表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
43/171

第38話 過去と未来②

 私が気持ちとして一歩引いたことには気付いただろう。だが、それを意に介さず続けて語る。


 「母親たちがなにをしても、2人は興味を示さなかったよ」


 そこでふと、ある考えが浮かんだ。

 兄である自分を母親が推さない。晴臣さんはそのことに、不満を持っていたのだろうか。

 どちらかと言えば、晴臣さんも興味がなさそうだ。しかし面白くはないだろう。


 「私もあまり興味はなかったけどね、母親の手を煩わせたくなくて“そういう風”を装っていたよ。幼い頃は特に、皆そうだと思う」


 総代を目指すものなのだと言われれば、そうするしかないのだろう。地下になどいなくても、どこにも自由などなかったのだろうか。


 「そんな中で、正雄くんの母親が倒れたところを私が目撃した。正雄くんはわざと発見を遅らせたんじゃないかと思っている」


 晴臣さんが戦略パートの者として異能戦場にいることは知っているはず。

 それなら正雄さんにとって赴くことに対する問題は、私だけではなかっただろう。だが、そんな様子はなかった。


 知らなければ見えないこと、覚えていないこともあるだろう。けれどそんな風には見えなかったという感想は変わらない。


 ここでのやり取りだってそうだ。母親を見殺しにした相手を恨む様な素振りではなかった。

 殺気は別として雰囲気は、嫌なことを言われて怒った。そんな感じだ。


 「――っていうのが、東の家での噂話だよ」


 この人嫌い。


 「実際は、私と正雄くんの2人で見たんだよ」

 「正雄さんのお母さんが倒れたところを、ですか」

 「そうだよ。それで私が止めたんだ。“これ以上醜くなっていく母親を見たいのか”って」


 では、正雄さんは自分の母親を見殺しにしたのか。いいや、亡くなることまでは望んでいたなかっただろう。

 しかし結果として、亡くなってしまった。

 自分が赦されないとは思っているが、微塵も後悔をしていない晴臣さんに怒りを覚えた。そんなところだろうか。


 「私は総代の座よりも、理解を示し合わせられる者が欲しかったんだ。持っている正雄くんが羨ましかったよ」

 「正雄さんのお母さんが亡くなれば、正雄さんや栞さんがどうなるか分かっていて止めた。そんなこと、言わないですよね」


 私の発した声は、震えていた。

 違うと言ってほしい。嘘で良い。茶番で良い。なんでも良いから


 ボスと同じ様に微笑んで、そんなことを言わないで。


 「知っていたよ」


 嫌だ。違う。


 「何故ですか。僻むのは勝手です。でも、それで人の人生を狂わせるなんてことが、何故出来るのですか」

 「簡単だよ。私がそういう人間だから。それだけだよ」


 にやりと、不気味な笑みが浮かべられる。

 昨日の地図についても、そういうことだったのだろうか。


 「南絢子、君が狂信している東恭一も、そういう人間だよ」

 「違う!」


 ボスはそんな風に、全く他人の人生を狂わせることなんてない。

 自覚がないこと。仕方のないこと。そういうことを数に入れれば、きっと誰もが一度は誰かの人生を狂わせたことがあるだろう。


 「違わないよ。恭一は婚約者候補を次々と殺した。断るより、殺す方が早いからだよ」


 自分勝手な理由で他人の人生を狂わせる?しかもそれを自覚して?そんな者が沢山いてたまるものか。

 ボスがそうであってたまるものか。


 「それが、こんな壊れた少女を傍に置くなんてね。少年も幾分か壊れている」

 「ボスはそんなことを、しません」

 「もうその話は終わったよ」


 常に過去は過去でしかない。過去を終わったと表現するのなら、終わっているだろう。しかし過去は今を形成する。

 過去はいつまで経っても、終わりはしない。


 「恭一のなにをそんなに気に入ったのか、私には分からないよ。でも恭一が絢子さんを気に入る気持ちは、分かるかな」


 分かってたまるものか。理解など必要ない。ボスが私に良くしてくれる理由など、ボス以外が知らなくても良いのだ。


 「それで、霞城くんとはいつ会ったの?」

 「栞さんと晴臣さんの関係をまだ聞いていません」


 わざとらしく驚いた様な顔を作ると、小さく頷く。怒りを覚える顔だ。


 「たまに顔を合わせる程度だよ。呼び方は、気を引くために言っただけ。騙されちゃった?ごめんね?」

 「最低ですね。なにがしたかったのですか。意味が分かりません」

 「調教だよ」


 これが異能戦争を生き残るために必要だとは、とても思えない。

 辞書通りの意味で使っていないとは、そういうことだったのか。しかしどういう意味なのかは分からない。


 「難しい方がやり甲斐がある派なんだ。君を私の物にするよ」

 「嫌です」


 晴臣さんのその笑顔は狂っていて、ボスのものとは全く違った。そう、全く。


 「…霞城さんと初めて会ったのは、2週間程前です」

