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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第43話 ダンスの相手④

 目の前に置かれた、温かい牛乳が入ったコップに口をつける。半分程ゆっくりと飲み、コップを置く。


 「言い過ぎました」


 救うと約束した私が追い詰めてどうする。


 「そうだね」


 私に合わせてくれたのだろうか。晴臣さんは、ゆっくりと頷いた。


 「でも、私もなにか違うとは感じていたんだよ。絢子さんが言ったことで分かったんだ。霞城くんには緊張感が足りない」


 俯いている私の顔を覗き込むと、にこりと微笑む。


 「それにしても、2人の関係は不思議だね」

 「不思議…ですか」

 「絢子さんが霞城くんに頼り切っている。私はそう思っていたんだよ」


 いつだったか、そう言っていたな。実際、私は霞城さんがいなくてはなにも出来ないだろう。


 「思考を停止させ、霞城くんに全てを任せている。私にはそう見えたんだ」


 その通りだろう。私は結局、命がなくてはなにも出来ないのだ。言い訳にしないことに、意味などない。


 「けれど小西朔という者の話の際、霞城くんは絢子さんを頼った」

 「よく分かりません」


 私の言葉には小さく笑ったのみで、構わず続ける。


 「思えば、霞城くんは絢子さんに頼られることで自分を保っていたんだよ」

 「仮にそうだったとしましょう」


 晴臣さんがそう言う理由は分からない。しかし、私には否定する材料がない。ただ否定しても意味がない。


 「ですが西の使者として東へ訪れ、私と出会うまでの1年間。その間は、一体どうしていたのですか」


 私と霞城さんが出会ったのが2週間程前であることは伝えてある。


 「それは分からないよ。だけど私が思うに、霞城くんは以前から絢子さんを知っていたんじゃないかな」


 …そうだ。個人を認識してはいなかっただろう。だが、次に見かければ分かる程には認識されていた。

 あの霞城さんの自己中的な理由によって、私は識別されていた。


 「当たりだね」

 「ですが、霞城さんも見かけただけの様子です。それで何故…」

 「人の心の拠り所を理解しようって言うのかな」


 嫌な笑みを浮かべている。それ自体は不愉快である。しかし、言っていることは合っているのだからなにも言えない。

 そんなことは無理だ。


 「絢子さんは恭一を狂信しているよね。これにだって大層な理由があるとは、私には思えないよ」

 「…そうですね。壊れた私に優しく笑いかけてくれたのなら、誰でも良かったのかもしれません」


 否定すると思ったのだろうか。少し驚いた様な表情をしたが、すぐに優しく微笑む。そしてまた笑みを変え、小さく息を吸った。


 「じゃあ私に乗り換える?」

 「いいえ。今は違います。今はもう、ボスでなくてはいけないのです。上手く説明は出来ませんが」

 「それなら仕方がないね」


 私の頭へ伸ばしかけた手を、はたと止める。


 「逃げる場所がないだけです。手にはコップを持っています」

 「そうじゃないよ。当然なんだけど――絢子さんも笑うんだな、と思ってね」


 笑う?私が?

 顔に触れてみる。朝顔を洗うときと、顔の凹凸は変わらない様に思う。


 「絢子さんは自分の顔もよく知らないんだろうね」


 鏡を見ないのだから当然だ。

 何度か見たことはあるため、ある程度は把握している。だが、時と共に変わってゆくらしいそれを、私は知らない。


 「きっと、知らないのは自身だけだよ。絢子さんはとても可愛らしく笑うと、私は思うな」

 「――兄弟ですね。それとも、これが社交辞令というものなのでしょうか」

 「さてね。自分で確かめてみてはどうかな」


 顔が近付けられる。恐らく真っ黒であろう瞳に、誰かが映っている。

 誰かが、いる。


 大丈夫。今食堂には、私と晴臣さんしかいない。誰も、いない。誰も…?


 「荒療治が過ぎたかな。はっき――なければどう―――と思った――けど」


 言葉が途切れ途切れになってゆく。そこにいるはずの晴臣さんが、あの男に見えてくる。


 「――が悪い―、――ぶ?――さん、っと!ちょっ――て!落ち――」


 視界がぐらついて上手く現状把握が出来ない。手に持った、慣れた感覚のそれを兎に角振り回す。


 「はる――ん、なに暴れて…絢子さん!」


 名前。名前が、呼ばれた。教えられたとき以外、一度も呼ばれたことがない名だ。一度も?

 頭が痛い。


 隙を突かれ、後ろから羽交い絞めにされる。男にしては比較的小柄だ。筋力は体型の標準だろう。

 早く逃げなければ。――逃げる?一体どこへ?


