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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第37話 過去と未来①

 日付が変わった瞬間にでも戦闘が始まるのでは。そう思い、眠れずにいた。眠ろうと努める程、目が冴えてゆく。

 朝日が昇り、霞城さんが料理をする音が聞こえ始める。心地良い音だ。


 調理場へ行くと、振り向いた霞城さんが微笑んだ。


 「おはよう」

 「おはようございます」

 「眠れなかったようだ。ここで少し眠ったらどうだい。僕が見ている」


 今日も戦闘があれば、睡眠不足は問題だ。そうさせてもらおう。なんだか、眠れそうな気がする。


 「危ないから手に持っているそれは仕舞うんだ」

 「なにも…持って、いません」


 寝ぼけた頭で辛うじてそう答え、机に突っ伏せた。軽く腕になにかが触れたが、覚えのある感触だったため気にせず眠った。




                  ***




 「おはようござ…ってなにを持って寝ているんですか、危ないですよ」

 「僕もそう言った。けれど、なにも持っていないらしい」

 「癖って怖いですね。でも本当に危ないですよ」


 眠り始めてから、どれくらい経ったのだろう。ぼんやりとした頭に、妙にはっきりと会話が響く。


 「でも扱いには慣れている。それにこの状況で一番きけ…」

 「わっ!自分です!弓弦です!」

 「言わんこっちゃない。この状況で一番危険なのは君だ」


 霞城さんの視線が、私の奥へと向いている。そこには、私に刃物を向けられた弓弦さんがいた。


 「おはようございます」


 持っていた刃物を仕舞い、軽く頭を下げる。


 「…おはようございます」

 「もうすぐ出来る。2人を呼んで来てくれないかい」

 「必要ない。弓弦くん、声が大きい」

 「今のは弓弦くんが悪いと思うな。それにしても、女性の寝込みを襲うなんて大胆だね」


 納得出来ない、とでも言いたそうな顔をしている。


 「少なくとも、僕の忠告を最後まで聞くべきだった。それだけは確かじゃないかい。はい、早く運んで」

 「分かりました…」


 不服そうな顔のまま皿を持って食堂へと向かう。


 「お騒がせしました」

 「本当だよ。それにしても、霞城くんは絢子さんを甘やかしているね」

 「申し訳ございません」


 私が不服を申し立てると思ったのだろう。意外そうな顔をしている。


 具体的なことは、なにひとつ分からないままだ。しかし、甘やかされているという事実を受け入れるべきだとは思っている。

 命令という免罪符は、出来るだけ使わない様にしようと決めたのだ。そう。決めたのだから。


 「スープが冷めてしまうよ?早く食べよう」


 食堂で椅子に着き、手を合わせる。


 「昨日聞きそびれたんだけど、恭一以外の兄弟たちは元気かな」

 「普通」

 「正雄くんは相変わらず反抗期だね。でも元気なら良かったよ」


 皿を見ていた正雄さんの瞳が、じろりと晴臣さんを捕らえた。これ程の殺気をどこに隠しているのだろうか。


 「赦されたいとでも思ってるの」

 「なにを?」


 その笑顔は、なにを指しているのか分かっているな。


 「…別に」

 「そっか。今日は市場に行ってみようよ」

 「行きません」

 「なぁに?今の、気になる?」


 …嫌な笑顔だ。

 それに大抵の者は気になるだろう。実際私は、気にならないと言えば嘘だ。だが、理由はそうではない。


 「ボスと以外は行きません」

 「そっか。恭一が大好きなんだね」


 気味が悪い。気色が悪い。その笑みを早く仕舞ってくれ。


 「僕はひとりで行きます。片付けは戻ってからするので、置いておいて下さい」

 「自分がやります」

 「じゃあ頼もうか。では行ってきます」


 言って早々に皿を持ち、出て行ってしまう。どうしたのだろう。今のことについて、なにか知っているのだろうか。

 いずれにしても、誰かが話すまでは聞かないでいるべきだろう。


 「私も出ます」

 「市場に行かないのに、どこへ行くのかな。迷子になって戦闘パートに参加出来ない、なんてことは止めてほしいんだけどね」

 「北の者を訪ねます」

 「何故かな」


 纏う空気を重くして、それでも笑顔のまま、晴臣さんは問いかけた。

 嘘を吐くと後々面倒そうな雰囲気だ。元々嘘の吐けない私には、直接的に関係ないことではある。


 「北政宗の髪を届けます」

 「それを受け取ると思うんだね?」

 「…あることを知らなければ、受け取ることも出来ません」


 答えている様なものだった。だが、どこの者であろうと“出来ることならしてやりたい”と思っていると信じたいのだ。

 違ったからと言って、私がなにかを思うことはないだろう。しかし行動しなければ、私はそれを嘆くだろう。


 つまりは自己満足だ。


