第40話 ダンスの相手①
戦闘エリアに出るとすぐに弓弦さんと別れ、霞城さんと正雄さんと共に東へ足を進めてゆく。
聞いていた通り、すぐにひとつ東のエリアに出た。確かにサバンナだ。今日は乾期の設定の様子。
多少見回りながら歩いているが、特になにもない。
…というのは間違いだ。
飛んで来た弾丸を刃物で弾く。
物陰に隠れられては、空気の流れは変わらない。分かるのはなにかが飛んで来たときのみだ。
「南西の木上部です」
弾丸が飛んで来た方角とは違う方角を告げる。正雄さんも分かっているはずだが、糸を飛ばす。
それと同時に、弾丸を放ったであろう者がA2へ向かって行く。
「止めるんだ。君では敵わない」
私の手を引っ張って止める素振りをする。追いかけさせないための言葉だとは思うが、不服だ。
「ここは僕が引き受けます」
「分かった」
弾丸の雨は完全に霞城さんを狙っている。正雄さんと私は攻撃されることなく、その場を離れることが出来た。
「本気で撃っている様には思えませんでした。知っている者かもしれません」
霞城さんが西の使者であること、とは敢えて言わなかった。
であれば、もし殺せなければ西を裏切っていることが完全に知られてしまう。
協力する素振りだけ見せるのだろうか。しかし簡単に信じるとは思えない。追いかけて来て、背後から攻撃してくるかもしれない。
「ん。でも大丈夫」
なんの根拠があると言うのか。
「彼はもう、東の人間。きみも」
なんとなく、そうか。と思ってしまったのが嫌だ。しかし、私にはこれ以外に返事は見つからなかった。
「はい」
A2へ行くと、粘り気のある熱そうな液体が吹き出る穴が沢山あった。これがマグマというものか。
晴臣さんの予想では北の者が見せたくないものがあるのでは、ということだった。仕掛けなら今はないだろう。
「出してみて下さい。焼けますか」
「なにソレ、卑猥な言葉に聞こえるね」
いつ攻撃して来るのかと思えば、姿を現すのか。情報を与えてやれば満足するのかと思った。
「こっちにもいるの。聞いてない」
「へぇ、じゃあノーバッヂの男か霞城を置いて来たんだ。それとも2人とも?」
霞城さんのことを知って…!
「霞城くんのこと、なんで知ってる」
「え?霞城の苗字知らないの?」
「ないって聞いてるけど」
「苗字ないヤツに金バッヂ持たせてんの?なにソレ、ウケる」
腹を抱えて笑ってはいるが、本気ではない。こちらの様子は常に窺っている。
戦場なのだから当然と言えば当然だ。しかしでは、何故そんな素振りをするのか。隙を見せているつもりか?
「俺は面白くない」
「だよね。でもアタシは少しだけ、楽しいよ。だから良いの。ねぇ、もっと楽しいこと、しよ?」
余程C1に行かせたくないらしい。正雄さんだけ行ってもらうことも出来るだろうが、道中誰もいないとは限らない。
あまり隔てるものがない。その上、糸と炎は相性が良い様には思えない。
「任せた。早く来て」
「はい、正雄さん」
「えぇ行っちゃうの?まぁ別にあなただけでも良いや。本命だしね。――ねぇ、夢を見てみない?」
本命?どういう意味だ。
女がにたりと笑った瞬間、視界が歪む。異能を使われたか。視界がある内に少しでも傷を。
足を踏み出したが、着地したそこは火孔ではなかった。
武装本部の、ボスの部屋だ。
ボスが椅子には座って微笑んでいる。しかし瞬きをした瞬間にいなくなってしまう。椅子には、誰も座っていない。
探しに部屋を出ると、屋上に立っていた。ボスの他に数人がいる。
気付くと、手に慣れた感触があった。手元に視線を向ける。手に持った刃物がボスに刺さっていた。
「さぁ、どっちが良い?」
女の声がした。ボスを刺した姿勢と同じ姿勢でいる。
幻覚でも見ていたのだろうか。いや、戻ったのなら、それがなにであろうと今の問題ではない。
相手は無防備に立っている。距離を詰めて髪留めをあて…動かない。
「質問に答えるまで、動くのは口だけだよ。ねぇ、答えて?」
相手は動くことが出来るのなら、多少の動きはあるはず。しかし全く動いていない様に思える。動けないのは相手も同じか。
「屋内?屋上?どっちの未来がお好み?教えてよ」
なにを見たのかは知っているのか。
「屋上です」
「理由を教えて?」
「殺されるのなら、殺すのは私です。これは願望ではなく、決定です」
だから戻ったとき、ボスは生きている。それ以外の回答は認めない。
「でも、夢に出てくるほど好きなひ――」
五月蠅い女だ。喉を引っ掻きろうと距離を詰めるが、遮られてしまう。
「なんで動いてるの?」
「あなたの異能なのですから、あなたの方が知っているはずです。私はただ、動ける様になったので動いただけです」
