第36話 望んだ茶番④
失笑した晴臣さんに鋭い視線を向けているのが、見なくても分かる。
正雄さんの恋人が南へ行くことになった理由に関係しているのだろうか。それとも、3年半前に私が逃げて来たことに関係しているのだろうか。
いいや、恋人の他にも大切な人はいるはずだ。例えば、親。
「私のせいだなんて、人聞きが悪いよ」
「最終的に決めたのは俺。でも…もういい。きっと、言っても分からない」
「そうだね。私と正雄くんが理解を示し合わせることは、ないと思うよ」
理解を示し合わせる…
この人は、ただ孤独を嘆いているだけなのだろうか。それにしても、悪ふざけが過ぎる。
「込み入ったことは関係者のみでお願いします」
その笑みは、やはりなにかを騙していた。地図の印についての話題になってから、様子がおかしい気がする。
「正雄さん、弓弦さんが後手で持っている物を確認して下さい」
首を傾げながらも、弓弦さんの後ろを覗く。すぐに、小さなため息を吐いた。
「ハンドガン」
「撃つつもりがあるのですか」
「あります。ですが、対象はなんでも構いません。あそこにある花瓶でも、隣の椅子でも――絢子さんでも」
元来あまり発言する性格ではないのだろう。努力には限界がある。しかしだからと言って、そういう頼り方をするのか。
机に置いた銃を見て、力なく笑った。
「自分はこうやって生きてきたんです。戦いとは無縁に近い場所であったから、強くいられたんです」
「そんな物に頼らないと発言出来ない。その環境は、上の者が悪い」
「そして、君は戦場でも強い。北の者と争って生き残ったのが、その証拠だと思わないかい」
徐々に、瞳に溜まってゆくものがある。
今の言葉がどれ程重要なものなのか、私には分からない。ただ、それが分かったら少しは善い者になれると思った。
「話を戻す。東が元々持ってた基地はどこ」
差し出された地図には、印が11つ付いていた。
その横には東西南北が書かれている。現在も所有しているかは当然不明だろうが、取られた組織だろう。
A2が北東と南西。其々南と北に取られている。B1は北に南西を。B2は南に北東を。B3は南に中央を。C1は南に南西を。C2は北に北西を。
C3にはもうひとつあったのか。北西にある基地を西に取られている。
「北は戦略的だから当たりたくはなかったんだ。だけど、考えられるからまだ良かったんだよ」
7つ中3つを北に取られている。その言い訳だろうか。しかし南には3つ取られている。西にだって北と同じ数、2つ取られている。
「でも南は違う意味で当たりたくなかったな。全く読めないんだよ。特に最初の頃は全く」
ちらりと見られても知らない。東寄りの辺境の地で起きたことだ。あそこでの出来事が、全て嘘の可能性もある。
ただ、人の根性とは演技ではどうにもならないこともある。そして台本を書いた者が狂っていれば、全員が狂って見える。
「例え地下に幽閉などされていなくとも、子供が知っていることは多くありません。自身も体験したのではないですか」
「それもそうだね」
霞城さんが言うと妙に説得力があるな。
ふと疑問に思った。
この性格はなにによって形成されたのか。仮に地下に幽閉されていなかったとして、皆と同じ様に振る舞うことは出来たのだろうか。
仮の話をしても意味がないことは十分承知している。ただ、何故かそんな疑問が湧いて出たのだ。
また見つけられない答えへの問いが増えてしまった。
「現状どこが所持してるか分からないから、作戦には変更なし。そういうことで良いの」
「そうだね。よし、今度こそご飯だね。お腹空いたよ」
「では作りますので、少々お待ちを」
「え、自分がやります。霞城さんは座っていて下さい」
慌てて立ち上がった弓弦さんに、小さく首を振る。
「好きなことをするだけだ。気にする必要はないさ」
霞城さんが作ると、また草が出てくるのでは…?嫌だ。あれは食べ物ではない。決して違う。
「分かりました。お願いしま…」
「弓弦さんも参加しましょう」
「でも自分はただ出来るだけなので、かえって邪魔になってしまうのではないでしょうか」
いいや、手は多い方が良いはずだ。しかし何故だか私がやろうとすると全力で止められる。だが、弓弦さんなら良いだろう。
「やってみなくては分かりません。案外才があるかもしれません。そうです」
「持って来た物は備蓄が出来る物だ。君の大好きな野菜はない」