 「早く霞城くん呼んできて」


 声が鮮明に聞こえる様にはなったが、音としてしか認識していない様な感じだ。遠くで聞こえた声を、無理に近くで聞かされている様な感覚。


 「でも…」

 「どう考えても霞城くんしか無理!早く。力強過ぎ」


 足音がひとつ遠ざかったかと思えば、違う足音が近付いて来る。視界はまだぐらついている。


 「離して大丈夫です」

 「こんな暴れてるのに無理」

 「つくづく平和な世界だったんですね。絢子さんは仮にも女性ですよ。ナニもされたことがないと思うんですか」

 「どういう…意味…?」


 羽交い絞めにする力が弱まった瞬間、風が吹いた。


 「南絢子さん、ここがどこだか分かりますか」


 戻り始めていた視界が、急に鮮明になる。


 「あ、目が合った。もう平気ですね」


 呆然とする正雄さんの横を通り過ぎる際、嘲笑う様な視線を向けた。


 「そのままの意味ですよ、お坊ちゃん」

 「正雄くん、連れてき…」

 「もう解決しました」


 正雄さんに向けた視線をそのまま晴臣さんにも向ける。


 「なにがあったんだい」

 「自分はなにも知りません。ただ、男性に羽交い絞めにされれば女性が暴れるのは当然だと思いませんか」

 「ああ…()()()()かい」


 晴臣さんは気不味そうな顔をして視線を逸らした。動かない正雄さんに、霞城さんが侮蔑の視線を向ける。


 「東が特別平和なわけではないと思います。見たいもの以外を見なかった結果ではないですか。ボスならすぐに気付いたでしょう」


 歩み寄って来た霞城さんの手が差し伸べられる。


 「手を煩わせて申し訳ございません」

 「君らしい言葉だと思う。けれど、だから心配だ」


 手を引っ張って、体勢を崩した霞城さんを受け止める。


 「大丈夫です。もう、大丈夫です。だから泣かないで下さい」

 「それは僕の台詞だ」


 いいや、私の台詞だ。本当は、もっと早く伝えなくてはいけなかったのだ。


 「お兄さんの父親を救えなかったことを、悔やんでいるのではないですか」

 「…巨大な力を前に、子供が出来ることなどないさ。分かっている」


 分かっていない。だから後悔しているのだ。全くなにも出来ないと思っていれば、ただ懺悔するしかない。


 「うぅーん。誰も言わなかったから聞かなかったんだけど、霞城くんの父親は総代なんだよね」

 「はい。母は使用人でした。厄介払いを兼ねて使いに出されたのです」

 「正雄くんはそれを聞いても、なにも気付かないのかな。私が言えたことではないけれど、流石に平和ボケし過ぎじゃないかな」


 引き攣った顔をする晴臣さんを、正雄さんは小さく睨む。

 本当に全く分かっていないのか。この人は“優しさ”を間違えていないだろうか。


 「西に結婚という制度があるのか。あるとしてどの身分まで認められているのか。それは知らないよ。けれど似たものはあるだろうね」

 「子供がいるということは、霞城さんのお母さまは旦那さんとそういった契りを交わしていたんでしょう」

 「そんな女性が、喜んで身を差し出したと思うのかな?」


 答えは明白だ。それでも産んだ子供を愛せるのだから、母親というものは実に偉大である。

 そして霞城さんの母親は、先に産んだ子供も守ってみせたのだ。


 「使用人と結婚する者が苗字を持っていると思うんですか。流石の東でも使用人とは結婚させてもらえないでしょう」


 栞さんは、晴臣さんの口ぶりからして使用人ではなさそうだったな。苗字持ちでない家の者の中でも裕福、といったところだろうか。


 「霞城くんが生まれたことで、苗字持ちの男と再婚させられた。そう考えるのが妥当だろうね」

 「お兄さんが苗字持ちということは、お母さまは子供を連れて再婚したことになります」

 「わざわざ修羅の道を歩かせるようなこと…」


 頭が沸いているのだろうか。


 「どちらでも同じです。生活に関する安全が確保されている分、連れて行けるのならそうした方が良いと思います」

 「問題になるのが、元旦那さんだね」

 「どういう対応だったのか知りませんけど、なんとか出来たかもって思う年齢までは生きてたんですよ」


 確認する様に霞城さんに視線が向けられ、首が縦に動く。


 「僕が5歳くらいになってからは、僕の家庭教師のようなことをさせていた。それまでは僕も知らない。必要がなくなるまでになにか考えなくてはいけないと思っていたけど、まさかね」


 いくらなんでも15歳の自分が使いに出されるとは思わなかったのだろう。それもそうだ。子供の話を真面目に聞くとは思えない。


 「出発する前日に事故で亡くなった。殺されたのさ」


 権力を過信する者に踊らされた者の末路か…。不憫だとしか言いようがない。


 「霞城さんに恐怖を植え付けるために、前日にしたんでしょう」

 「けれど貴方は屈しなかった。お母様に似て、強い方です」


 頭に沿ってそっと手を動かすと、霞城さんは私を抱きしめた。


 「ありがとう」


 その一言に、どれだけの思いが込められているのだろうか。私には、まだそれは分からない。

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