第34話 望んだ茶番②
ゆっくりと顔を上げると、私をじっと見る。
「落ち着いて考える時間が設けてあれば、それなりに頭は使えるみたいだね」
馬鹿にされていると捉えるべきなのだろうか。
「なにか言ってくれないと、私がただ馬鹿にしているように聞こえてしまうよ」
「違うのですか」
「多分、辞書で言葉を覚えたんだよね?」
小さくはい、と返事をすると、晴臣さんは真面目な顔をして大きく頷いた。
「普通に会話出来るから困らなかったんだろうけど、応用が利かない。それは“考え”も同じ。違うかな?」
「…分かりません」
「その言葉こそが答えだと私は思うけれど、どうかな」
そうだと言われれば、そうなのだと思う。違うと言われれば、違うと思う。
つまり、その言葉すら私には分からないのだ。
「難しい質問だったみたいだね。話を戻そうか」
「申し訳ございません」
小さく微笑むと、真正面を向く。誰かに視線を向けることが、その者にとって“なにか”を意味するのだろう。
「事態は暗転していないよ。好転もしていないけどね」
正雄さんは北の者や基地を見つけられなかった。
好転に“大して”とすら付かないということは、弓弦さんが殺した者も北政宗もポイントを配布されていなかった。もしくは極々僅かだった。
霞城さんを見なかったのは、言い辛くならない様にだろうか。
「ジャングルにあった草は君の背丈ほどあるものもあった。それをあの速さで進めば、そう時間はかからなかっただろう」
つまり、東の基地を探す時間的な余裕がなかったのか?すると必然的に、北の出入口はA3から遠い場所にあることになる。
「一応聞こうか。東の基地は確認出来たかな」
そう聞くのは、苦戦を強いられていたことが明らかだろうか。
「北政宗と終了直前まで戦闘していたので、確認出来ていません」
「殺せる状況で君が手を抜くとは思えない。なにか見たことのない、特別な武器でも持っていたのかい」
「鎧の様なものを身に纏っていました」
なにか飛び出して来るかとも思ったが、それはなかった。その様な特殊なものがあるのであれば、使用しないはずはない。
強さで劣っていると自ら言った北政宗だ。そして、どの様な者でも侮らない北政宗だ。躊躇いなく使用するだろう。
「鎧にヘアピンを当てましたが、異能は発動出来ませんでした」
「他の者も所持しているとすると、厄介だね」
「はい。私の所持している武器では砕くことが出来ませんでした。戦闘能力も十分あり、時間を有しました。申し訳ございません」
下げた頭に、手が優しく添えられる。
弓弦さんが期待していた言葉を言うことを茶番だと思ったが、これも恐らくそうなのだろう。私は、これを望んでいたのだ。
「最後は僕ですね」
手が離れたので、頭を上げる。
「A1は水源の多い山頂でした。エリアの中央付近で北の基地を発見しましたが、無人でした」
「ポイントを多く配布したんだろうね」
「はい。しかし、その基地が無人だった理由はそれだけではないでしょう。水の幕のようなものが張ってありました」
先に着いた北の者が異能を使って守っていたということか。
すると、遠隔操作の出来る異能。しかも水を使う異能で、水源が多い。その異能に有利なエリアの様だ。
「当面は、北と戦闘する際はA1を避けるのが良いかな。でもそれを狙ってのことかもしれないね」
「どちらかと言えば後者だと思います。A1にある基地全てが水の幕で覆われていました」
「その内4つが北の基地だったのかな」
「南東の基地は違いました」
それでも十分A1は北のエリアと言っても過言ではない様子だ。
必要もない基地を被ったのは、それだけの力があると誇示するためだろうか。
「だからA1の基地は狙われなかったんだね…」
「北が取らなかった理由は、得意のエリアに東の者を向かわせるためと考えて良いでしょう」
南であれば、目先の利益に飛び付きそうなものだ。
「西であれば、目先の利益に飛び付くでしょう。北はこれまで死亡者もいなかったようですし、戦略はきちんとしていますね」
「そうだね。先入観がない方が良いと思って言わなかったけれど、北とはあまり当たりたくなかったよ」
苦い笑みを浮かべ視線を逸らす。本当に嫌だったんだな。
いくら無作為といっても、戦闘や対戦の頻度は調整されているだろう。もしや今日にも北との戦闘がありそうだったのでは。
ただの勘だが、そんな気がする。
「策もなく相手が得意とするエリアにいても仕方がないので、B1へ行きました。南西を見てB2を経由しA2へ」
「スタート地点周辺の確認は良い判断だったと思う。加えてB1もあまり遮るものは多くない」
「霞城くんは誰にも遭遇していないんだよね」
