第33話 望んだ茶番①
現状を聞かせてもらった部屋に再び集まり、着席した。晴臣さんが地図を出し、一度ため息を吐く。
「まずはスタート地点の確認かな」
4つの指が大体同じ場所を指す。A2の東寄り、南北は同じくらいの位置。
「スタート地点のエリアはジャングル。北東は俺、北西は霞城くん、南東は弓弦くん、南西は絢子さんが向かった」
「じゃあ弓弦くんから聞こうか」
「はい」
居直ると大きく息を吸う。
「150mほどで隣のエリアへ抜けました。そのエリアはサバンナです。600mほど進む間に基地らしきものを見ましたが、恐らく無人でした」
「近くを通ったのかな」
建物が唐突に現れることは、異能で消されていない限りないだろう。
まずは東の基地を目指すべきだ。何故危険があるかもしれない基地の近くを通ったのか。
「そこまで近くは通っていません。危険もあるため軽率な判断かとも思ったんですが…」
一度言葉を切ってちらりと私を見る。
「遠距離戦にも近接戦にも向かない地形でしたので、早く抜けたかったんです」
「野蛮な考えはお互い様ということですね」
自分を野蛮だとは思わない。そして、弓弦さんの判断も野蛮だとは思わない。
しかし、こう言うべきなのだろうと思ったのだ。だから口にした。ただそれだけだった。
「そうかもしれないね。でも戦場は特に、結果が全てだからね。続けて」
この言葉も、弓弦さんが望んだ。そう晴臣さんが判断した言葉だろう。なんて茶番だろうか。
「サバンナエリアを600m進むと、次は森林が生い茂るエリアへ抜けました。すぐに北の者1名とかち合い、戦闘となります」
大した怪我をしていないことから、相手は近接戦向きだったのかもしれないな。
「銃の打ち合いを聞き付けたのでしょう。南から援護がやって来たので、戦闘後は南南東へと向かいました」
「基地はあった?」
「ありませんでしたが、景色が不自然な場所がありました。異能で隠されていたのかもしれません」
晴臣さんと弓弦さんの視線が、私へ向けられる。
そういえばこれも言っていないか。しかし南の者とはいえ、地下に幽閉されていた者に期待し過ぎではないだろうか。
知っている異能を本部でしたときの様に説明する。晴臣さんは小さく唸った。
「『ジャックと豆の木』以外の3つは持っていても連れて来そうにないね」
「だから忘れてた。ごめん」
晴臣さんは小さく微笑んだだけで、なにも言わなかった。
「話を戻そうか。C3には行けた?」
「はい。ただ、B3は北の者が多く、避けて遠回りをすることが多かったんです。なので、東の基地は未確認です」
申し訳なさそうに言われると、私が報告し辛い。私もA3にあるはずの東の基地を見つけていない。
「エリアは廃れた宮殿の内部のようになっていました」
「天候に左右されないエリアというわけだ」
天候か…。確かにそうだ。A2にいるときには感じなかった日差し。それが、A3に行くと強く感じた。エリア毎に天候が異なるのだろう。
しかし今の霞城さんの言い方では、戦闘時間内に天候が変わる様を見た様な言い方だ。その様なエリアもあるのだろうか。
「そうですね。窓から光りが漏れていましたが、大きな影響はないと思います。報告は以上です」
「ありがとう。お疲れ様。じゃあ次は正雄くんね」
次は私かと思った。どの様な順なのだろう。
「俺がB2のサバンナに出たのは、1.4m歩いた頃。0.6kmくらいで草原エリアに出た。そこからは東北東に向かって歩いた」
列の把握を優先したのだろう。東にエリアがなければ、出入口はB列にあることになる。
「C1は集落っぽかった。物語に登場しそうな田舎の集落。住民こそいなかったけど、いてもおかしくない雰囲気」
人が住んでいそうな程整備されていたのか。少なくとも、宮殿の様に廃れてはいなかったのだろう。
「いくつか基地は見つけたけど、誰もいなかった。なんの仕掛けもなかった」
「北はC1に基地を持っていないのかもしれないね。それか、基地を守ることに集中して来ないと思った…とか。でも危険だよね」
あり得ない話ではない。北の偵察が、北政宗の独断であれば可能性はある。侮られているのだ。
「隈なく見れたわけじゃない。見つけられなかっただけかも」
希望的観測だ。だが、あまり下に見られていることを前提とすると対応出来ないかもしれない。言わない方が良いだろう。
「そうだね、一旦置いておこう。C2には行ったのかな」
「火孔だった」
炎のエリアということか。