 「随分と最近なんだね」

 「質問には答えました。失礼します」


 食堂を出ると、その勢いのまま建物も出た。行く当てなど当然なかった。それでも、あそこにいる気にはなれなかった。

 市場とは真逆の、静かな方へと向かう。


 階段の上にある建物の横を通り抜け続け着いたのは、見晴らしの良い場所だった。門まで一望出来る。


 「女の子供…?」


 先約が振り向き、驚いた顔をした。腕章をしている。どこの者だ。色彩感覚がないことが露見するのは不味い。


 「上の人の我儘には、付き合い切れない。あなたもその口でしょ。でももう、その我儘を聞くこともない。そう思うと――」


 その女性は、泣いた。静かに、綺麗に、泣いた。風が攫った涙が、私の頬に触れる。妙に温かいそれを、私はどうにも出来ずにいた。


 「恨みなんてしない。そういう場所だから」


 この儚い様子からは想像が出来ないが、北政宗が我儘を言って連れて来たという女性だろうか。確か名前は喜世さん。

 変わり者だが慕う者が多い、という場合もあるだろう。断定は出来ない。


 「なにも話さないなら、どこか別のところ行って」


 小さくお辞儀をして背を向けるが、あることを思い出して立ち止まる。


 「大変申し訳ないのですが、帰り道を教えていただけませんか」

 「…え?」

 「帰り道をおし…」


 違った。これは聞こえなかったのではなかったな。


 「夢中で駆けて来たものですから、どう来たか自信がないのです」

 「なにそれ。良いよ」


 手が差し伸べられる。この形は、握手だ。


 「北浦喜世(きたうらきせ)。あなたは」


 判断を仰ぐ者はいない。どうするべきなのだろう。


 「知らない人と話さない。お母さんとの大事な大事な約束か、上の人からの命令があるなら自分で帰って」


 引っ込められそうな手を、無理に握る。


 「失礼しました。南絢子と申します」

 「南?」


 腕章に目を向ける。同然の行動だろう。私が付けているものは、東の腕章だ。


 「東は、馬鹿なの?」

 「否定しかねます」


 南の中に私のことを知っている者がいれば、食事会の際にでも分かることだ。

 多分、今誤魔化すことは出来る。それは誤魔化していると分かれば、喜世さんが聞いて来ないであろうからだ。


 「面白い。こっち」


 ふわりと笑って歩き出した喜世さんの後ろを、追いかけた。手招きで横を歩く様に言われ、その通り横を歩いた。


 「なんで道も分からなくなるほど夢中で走ってた」

 「言い争いと表現すれば良いのでしょうか。それで、飛び出して来たのです」

 「胴バッヂはひとり。そう聞いた」


 また徽章の話か。これを付けて基地へ行ったときの、皆の反応が懐かしい。しかし、分からない。


 「これは、それ程大切な物なのですか」

 「エキセントリック」


 益線とリック?物語だろうか。どんな関連性があるのだろう。


 「本家なのに驕らない。バッヂ持ちでない者に敬語。しかも北浦なんていう、分家の分家。なんで」

 「年上には敬語を使うものだと、本に書いてありました」


 それに御家柄のことは、北に限らず全く知らないと言って良い。


 「そう。…ここからは独り言。北政宗と当たったのは誰」


 それを聞いてどうするのだろう。恨まないと言っていたのは嘘なのだろうか。なんにしても、今度の食事会で知ることになる。

 独り言だと言っていたし、下手に返事をすることはない。黙っているのが良いだろう。


 「分かってる。ごめんなさい。ただ最期が聞きたかった」


 瞳には涙が溜まっている。私は、後悔しないのだろうか。


 「…誰にも言わないと約束して下さい」


 驚いた様な顔が、決心した様な顔に変わる。そして大きく頷いた。


 「言わない。約束する」

 「次の食事会で分かります。それ以上は尋ねないで下さい」

 「分かった。ありがとう」


 殺したのが私だと知ったとき、喜世さんはこの言葉を後悔するのだろう。けれど、それは私にはどうにも出来ない。

 過去は決して、変えられないからだ。


 「3つ目の階段を降りたら分かると思う。分からなくても、そこなら人がいる」

 「分かりました。ありがとうございます」


 礼をした瞬間、あのけたたましい音が響いた。


 『これより15分後、南と北の戦闘エリアへの門を開きます』


 「健闘を祈ります」


 小さく頷いて素早く去って行く。


 正雄さんが戦闘を避けた者であるのなら尚更、死んでもらった方が良い。それは分かっている。

 だが、慕った者の最期も聞けずに逝けるだろうか。ましてや、聞けると分かっているにも関わらず。


 私には出来ない。


 今思えば、ボスがああ言った理由をきちんと考えるべきだった。街へ出るのが最初で最後だと言った理由だ。

 私が異能戦場から戻ったとき、ボスは存命だろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