 「北政宗と戦闘したことは、もしかしたら知られていないかもしれない。だけど、行けば確実に知られることになるよね」


 こればかりは、なにが言いたいのか分かる。小さく頷いてみせた。


 「警戒される。それが今後にどれ程影響を及ぼすかは分かりません。しかし、その事実は理解しています」

 「それでも行くんだね」


 晴臣さんの目をしっかり見て、再度頷いた。

 そんな私に、晴臣さんはただ微笑んだ。ボスと同じ、見透かした様な笑みだ。だがボスとは違い、本当に見透かされている気にはならない。


 「それならいっそ、今度の食事会で渡そう。他組織の前で、堂々と。正雄くん、どうかな」

 「好きにしたら。止めてもやる気なのに聞かない」


 そうかもしれない。命令を言い訳にすることを止めたのであれば、私はなんとしてでも北政宗の髪を北の者へ届けるべきだろう。


 「じゃあそうしよう。ところで、霞城くんとはいつ知り合ったのかな」


 何故そんなことを聞くのだろう。


 「ごちそうさま。弓弦くん、2人の分も食器お願い」

 「はい」


 再び重くなった空気から逃げる様に、皿を持って食堂を出て行った。


 「俺に聞かせたいの。違うなら聞きたくない」

 「じゃあ出て行って良いよ」


 不気味な笑顔を浮かべる晴臣さんを小さく睨むと、食堂を出る。睨まれた方の晴臣さんは、気にしている様子が全くない。


 「教えてよ」

 「何故それを知りたいのですか」

 「興味があるからだよ。君は随分と、恭一を狂信しているね。でも霞城くんを頼り切っている。3人の歪な関係を知りたいんだよ」


 面白がられているというわけか。不愉快だ。


 「その様な理由であれば、拒否します」

 「そっか。残念だよ。栞ちゃんが命懸けで救った子のことが、知りたかったんだけどね」


 正雄さんの恋人のことだろうか。そんな呼び方をするなんて、晴臣さんとはどんな関係なんだ。


 「気になる?正雄くんの恋人と、私の関係が」


 人の神経を逆なですることに喜びを覚えるのだろうか。趣味が悪い。


 「他者の大切なことを嗤う者に、大切なことを教えられると思うのですか」

 「それも良いと思うよ。さっきのことが、本当に気にならないならね。これは絢子さんに関わることでもあるんだよ」


 どこまでが本当が怪しいものだ。しかしこう言えば私が食いつくことは分かっているだろう。


 「先に聞かせていただければ、答えます」

 「じゃあそうしようね」


 満足そうな笑み。やはり乗るべきではなかったか。この人は一体なにがしたいのだろう。


 「総代には7人の奥さんがいてね。私と恭一の母親は3番目で、正雄くんの母親は7番目の奥さんだったんだよ」

 「過去形ですか」

 「正雄くんの母親は亡くなっているからね。7番目の奥さんの子供のうえに、兄弟の中では歳が若かった。そして口下手」


 それは今も変わらない。

 この流れで亡くなった母親について話す。そして“赦す”ということは、その死に関わっているのだろうか。


 「正雄くんを次期総代に推す声はそれなりにあったんだけど、色々あって東泊へ養子に出されたんだ。それ以降途端に聞かなくなったよ」

 「それが大切だという者もいるでしょう。しかし正雄さんにとっては“そんなもの”なのではないでしょうか」

 「そうだね。色々っていうのは言っても分からないだろうから端折るけど、母親が亡くなったことで諸々の事情が急展開したんだよ」


 そう堂々と言われると、特に言及する気も起こらないな。確かに東の内情については全く分からない。


 「栞ちゃんは苗字を持たない者だったんだ。だけど正雄くんと婚約していて、それを総代も認めていたんだよ」

 「だけど…ですか」

 「そうだよ。それが多くの者から見た事実だよ。少々悲しくは思うけど、変えたいとは思わない」


 恐らく私もそうなのだろう。3年半もの間、ボスに正体を隠していたのはそういうことなのだ。

 拷問を避けたかったというのもある。しかし私は、なにも変えるつもりがなかったのだ。だから黙っていられたのだ。


 「“諸々の事情”の中には栞ちゃんのこともあってね。死人に口なしって言うでしょ?そんな感じで南に行くことが決まったんだ」

 「それで何故正雄さんが晴臣さんを恨んでいるかの様な、あのやり取りになったのですか」

 「正雄くんの母親が倒れたところを、私が目撃したからだよ」


 対応が良ければ、という思いではなさそうに思える。ということは、見殺しにしたと思っているのだろうか。


 「あの頃私たちの母親と正雄くんの親は仲が悪かったんだ。次期総代争い関連って言えば良いのかな」

 「ボスも正雄さんも興味がなさそうですが」

 「だからだよ。だから母親が必死になるんだ。なってしまったんだ」


 最後の、妙に熱の入った語り。それに私は一歩下がる気持ちになった。

 これまでで一番嘘っぽいそれが、気持ち悪かったのだ。

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