第44話 ダンスの相手⑤
異能戦場の壁の中でも中央に当たる場所に、絢爛な建物があった。今日はそこで食事会が開催される。
「招待状を拝見いたします」
異能戦争参加者を全員集めて食事をさせる理由は不明だ。霞城さんもルール決定時の詳細は知らないらしい。
「確認させていただきました。突き当りの部屋へお進み下さい」
軽くお礼を伝え、進んでゆく。
失礼だとは思うが、弓弦さんが場慣れしていそうであることが意外だ。
北園という苗字を持っていた。そういった過去があったことを知らなければ、そう思っただろう。
扉が開けられると、そこには2つの長机があった。用意されている椅子は、右手から5つ、3つ、6つ、6つ。
一列以外は椅子が全て埋まっていた。左の列の手前には喜世さんがいる。一昨日の戦闘は無事終えたらしい。
良かったと言って良いものか分からないが、良かった。
食事会はマナー通り行われ、終始静かだった。口を開けば静かでいられないことが分かっていたのだろう。
これまでは当然知らないが、今回は。
食事を終えても、誰も席を立たなかった。晴臣さんをちらりと見ると、首が縦に小さく動く。
立ち上がった私に注目が集まる。北の一番奥に座る者の近くで立ち止まった。
「お渡ししたい物があります」
「少女は賄賂の渡し方も知らないんだな。まぁ良いだろう。見せてみろ」
北政宗の髪を差し出すと、少したじろぐ様子を見せた。
「亡くなった方の髪を切って供養する。そういった習わしがあったと読んだので、お持ちしました」
「そ、そんな習わしは北にないっ。早く仕舞え。第一、誰のものだ」
「北政宗さんのものです」
北の者だけではなく、他組織の者たちも目配せをしている。北政宗の強さは知るところらしい。
「お前が…殺したのか…?」
「はい」
でなければ、どうやって髪を持ち帰るというのか。
「どうせハッタリだ。戻るぞ」
やっと異能戦場へ赴いた東の構成員について、騒ぎになるかと思った。しかし敵に情報を渡す程愚かではないらしい。残念だ。
それとも、内通者になるとでも思っているのだろうか。
「では我々も失礼する」
一応の礼儀を持って出て行った西とは違い、南は睨みをきかせた視線を向けて出て行った。
ひとり小突かれていたが、どうしたのだろうか。
「私たちも戻ろうか」
給仕してくれた者に礼を言って出ると、戸惑った様子で頭を下げられた。作法は正しくとも、礼儀がなっていないらしい。
「さて、」
戻ってそのまま食堂に会した5名の前には、なにも置かれていない。口直しをしようというわけではない。
「じゃあ霞城くんから報告を」
「一番上座に座っていた者は、西真白。下の者たちにある程度の理解があるものの、それを表に出そうとはしません」
髪色は薄そうだった。その名の通り、白髪なのだろうか。
「その横に座っていた者は見かけたことがある程度で、名前も知りません」
「霞城くんの出生を考えるに、苗字が西でない可能性もあるね」
そうだろうか。C2で戦闘になった女性は、霞城さんと姉弟だと言っていた。苗字は西のはずだ。
確証はないが、反射の加減から見て銀の徽章を付けていた。
「…そうですね。その横の者は丸栖和真。腕利きのスナイパーです」
その間は、知っているな。西の苗字の者が銀の徽章を付けていることがあると。
「西文という女性は戦闘能力も低くありませんし、厄介払いも兼ねて赴くかと思いまし…なるほど」
正雄さんと私の視線が交差したのを見て、ため息を吐く。
「今の発言は気にしないで下さい」
「分かったよ。弓弦くんはどうかな」
「知っているのは、上座から2番目にいた者と4番目にいた者です。北辰巳と仙北谷螢」
苦い顔をしている。あまり良い思い出はなさそうだ。そもそも逃げ出す様な場所に、良い思い出などないか。
「辰巳さんは好戦的ではありませんが、強がりです。なので、遠距離戦を好みます。あと、器用貧乏な方…ですかね」
「“さま”呼びではないんだね」
「気色が悪いから2人の際は、と。専属秘書の様な役割もしていましたので、2人になる機会は多かったです」
“さん”ではなく“さま”で呼ぶのが通常ということなのだろうか。
そういえば真子さんは、私を絢子“さま”と呼んだな。
「螢は戦闘スタイルや能力については知りません。性格は少々気弱です。自分のことを見れば目に見えて驚くと思ったんですが、ご覧になった通りです」
「B3で基地を隠していた異能者だと思ってるの」
「はい。多く北の者を見たのが別の異能であれば、その異能者の可能性もあります。以上です」