恐らく回答が不十分だと思っていたが、異能にとっては十分だったのだろう。動けないと思っていたが咄嗟に身体が動き、防がれた。
だが、防いだのは刃物だけだ。投げた髪留めは防げていない。
「こんなモノ投げて、どういうつもりかな?」
「決まっています」
異能『赤い靴』
「自らの腱を断ちなさい」
「はぁ?なに言っ…嘘。勝手に…。嫌!」
私が自ら異能を解除することはない。大人しく転がれ。
「痛い!痛い!痛い痛い痛い痛いイタいイタいイタいいたいいたいいたい」
五月蠅い女だ。騒いでもなにも変わらないというのに。
「お願い!殺さないで!」
大粒の涙が次々と零れる。それによって、瞬く間に顔が汚れていった。
「戻れば東の地位を約束するよ?ね?」
「興味も保証もありません」
「力ならあるんだよ?そうだ、霞城に聞けば分かるから」
ああ、そういえば霞城さんのことを知っているんだったな。
個人の戦闘能力と異能は関係がないとはいえ、警戒し過ぎていたのだ。戦闘能力のない者に、異能を使いこなすことは難しい。
「霞城さんとはどういった関係ですか」
「母親は違うけど、姉弟だよ」
西の総代、頭首の子供ということか。つまり、霞城さんを虐げた者のひとりというわけだ。
どれだけのことをされたのか。それは当然の様に知らない。言いたくはないだろう。知られたくはないだろう。
だから実体験だ。地上へ行った際の空気の悪さは、忘れるはずもない。
幸福を知っていれば、あの空間にいることが辛いものであることは分かる。私でさえ居心地の悪さを感じていたのだ。
「ところで、ひとつ勘違いしている様子なので訂正をさせていただきます」
「なに?なにか不満なことでもあった?」
「はい。“保証がない”というのは、西が異能戦争を制する保証です」
そうなった際本当に出来るのかは、この際どうでも良い。それ以前の問題があるからだ。
しかもこの者が他組織に殺されないという保証はない。移動が出来ない今、西の者からも見捨てられるかもしれないのだ。
「そんなの、東が一番ないでしょ?だったらアタシと約束しよ?」
命乞いを見るのも飽きた。正雄さんに早く追いつく様言われている。それに聞いてやる義理もない。
心臓を一突きし、異能の本を手に取り駆け出した。
C3は本当に建物の内部がエリアになっていた。天井がある。場所によっては雨が吹き込みそうだが、影響は大きくないだろう。
空気が溜まっている場所へ行くと、正雄さんが誰かを糸で捕らえていた。
「お待たせしました」
「本当に少女が参加して…」
その状態で口が利けるとは驚きだ。右足と両腕がない。腕は指が切り落とされた状態で転がっている。
…なにを聞いたのだろうな。
「基地の場所、教えてくれない」
それなら、さっきの女に聞けば良かった。口が軽そうだったのに、しまったな。心が荒立っていて忘れていた。
「無駄ですよ。言う者は、爪を一枚剝がしただけで言うのです。言わない者は、なにをしても言いません」
私は爪を剥がされなくとも言う。
なんと素晴らしい忠誠心か。感心する気にもなれない。それとも、ただ恐れているだけだろうか。
「お疲れ様でした。ご冥福をお祈り申し上げます」
「待ってっ」
西の者は命乞いが多いな。北政宗の様に、潔く死ねないものか。
「ひとつだけ教えてほしいことが…」
ひとつ。
なんとなく分かる。時間稼ぎではない。死を覚悟した者の目だ。死の間際に知りたいこと。それはなんだろう。
「答えられない質問であれば直ちに殺します。冥途の土産になれば良いですね」
「霞城くんがいるって、本当…?」
「その方とは、どの様なご関係ですか。伝言があれば伝えましょう。探して差し上げますよ」
一筋の涙が、頬を伝った。それでやっと気付いた。この者は、これまで涙ひとつ流していなかったのだ。
このエリアに入って、遠くから声が聞こえたということもない。叫び声を上げなかったのだ。
「――南絢子と申します。お名前をお伺いしても良いですか」
「小西朔と申します」
「その名は必ず伝えましょう」
小さく微笑むと、そっと目を閉じた。
「おやすみなさい」
首を掻っ切ると、服を探った。異能の本は持っていないのか。それにしては、あまり武装していない。
近接戦が得意な者だったのだろうか。それなら、この配置は間違いだ。
髪を切り取り、機械に触れてポイントを確認する。900ポイントのままだった。
「基地に多く配布しているのかもしれません。どうしますか」
「あっち」
はっきり言い切ったのだから、なにか考えがあるのだろう。歩き出す背中を追いかけた。