「C2に入って割とすぐ、1人見回りをしてるみたいな者を見かけた。近くに基地はなかった」
「どんな者だったのかな」
弓弦さんには聞かなかったのに、何故正雄さんには聞くのだろう。
「…若い女性だった」
「やっぱり。息巻いておいてって自分で思っているかもしれないけど、正しい判断だったと思うよ」
「ん…。あの人、なんか変だった」
なるほど。殺せば相手のポイントを奪えるため基地を奪える。そう言っていた正雄さんが、戦闘を避けた様な言い方をしたからか。
言うつもりはあっただろうが、よく聞いているな。
「苗字は分からないけど、喜世って呼ばれていたよ。ここで待ち伏せしていた北政宗が唯一我儘を言って連れて来た者なんだって」
半分どうでも良さそうに言うと、背を仰け反らせる。
しかしどうでも良くはない。北政宗はいささか特殊な武器を持ってはいたが、確かに強かった。
それがわざわざ連れて来た。そして正雄さんが戦闘を避け、それを晴臣さんが正しい判断だと言った。
危険だ。
「早い内にその者は殺しましょう」
「どうしたの?食べ物であろうと、殺生は好きじゃなさそうなのに」
「北政宗は考えのない者ではありません。なんの理由もなく戦場へ連れて来るとは思えません。我儘を言うだけの、理由があったのです」
背中に霞城さんの手が優しく添えられる。
「落ち着いて。なにがあったんだい」
「妙に語りかけて来ました。特定の言葉を発せさせたかったのでしょう」
北政宗が所持していた異能の本を机の上に出す。題名は『金の斧銀の斧』だ。
「君に嘘を吐かせたかったのだと、僕は思う」
嘘…嘘か。確かに、問いかけが多かった気もする。
「よりによって、私にですか」
「ああ。嘘が吐けなくて、強い君にだ」
普段はなんとも思わない言葉だが、穏やかな笑みと共に言われたからだろうか。心が妙に凪いでゆく。
「取り乱して申し訳ございません」
「それほど強かったんだね。もう正雄くんの報告は終わりだろうし、絢子さんの報告を聞こうか」
「はい。0.7km程歩くと、ひとつ南のエリアに入ります。そこは、砂漠でした」
正しくはそうなのか知らないが、図鑑で見た景色と酷似している。文字にしたときの特徴も同じだ。そう言って間違いないだろう。
「だだっ広い、遮るもののない土地の偽でしょう。偽の基地と思われるものがありました」
「それは厄介だね」
「はい。西からの距離は推定ですが、恐らく西、南共に0.5km程の地点で発見した建物があります」
他にも建物はあった。だが、報告しておくべきだと思った。全てを報告しようと思うと、膨大な時間が必要だ。
「恐らくA3の基地を目指す者が通ると思い、見張りを兼ねて待ち伏せていたのだと思います」
「その者がいたのは偽の基地だと思っているんだね?」
「はい。近くにポイントを配布した基地はあったと思います。そのための見張りも兼ねていたのかと」
ポイントが配布された基地の見当はついていない。建物が多いのだ。
他のエリアは恐らく、エリア自体が目隠しになっているために偽の建物を用意する必要がないのだろう。
「その後は問題なく南の壁に当たります。そこにあった建物で待っていた北政宗と戦闘になりました」
「待ってたの」
「はい。基地にはポイントを配布していませんから、おかしな話です」
自身に配布されているポイントで基地を得て、退散すれば良いのだ。
あの基地が偽物か、それとも他組織の基地か。それは分からないが、少なくとも東の基地でないことはすぐに分かるはずだ。
大体の場所を把握しているのなら、待つより基地を探しに行った方が良い。
「もしや…基地はひとつ奪われていますか」
基地を奪ったうえで待っていたのであれば、端で待っていたことも頷ける。地形把握のために必ず訪れるからだ。
そして偽の基地にいた者が、東の者が通過したことを知らせる。0.3km程度なら大よその時速は分かるはず。
1名殺せば戦闘開始前にあったポイントが尽きる。それを分かっていたかは分からないが、極々僅かになることは分かっていただろう。
晴臣さんは意味深な笑みを浮かべると、静かに俯いた。
私が手こずったせいで戦況はより不利なものになった様だ。
北政宗はどの程度のポイントを配布されていて、どれだけ基地に使用したのだろう。もし多くのポイントを所持したままであれば、それだけは手に入れられたことになる。
「ふうぅん」
ボスがたまに口にする、ため息の様な返事の様な、そんなもの。母親が口にしていたものを聞いたのだろうか。
そんなとこは似ていなくても良いのに。