では何故無理に食べさせたのか。
戦場では特に、食糧を無駄にすることは出来ない。慣れさせるためだと思っていたが、違ったのだろうか。
もしや、食事会で出されるものが草ばかりなのでは…?行きたくない。
「だから問題ない。ゆっくりしているんだ」
「それも絢子さんには難しいのかな」
霞城さんは、小さな笑みを残して部屋を去って行く。それと同時に、晴臣さんのポケットから紙の束が出て来た。
「じゃあ待っている間、トランプゲームでもしようよ。持ち込んだは良いけど、ひとりじゃ出来ないからね」
「そんなもの持って来たの」
少し前までの不穏な雰囲気はどこへ行ったのか、一転して和やかな雰囲気になる。なんとも言えない気持ち悪さを感じた。
「頭の体操に良いと思ったんだよ」
図鑑で見てそういった賭け事があるのは知っていたが、実物を見るのは初めてだ。頭の体操になるのか。
「ルールが分かるものはあるかな」
「一般的なものなら大抵は」
「自分もそんな感じです」
「ポーカーなら出来ると思います」
何故か視線を集めた。
「何故ポーカーだけなのかな」
「図鑑で見ました。実際にやったことはないので、出来るかどうかは分かりません。賭ける部分は特にそうですね」
「一体なんの図鑑を見たら載ってるの」
図鑑と一口に言っても、様々な図鑑を読んだものだ。あれは確か、娯楽図鑑だっただろうか。
初めはなにを見せられているのかと思ったが、読むと案外面白い。娯楽を書いているのだから当然と言えば当然なのだろう。
「娯楽図鑑です。他にも載っていましたが、よく分かりませんでした」
札を並べるだけのゲームや、揃えるだけのゲーム。素早く重ねるゲーム。なんの意味があるのか分からず、ルールが理解出来なかった。
「本当に変わった子だね…」
困った様な笑顔で小さく首を傾けると、札をかき混ぜた。
***
「また負けた…!絢子さん強くない?なんで?」
何故と聞かれても、なんと答えて良いものか。配られた札が良いものなのだ。
「絢子さん、良いカードが来ても適度に捨てるんです。それが接待プレイの第一歩です。例えば…」
言いながら伏せられた捨て札を表へ返す。下3つの札は10。そして出した札には7が2つ。持ったまま見せている。
つまり両手は塞がっていて、銃は持っていない。
「賭け方は難しいと思いますから、まずはそこですね」
「普通に出来るだけって言っていたのに」
「勝てないと癇癪を起こす先輩が、ポーカー好きなんです」
そんな先輩は絶対に嫌だ。面倒極まりない。
「私は癇癪を起こさないよ。普通にやって」
「…と、癇癪を起こす者は言います」
「そんなことないよ。少なくとも私は」
「弓弦くん、あまり晴臣くんのこといじめないで。面倒」
くすくすと小さく笑うと、軽く頭を下げる。
「失礼しました。自分をここへ赴くよう推薦した者がボスをからかうのが大好きでして」
「貿易のボスって変わったの?」
「変わってない」
わざわざ確認したくなることらしい。確かに普段からあの様子では、からかおうという者などいなさそうだ。
「ここは暴力禁止ですし、晴臣さんは戦闘要員ではありません。なので、少しやってみたくなってしまいました」
行動は大胆なのだろうが、人選が消極的だ。
「正雄くんだと戦闘パートのときに殺されそうなんだって」
「一番安全だというだけで、危険だとは思っていません」
「ん。配って」
それから何度勝負しても、弓弦さんの掌の上で踊るばかり。時計を見ると、1時間程経っていた。
そろそろか。
ひとつ違いで揃っていた札を2つ抜いて伏せ置くと、2つ札を加えた。ツーペアか。これなら勝負をしてもおかしくないだろう。
適当に賭けて札を見せ合う。
「やっと勝った!」
扉を叩く音が響いた。
「運ぶのを手伝ってくれないかい」
「はい」
「では終わりだね。私の勝ちだからね」
今の勝負は晴臣さんが勝った。それは確かだ。しかし総合的に考えれば、どう考えても弓弦さんの勝ちだ。
賭けたものの数え方はあまり覚えていない。しかし目に見えて量が違う。
「霞城さん…それは可哀想なのでは…」
料理を持つ弓弦さんと目が合うが、すぐに逸らされてしまう。一方霞城さんは、妙な笑顔を浮かべている。
「…騙しましたね」
私の前に置かれた皿には、草が乗っていた。でもきっと、私は分かっていた。
なんて茶番だろう。




