第35話 望んだ茶番③
「A2とB1とC1も北の者はいなかった。所有されてる基地がある方へ行くべき」
半ば睨む様に見て言われた言葉に、晴臣さんは小さく笑った。思った通りのことを言ったのだろう。
「そうなんだけどね…」
腕を組んで下を向く。なにか言いにくいことがあるのだろうか。
「A1の南東にある基地を所有している他組織が隣接するB1かA2、もしくはB2を独占に近い形で持っていると、私は思うんだ」
エリアが違えば、壁に阻まれ音は届かないのでは?それでは、危機を察知したり増援を要請することは出来まい。
いや、方法はある。
ポイントで購入可能であるものに通信器具があった。しかし林檎が20個は買える程高額だ。簡単に購入出来はしない。
近くのエリアで基地を持つことに、どれだけの意味があるのだろうか。
「どちらなのか、はっきりしてからの方が良いと思うんだ」
「なにを隠してる」
顔を上げ、困った様に笑う。
これでは聞いて下さいと言っている様なものだ。これも茶番なのだろうか。晴臣さんが望んだ、茶番なのだろうか。
「初めの方に南と当たったときにね、A2の南寄りにあった基地が奪われているんだ。それ以前もA2の基地がえらく狙われていたんだよ」
通るついでに奪おうという魂胆だったわけか。しかし、戦闘要員がいないのに何故狙われたことが分かるのか。
「相手の動きが全く分からないのは、流石に公平性に欠けるでしょ?だから所有する基地にポイントが追加されたら、その通知は受け取っていたんだ」
抱く疑問など見透かしている。そう言うかの様に、不気味な笑みで答えは告げられた。
戦闘要員がいれば、通知はないということだ。
ということは、晴臣さんから見て相手の動きはより不明瞭になったのだろうか。
大体の所在が知れているのは2名。A3とB3に其々1名。そして所在の分からない1名。A1にいたであろう異能者も姿を見たわけではない。
「A3には無所属の基地があったと考えているんですね」
首が小さく縦に動かされる。
「そして――」
小さくため息を吐くと、私を一瞬だけ見た。
その瞳を見ても、なにかを思うことはなかった。なにを思えば良いのかも分からない。けれどこれだけは、なんとなく分かった。
それは大きな間違いである。
「北の者はB1に、恐らくA2にも現れなかった」
どこか分からない場所へ向けていた視線を弓弦さんへ向ける。
「B3で弓弦くんが遭遇した者がどこを目指していたのかは不明だよ。だけど、中央より東であることは確かだと思うんだ」
4つの首が縦に動くのを確認して、晴臣さんも首を縦に動かした。
「A1は相性の良い異能があるから別として、A3に2名いたのは必ず来ると思っていたからだとしよう」
それなら、あの建物にいた者が私と戦闘した方が良いのでは?わざわざ地形を確認せさてやる必要がどこにあったのだろう。
あの建物から離れたくなかったのだろうか。
「B3にも2名。これは全体の中央に近い基地を所有していてC3に行くときに通るかもしれないから、守りも兼ねて」
「C3に北の者はいなかったと考えている。そういうことですね」
「そうだよ。C2に配置があったのは、北東へ行った者がその方向から来ると思ったから。なにか見られたくないものがあったんじゃないかな」
炎に関する異能を持っている者もいるのだろうか。しかし晴臣さんの言いたいことが一向に見えないな。
「残り1名がどこにいて、どんな行動をしたのか。それは全く見当が付かない。だから正しいだろう、と自信を持って言えないよ」
「回りくどい。早く」
「ごめん、ごめん。お腹も空いたし、早く終わらせよう」
小さく笑った晴臣さんとボスは、どこも似ていなかった。けれど、何故だかボスを見ている様な気分になった。
「A2とB1には、行く必要がなかったんじゃないかな。だから南半分に偏った配置になった。どうかな」
「それだと、ただ基地がないだけって説明出来る。長々と話す必要あった?」
「もっと言えば、東の者が行かないと予想をたてただけかもしれません」
「痛いところを突くね。でも、現状の整理って必要でしょ?」
大きなため息を吐かれても、晴臣さんは不気味な笑みを浮かべている。そういうところが母親譲りなのだろうか。
「そういうことだから、変更はなし」
「ポイントの配布はどうするの」
「全て絢子さんに振るよ」
何故私なんだ。それに、基地に振らなくても良いのだろうか。A1とC3は兎も角、A3は…。
