付かれた。ナメられちゃ駄目。毅然とした態度で。
「随分前から見学してたよ?」
「霞城くん、彼女が文だよ。和真を取られて寂しいんだよ」
「誰が寂しいなんて言ったのかな?」
「それなら覗きは止めなさい」
一気にいつもの雰囲気に戻った。なんなの!
「文さま、良ければご一緒しませんか」
「和真のリップサービスで良い気になってんの?」
嫌味を言ったのに、薄気味悪い笑みを浮かべるだけ。シューティングゲーム用の銃を差し出して来る。
「ご自分で確かめて下さい」
「必要ないの!百歩譲ってアンタが和真と遊ぶのは良いよ?けど、なんでアタシと和真が遊ぶ予定の時間にわざわざやるの?」
「文、我儘を言うな」
アタシと真白お兄様の間に立つ。その表情からは、なにを考えてるのか読み取れない。…なんかこの子、怖い。
「僕は娯楽のつもりで行っていません。頭首の命により指定された時間に訓練として行っています」
「訓練?」
「はい。文さまがいつまでも娯楽として行っているため、時間が削られたのだと思います。なにか反論はありますか」
真白お兄様が背中から抱き付くと、あからさまに嫌そうな顔をする。
「そうだね。うん、霞城はとっても賢いね。流石は僕の霞城だね」
「さっきから“僕の霞城”ってなにかな?」
「そのままだ。口出しするのか」
態度が違い過ぎる。この子と一体なにがあったの?
「違うよ?仲良くなったきっかけが聞きたいなって思っただけ」
「このシューティングゲームの意味も分からない愚か者に、僕から教えてやることなどない。座学でもして世界を知った気になっていろ」
使用人との子供は、鼻を鳴らして笑うと銃を片付け始める。
「貸して。アタシが勝ったらこの時間はアタシのものだから!」
和真が笑った意味を知るのは、勝負が始まってからだった。
いつもの銃と違うことは分かってたけど、なんで全然当たらないの。銃でこんなに違うなんて…。
「すごいね、すごいよ。流石は僕の霞城。圧勝だね」
「これは銃のせいだよ?いつも使ってるのと違うの。だから――」
「いい加減にしろ。どんな銃だろうと同じだ。などという甘い考えを持った文の負けだ。認めろ」
「その様子ですと、ご存じないのですね」
イラつく話し方。わざとだよ。のらないから。
「和真が文さま専用の銃を整備していたことです」
いつも同じ形の銃を適当に選んでるだけ。それに、そうだったとしてなんでこの子が知ってんの。
「何度か見学させていただきました。ちなみに僕は、銃の整備も自分で行っています。なにかご質問はありますか」
「し…知ってたよ?でも」
「でも、なんだ」
口から突いて出た言葉が続かない。
「悔しいなら鍛錬しろ。楽しいことは、苦行の先にしかないと僕は思うが。だよね、霞城」
アタシに厳しい言葉を投げた者と同一人物だとは思えない。
「真白お兄様の馬鹿!」
***
見つけちゃった。あの子、絶対霞城のお気に入りだよ。どんな子かな?
あれからちゃんと鍛錬したんだから、簡単には負けないよ?和真は少し手を抜いてたけど、それも分かるようになった。
体術を教えてくれた岳だってそう。もうA2に着いたかな。
大丈夫。アタシたちはこれまでだって生き残ってきた。強いんだよ?
「任せた。早く来て」
「はい、正雄さん」
「えぇ行っちゃうの?まぁ別にあなただけでも良いや。本命だしね。――ねぇ、夢を見てみない?」
異能『舌切り雀』
どこかの建物の中。真正面の椅子に男が座ってる。霞城じゃない。もっと歳上の男。ただこっちを見てる。
視界が暗転して、外になる。屋上?同じ建物かな。さっきの男が正面にいる他に、数人の男がいる。
手に持ったナイフを、正面の男に突き刺す。
…終わり?なにこの選択。
「さぁ、どっちが良い?」
こんなの決まってるよ?ってことは、アタシは勝つんだ。なぁんだ、これまでと同じで簡単。
「質問に答えるまで、動くのは口だけだよ。ねぇ、答えて?」
動こうとしたって無駄なんだから。
「屋内?屋上?どっちの未来がお好み?教えてよ」
「屋上です」
淀みなく答えた。嘘でしょ?普通相手が誰だって、人を殺す未来なんて選びたくないものでしょ?
「理由を教えて?」
「殺されるのなら、殺すのは私です。これは願望ではなく、決定です」
なにこの子。普通じゃない。
「でも、夢に出てくるほど好きなひ――」
危なっ。距離があって良かった。動き早いよ。でもそれより、
「なんで動いてるの?」
「あなたの異能なのですから、あなたの方が知っているはずです。私はただ、動ける様になったので動いただけです」
異能だって万能じゃないんだから知らないよ!本当になんで!?
反射的にナイフは防いだけど、他に投げられたなにかは当たった。なにを――ヘアピン?
「こんなモノ投げて、どういうつもりかな?」
「決まっています」
しまった!異能!
「自らの腱を断ちなさい」
「はぁ?なに言っ…嘘。勝手に…」
操作系の異能だ。ヘアピンなんかを当てて発動するの?
違う!違うよ!解明よりも今の状況をなんとかしなくちゃ!異能を解除する方法は必ずあるんだから。
「嫌!」
だって、アタシはまだまだ楽しいことを沢山するんだから。まだ足りないの。全然足りないの。
今まで努力してきたことが、もう少しくらい報われても良いじゃない?
ねぇ?真白お兄様、霞城。和真だって岳だって、そう思わない?
痛い。痛覚なんてなくなってしまうくらい痛い。なんでアタシがこんな目に…。
適当に口から出る言葉はもう、自分でもなにを言ってるか分からない。死にたくないって、そればっかりが頭を巡って仕方がない。
はっきりしてるのは、最期に見たのが少女の悪魔的な笑みだってこと。
次回は本編です。