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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第1章 血みどろな童話の世界へ
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第3話 眠れる王子と自殺姫③

 「南くん、ご苦労様」


 ボスは私へ向かって、小さく笑っただけだった。


 「驚かないのですね」


 なにか言ってほしくて、分かり切っていることを言ってしまった。


 「説明しなさい」


 他の幹部は帰ったのに、彼を心配して残っていたのだろう。ボスの部屋にいる女性の表情は、驚きしかなかった。

 けれど、私にはどうでも良いことだった。

 女性が発言したことで、ボスはもうこのことについて触れないだろう。なにかを言いかけていたのに、邪魔をしてくれたものだ。


 「二度手間になるので、幹部の皆さんが集まったときにしていただけませんか。報告の他にお話しさせていただきたいこともありますし」


 上位の幹部に臆さないことが気に入らないのだろう。女性は強く拳を握る。

 権力など、一時の幻想。そんなものに臆する必要などない。しかし手にしたい者は一定数いる。そういった者が臆するのだ。


 そういった者が必要なことも理解は出来る。

 例え気さくで話しやすい部類の性格だとしても、威厳は必要だ。本人が大したことはなくとも、周りの対応によって大きく強く見せられる。


 しかし恐らくこの女性はそれを分かっていない。

 立場ある者の職務について誇りを持ってはいるだろう。ただ、今以上の立場を求めてはいないだろう。だから立場に怠惰している。


 嫌いだ。


 「分かった。そうしよう」

 「何故です!」

 「私も同じことを二度聞くのは面倒だからだよ。それに、その話したいことというのは物なり気持ちなりの準備が必要なんだろう?」


 物は持ち歩いている。気持ちの準備は別段必要ない。本当に面倒なだけだ。


 「お見せしたいものがあります。持ち運びには苦労しない大きさですので、場所はどこでも構いません」

 「では、明日あの部屋で良いかな」

 「はい」

 「ところで双葉さん」


 発言はしているはずなのに、蚊帳の外だったのが急に声をかけられて驚いたのだろう。ほんの少し肩をびくりとさせ、声をかけた彼の方を向く。


 「糸に触れた者が生きている事例はありますか」

 「ありませんわ」

 「それでは暗示が一度で解けるかは不明ですね。ボス、しばらくこの者を傍に置きます。構いませんね」


 ボスは少し不満そうだったが、小さく頷いた。

 一方彼は満足そうに微笑むと私を見る。


 2人のやりとりの真意は分からなかったが、しばらく彼の傍にいることには賛成だ。私も小さく頷いて見せる。


 「それではボス、また明日。皆の驚く顔が楽しみです」

 「私もだよ」


 礼をして部屋を出て、建物を出て、ただ歩く。ずっと無言だ。


 「お互いまだ名乗っていませんが、良いのですか」

 「みなみ、というのだろう?僕の名前はボスの部屋に入るとき言った。知っているじゃないか」


 名前に興味がない様子だ。落ち街出身か。それとも、ただの偏屈か。


 「君の方こそ、5隊に1年以上いるのに何故だい」

 「はい?」

 「特攻隊と言えば聞こえが良いかもしれない」


 確かに、耳障りの良いただの単語でしかない。


 「しかし実際は、死ぬために構成されたようなものだ。いくら共に戦うとはいえ、いちいち名乗り合い、その名を覚えるのかい」


 …私はまだ、捨てられていなかったのだな。家に捨てられたも同然だった。同時に、全てを捨てたつもりでいた。だが本当のところ、なにも捨てられずにいた。

 滑稽だ。いつまで私は家に囚われているのだろう。


 「明日には…いいや、今日にも死んでしまうかもしれない。そんな者と交流して、悲しくないのかい」

 「悲しい…ですか」


 それは少しも考えたことがなかった。


 「愚問だったようだ」


 俯いてしまった彼の視線を前に向かせたくて、なにか明るいことを言おうと懸命に考えた。けれど私にはその様な話題はない。

 結局、最初の質問に答えることにした。

 なにも言わないよりは良いと思ったのだ。


 「隊は個々の戦闘ですので、聞きません。稀に気さくな者がいるので、その者は知っています。しかし我々は」


 5隊に所属する者とは違い、


 「命を預け預かる間柄なのですから」


 これが名前を聞いた理由だ。彼がどんな人物かは大した問題じゃない。分かったところで、ボスからの命令には逆らえないからだ。

 けれど、なんとなく思うのだ。ただ死に怯えたこの青年が、普通の青年だと。だから名前しか聞かなかった。


 「名を知っている者というのは、夢があると言っていた人かい」

 「はい。ですが、もう思い出せません。夢を熱心に語った顔は思い出せますが、それ以外は顔も」


 元より持っていないのかもしれない。けれど私は信じたい。


 「死を見過ぎて、死を悼む心をどこかへ置いて来てしまったのでしょう」


 これが貴方と私の違いです。


 そうはっきりと告げたつもりだった。

 他者に命を預けるという行為をする私と彼には、明確な違いがある。


 しかも、私は死を悼む心を過去持っていたと願うことしかない。少なくとも、今は持っていないのだ。

 そして死を恐れるどころか、殺してほしいとすら思っている。


 彼は斜め後ろを歩く私の横へ来ると、私の手を取る。そのまま歩き出す彼の歩調に合わせて歩いた。

 不思議だ。名前などどうでも良いと取れる発言をしておいて、人の温もりは大事にするらしい。


 「名乗れば、僕が死んだとき君は僕を忘れてしまうのかい」


 不思議だ。まるで、私に忘れてほしくないかのようだ。


 「…貴方は守ります。私より先に死ぬことはないでしょう」

 「そうかい、頼もしいね」


 将来のことなど予知能力でもない限り、誰にも分からない。分からないことは答えられない。しかし誤魔化すような内容でもない。これがベストだろう。

 例え――嘘でも良いから、と望んでいる答えがあるとしても。

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