900ポイント全てを振っても取られてしまう程、他組織は多くのポイントを持っているのだろうか。
いや、問わずとも分かるはずだ。そうなのだ。
仮に所持する基地が11のままだったとしても、戦闘の度に1,100ポイントが入ることになる。
東の基地は奪い放題と言っても過言ではない。少々無駄にしていたとしても、十分余裕があるはずだ。
もしや、他組織は通信器具を全員所有しているのだろうか。
「弓弦くんは、ポイントを手に入れたら適当な基地に使って。長距離戦が出来そうならA3が良いけど、判断は任せるよ」
「…分かりました」
誰かがA2へ行くと言っている様なものだ。そして、その者を殺せと。弓弦さんが緊張を露わにするのも無理はない。
「こちらはどうしますか。C2とC3、どちらに基地を得ましょう」
愚問であることは分かっている。正雄さんの異能を考えて、C3の方が良いはずだ。だが、自分の判断で行動することに迷いがある。
命令を言い訳にしてはいけない。そう思ったが、そう決めてはみたが、楠英昭のこともあって踏ん切りがつかない。
楠英昭は本当のところ何故、東の武闘組織にいたのだろう。
「C3。それより、B2とC2どちらに霞城くんが残るかが重要」
「そうだね。でもそれは戦況次第だよ」
にやにやとした笑顔を少し睨むと、顔を逸らす。
「確認ですが、僕はポイントを得ても使わなくて良いのですね」
「うん。B2はまた取られると面倒。C2はなんか怪しい。だから使わないでね」
北が守っていたことを指しているのだろう。感覚というものも大切だろうが、もう少し分かりやすく言ってもらえないだろうか。
「よーし、ご飯にしよ」
「いつまで黙ってるつもり」
「なにを?」
正雄さんが強く言葉を放っても、やはり晴臣さんの表情は笑顔だ。
表情というものは、この不気味な笑みしか知らないのではないか。そう思える程、鉄壁で完璧な作った笑顔。
「地図に印がない」
「気付いていたなら、どうして黙っていたの?正雄くん」
不気味な笑みが、更に歪んでゆく。
「霞城くんだってそうだよ。本当は昨日の戦闘前に気付いていたんだよね?」
「いつ始まるか分かりませんので、無駄に不信感を抱かせてはいけないと判断しただけです」
正雄さんが小さく頷くと、馬鹿にした様な笑顔で弓弦さんと私を見る。
なにが言いたい。言いたいことがあるのなら、はっきり言えば良い。隠す気がないのなら、そうするべきだ。
「気付いていないのかと思っていましたが、そういう理由だったんですね」
にこりと笑った顔は、嘘っぽかった。なにかを騙している様な笑みだ。
南の家で沢山見てきた笑み。あれらほど悪意は感じないが、確かになにかを騙している。
「ご安心下さい。信頼などなくとも、命令があればその通りに動きます」
弓弦さんの言葉に小さく笑う声が2つ。それをかき消す様に、ひとつの大きな笑い声が響いた。
「始めから信頼されていなかったんだね」
「信頼というものは、長い月日をかけて築くものです。今日会ったばかりの方を、どう信頼しろと言うんですか」
戦闘能力。言動の大胆さ。命令と信頼の捉え方。
これらひとつひとつの要素全てが、佐治さんが弓弦さんを推薦した理由なのだろうか。
「そうだね。絢子さんはどうなのかな」
「開始時に東のものだった基地の場所を初めに聞いても、混乱してしまうでしょう。後に聞けば良いと思っていました」
そして、晴臣さんもそういう考えなのだと思っていた。印がないことについては、なにも思わなかった。
「なぁんだ。みんな気付いていたんだね。それなら早く言ってくれれば良いのに。意地悪だね」
「なんのつもり」
「特に意味はないよ?強いて言うなら、暇つぶしだね」
異能戦場に赴いた者だけではなく、東の者全員の未来がかかっている。それで何故、そんなことが出来る。
「ふざけるな」
「私は真剣だよ。昨日まで真剣に生き残ってきた」
今日や今ではなく、昨日…?ひとりで、という意味だろうか。
「私の手腕がなければ、東は異能戦場へ赴くことなく負けていたんだよ。少しくらい遊びに付き合ってくれても良いと思わない?」
「命を懸けて、晴臣くんと遊ぶ必要があるの」
「命を懸けて守るべきものなんて、この世に存在するの?」
会話が成立していない。恐らく、前提が違うのだ。
やはり、どこにでもこの様な者はいるのだ。他者を貶めることが快楽や道楽ですらない者が。
「お前のせいで亡くした」
晴臣さんに向けて言われたはずの言葉が、私の肩に重く圧し掛かった。
俯いた私の耳に届いたのは、晴臣さんの失笑だった。