小さく頷くと、私に視線を向ける。
「辛いことを思い出させてしまうけれど、絢子さんはどうかな」
「誰も覚えていません」
食事会にいた者をひとりひとり思い出すが、やはり誰も記憶にない。
「私たちを一時でも救ってくれた者。救おうと努力してくれた者。目立った悪意を向けた者。それらに該当する者はいません」
「見かけたことがある者はいるかもしれない。でも記憶に残るようなことをした者はいない。それでいい?」
「はい」
小さな笑みが4つ。なにか可笑しなことを言っただろうか。
「ごめんね。どこまでも絢子さんだなって思って」
よく分からない。
「質問を変えようか」
再び小さく笑った晴臣さんが居直る。
「赴いていないことに違和感のある人物はいるかな」
「ひとり、戦闘能力が高く頭も切れる様子の男がいました。いつもベレー帽を目深に被っていたので、人相は分かりません」
「人相が分からないのに、いないことは分かるの」
「上手く説明出来ませんが、彼はなにか“違う”のです」
纏っている空気が、妙だった。少なくとも私の前では多くの意見が通っていたことを考えれば、南か楠の者だろう。
余程死なせたくない者だったのか、それともここへ来る前になんらかの理由で死んでいるか。
「彼が今いないのなら、ここへは来ていないと思います」
私が殺せる者に殺されたとは思えない。
仮だが、喜世さんの様に戦闘時に雰囲気が変わる者がいたとしよう。しかし、それでも隠せないものがある。
あの中の誰かが彼を殺せたとは思えない。
「一度だけ、全員が揃った食事会があったんだけどね。南は私から見ても、小者ばかりだったよ」
大きく体制を崩したばかりの北に、ひとり殺されているくらいだ。予想は出来たことだ。
「じゃあ解散。明日は南と戦闘かもしれないからね。念のためゆっくり休もう」
各々が立ち上がり始めると、建物の扉が叩かれた。
「引き取りに来たのでしょう。出てきます」
しかし堂々と訪ねて来るとは、喜世さんも大胆なことをするものだ。
「誰ですか」
念のため扉を開けずに尋ねる。もし誰かと一緒に来ていては不味い。
「霞城を呼んでくれ。名は真白だ」
「開けて構わない。来ると思っていた」
言われた通り開けると、勢い良く入ってくる。制止が間に合わず、霞城さんの方へと向かって行く。
ルールがあるため、なにも起きないとは思うが…
「久しぶりだね、霞城。どうして連絡をくれなかったの?すごくすごく心配したんだよ。霞城が参加しているかもしれないと聞いてすぐに会いに行きたかったけど文も雄剛も部屋から出してくれなくてね。あ、大丈夫。雄剛は酒を飲ませて寝かせてきたから。それより霞城が無事で、本当にすごく嬉しいよ。僕の可愛い霞城」
抱き付いて頬擦りをしている。霞城さんはされるがままだ。満足したのか、やがて少し離れる。
「もっと離れて下さい。僕が連絡しなかった理由なんて分かっているはずです」
「ああ――やっぱり?そっか、そっか。僕自身で殺せないのが残念だよ」
頬に口付けをされた霞城さんが、頬をひくつかせる。
「やはりあなたが戦略パートですか」
「そうだよ。ねぇ霞城、西はきっと負けるよ。そうしたら西はどうなるかな。霞城が僕を使ってくれるのかな。ねぇ?」
「お断りします。もう出て行って下さい」
「駄目だよ。最期かもしれないんだから、もっと話そうよ」
嫌がる霞城さんに再度抱き付く。
食堂から出て来た弓弦さんが、なにも見えていないかの様に通り過ぎる。そして私に視線を向けた。
「西の建物に行って人を呼んできます。なにかすると暴力行為だとみなされるかもしれませんので」
「お願いします」
…とは言っても、であればこの者は既に死んでいそうだ。
「真白さま!」
聞こえたのは、扉が弓弦さんによって開けられた瞬間だった。
「もう来たのか、和真。仕方がない。戻るとするか。またね、霞城」
嵐の様な人だったな。
「霞城くん、随分と仲良しだね」
「何故か僕にだけああいった態度らしいです。そして、それを知っているのは極僅かな者のみだとか」
袖で頬を拭うと、ため息を吐く。
「なんにせよ、これで分かりました。西は、少なくとも真白さんは、わざと“東に”負けようとしています」
「理由に心当たりは」
「霞城さんと遊びたいから。そう本人も言っていました」
恐らく文という者もそうだったのだろう。
「狂った遊び方をするんですね。自分も似たような人物を知っていますが」
「佐治さんですか」
小さく笑った弓弦さんによって、建物の扉は閉められた。
次回は西文視点の番外編です。