そうか、確かにおかしい。B3に沢山人がいた様子なのは変だ。
A3に2名、C2に1名、B3で2名が死亡。水の幕を張ったという異能者は、恐らくA1に留まっているだろう。
「北の戦闘要員は8名。初め弓弦くんの話を聞いたときは、なにかの作戦かなと思ったんだよ」
「俺も。でも配置が明らかに不明なのは1名。不自然」
「幻覚を見せる異能者がいるのでは、ということですか」
「うん。“隠す”のではなく“幻覚”なのであれば、弓弦くんが景色に違和感を覚えたことにも説明がつくと思うんだ」
弓弦さんは俯いて考え込んでいる。考えたところで、答えは北の者しか知らないと思うが。
「北の者を見れば分かると思います。考えてみたんですけど、顔を見た者はいません。それに、全員誰かに似ている気がするんです」
「使用者が望む幻覚ではないとなると、異能の幅が広がりそうだね」
室内が無音に襲われる。
それもそうだろう。この長い報告会で分かったことは少ない。確認出来た基地は3つ中1つ。
そのひとつも、近付けてはいない。そして、厳しい戦いをしなくては近付くことが出来ない。
「ところで、霞城さんはC3の宮殿エリアが天候に左右されないか聞きましたよね。それって…」
「そうだ。B2のサバンナエリアで雨が降った」
やはり天候が変化するのか。しかも雨が降るとなると、厄介だ。
「サバンナ気候は雨季と乾季がはっきり別れています。日によって違えばまだ良いですが、ずっと雨季のままでは不利です」
「そうだね。それに、集落や草原、森林なんかも降る可能性があるね」
「しかもジャングルは湿度が高い。水を操るんだろうけど、水の範囲が分からない。スコールもある」
確かに“水”の範囲は不明だ。しかし、少なくとも“水分”は含まれないはずだ。
「人間の身体は約8割が水分で出来ています。水という水全てを操る異能であれば、疾うの昔に干からびて全員死んでいます」
だからと言って、ジャングルが安全になったとは言えない。雨が多く降り注ぐ時間があるからだ。
しかしそれは、B列全てとA2、C1にも言えることだ。
では、それを知っているであろう西と南はどこへ拠点を構えるだろうか。砂漠、火孔、宮殿。この雨が降らない3つの内どれかだろうか。
だが、守りに徹していては勝つことは出来ない。
「よし、ご飯にしよ。これ以上は考えても分からないよ」
「その前にポイント。それと次の作戦」
「忘れていたよ。基地の損害はなし。ポイントは400増。合計で900だね」
基地の所持によるポイント取得以外の100ポイントは北政宗が持っていたものだろうか。
いくら所持ポイントが少ないと言っても、ひとつの基地に狙いを定めて配布すれば100ポイントで奪えるはずもない。
100ポイントを捨てられる余裕があるということか。
今回北は3名が死亡したことで1,500ポイントを失った。合計で1,600ポイントだ。痛手だろう。
もし明日食事会があれば、東は多少なりとも警戒されることとなるだろう。一気に攻めたいものだが、そう簡単にいくだろうか。
ここへ赴いてそう時間が経たない内に戦闘をすることになった。仕組まれたものではないと、断言は出来ない。
「作戦って言ってもね…」
どの様な戦闘の仕方なのかも、基地の場所ひとつも、出入口も、なにも分からない。それで作戦というのも難しい。
「他組織が手出しをしないA1。偽の基地が沢山あってややこしいA3。この2つは少なくとも次回は放置かな」
「北の者が目的地として2名はいたB3は」
最初に弓弦さんと戦闘した者は、どこかへ向かう最中だったという判断だろう。
B3になにか仕掛けをした後であれば、北の者を多く発見するのみでエリアを抜けられたのは変だ。
そして殺した者が異能者でないということは、B3の近くに3名いたことになる。北はB3を拠点としているのだろうか。
「そこも今は良いかな。弓弦くんはA2にいてほしい。それから、A3で遠距離戦が出来るかも見てみて」
出来そうではある。しかし近接戦ばかりの私の意見では参考にならないだろう。恐らく正雄さんの糸についてのことも兼ねているだろう。口出しは無用だな。
「3人はC2を経由してC3へ。霞城くんはB2かC2のどちらかに残って、正雄くんと絢子さんはC3へ」
やはり晴臣さんは守りか。
北が雨の降らないエリアにある基地を、人員やポイントを割いて守ろうとするのは当然だ。では、どちらを割くか。
晴臣さんは人員だと見たのだろう。そのために体制を整える必要がある。
もちろん相手は北だけではないが、C3を重点的に守らなかった。その事実が、他組織が基地を持っている証拠でもあるだろう。
「でも」
そしてこちらもやはり、だ。攻めである正雄さんが居直った。




