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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第32話 出会いは別れの始まり⑥

 拳を構えた北政宗は、この戦闘で見せた多くの顔と同じ顔をしていた。

 苦しそうで、悲しそうで、それなのにほんの少しだけ楽しそうな顔だ。それがどの様な感情なのかは分からない。分かることはない。


 「血液が媒体の異能と見た。何故今まで使わなかったのか、是非聞きたいものだ!」


 拳を構えたまま駆け出す北政宗。自分の掌を刃物で切り付け、その掌を北政宗に向かって振る私。

 直接触れなければいけないと考えたのだろう。頭を庇いながらも臨戦態勢で向かって来る。


 視界が狭まることになる。しかしそうするということは近接戦に自信があるのだろう。だが、自分で言ったはずだ。私も近接戦を好む。

 自信は時に、傲慢となる。


 先程までより、少し無防備になっている脇腹。そこを狙うことは分かっているはずだ。しかし忘れてはいないだろうか。

 私は、背が低い。


 直前でかがんで、足首を少し切りつける。武器が背中を掠めた。


 「どうした!毀れた刃で薄く切った程度で血が出るとでも思ったのか!」

 「一般的に、人間の肌はその程度の強度のはずです」

 「はっはっはっはっ!その辺の者と一緒にされては困る!」


 異能『赤い靴』


 「静止しなさい」

 「一体なんのつも…身体が動かない…!?」


 刃物に髪留めを挟んだだけだ。下の方の手元は、動かしにくい肘によって視界が遮られる場所にあった。

 身長が低い者と対峙することが少ないであろうことは分かっていた。距離感が少々曖昧で自身が走っていることもあって、気付かないだろうと。


 「くっくっくっ…拷問されようとも情報は吐かない。時間の無駄だ。早く殺してくれないか」

 「そうですね、時間もありません。いつか地獄で会ったのなら、ゆっくりお喋りしていただけませんか」

 「承った」


 首の武器を外すと強く当て、力の限り引いた。自慢の肌は、十分自慢出来るものだと思う。


 絶命を確かめ異能の本を手に取った瞬間、けたたましい音が響いた。開始の合図と同じ音だ。終了の合図だろう。


 『本日の異能戦争を終了致します。戦闘員は直ちに戦闘を止め、その場で待機して下さい』


 その場で待機?入ったところまで戻るのではないのか。しかしそれでは、戦闘パート以外でエリアを見ることになってしまうか。

 人の気配に振り向くと、そこにはここへの門の前にいた者がいた。


 「一時的に五感を奪います。その状態でスタート地点へ戻っていただきます。案内致しますので、ご安心下さい」

 「ルールですか」

 「はい。スタート地点へ着けば、必ずお返しいたします」

 「分かりました」


 ルールは全てに平等でなくてはいけない。穴を見つけることと破ることは、似て非なるものだ。

 出来れば通っていない場所を見ておきたい。しかし穴を見つけられていない以上、従う他ない。


 「ご理解いただきありがとうございます」

 「この方はどうなるのですか」

 「廃棄…という言葉を用いています」


 整備されているのだから、供養してやれば良い。そう思うのは間違いなのだろうか。ただの戦場で供養出来ない、しないのは、当たり前だ。

 しかしここはルールがあり、整備がなされている。何故そうしないのか。


 「ゴミなのであれば、一部持ち帰っても構いませんか」

 「私の一存ではなんとも申し上げられません。ただ、持ち物の確認は業務に含まれておりません」

 「ありがとうございます」


 髪を切り取ると、ポケットに押し込んだ。

 歴史書のたった一文だったが、妙に覚えている。ちょんまげという髪型が流行した際、結った根本から切ったと。

 北政宗は髪が長くない。しかし持ち帰れるものといえば、これくらいだろう。


 「こちらへお願いします」


 用意されていた車椅子に乗ると、五感がなくなる。五感がないというのは、こうもなにも分からないのだな。

 人間の情報の8割は視覚から得られるものだと、なにかで読んだ。視覚を奪われるだけでも十分情報を遮断出来る。しかしそれでは不十分なのだろう。


 しばらくすると、五感が戻る感覚があった。閉じていた目を開ける。


 「良かった。遅かったから心配した」


 視界に真っ先に入った正雄さんは、本当に心配している様な表情だった。霞城さんと弓弦さんに目を向けると、微笑んでいた。


 「申し訳ございません」


 求められている言葉ではないと分かっていても、それ以外の言葉はやはり見つからない。そもそも、求められている言葉などあるのだろうか。


 「戻ろう」

 「はい」


 差し出された霞城さんの手を取り、立ち上がる。車椅子を支えていてくれた者を振り返った。


 「運んでいただき、ありがとうございました」


 礼をしたその者は、顔を上げ様とはしなかった。恐らく去るまでそうしているのだろう。早く去るべきだ。


 「流石にこれは、濡れた布ではどうにも出来ない。風呂に入るしかないと思わないかい」

 「隠せばひとりで入れます」


 本部では断ろうと必死だったが、なんてことはない。鏡を布で被えば良いのだ。


 「けれど君には習慣がない。だから入れないのではないのかい」

 「入れます」

 「片付けが面倒そうだ」


 ため息を吐く霞城さんを、正雄さんと弓弦さんが笑う。


 「本当の兄妹(きょうだい)みたいですね」


 (あに)(いもうと)と聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか。


 「やらないと出来ない。良いと思う」

 「では片付けはお願いします」

 「…天気が良い」


 わざとらしく視線を逸らし、空を仰ぐ。


 「正雄さんは片付けという習慣がなく、出来ないのではないですか」

 「必要以上に回りをうろつかれるのは不愉快。だから出来る」


 説得力がある。


 「観念したまえ」


 にやりと笑った霞城さんが、弓弦さんによって開けられた建物の扉をくぐる。


 「おかえり」


 扉の近くで待っているのは開ける前から気配で分かっていたが、笑顔で迎えられるとは想像していなかった。


 「只今戻りました」


 代表して正雄さんが応えると、首を振る。


 「おかえり」

 「…ただいま」


 微笑むと改めてひとりひとりをじっと見る。そして大きく頷いた。


 「全員大きな怪我はしていないね。良かったよ。まずはゆっくり休んで、報告はそれから聞こう」

 「ん。明日の早い時間に東が戦闘することになっても、不思議ではない」


 頷くと、私に視線を向ける。


 「まずはお風呂だね。用意してあるよ」


 断ろうと息を吸うと、にこりと微笑まれる。


 「じゃあその汚れはどうするつもり?」


 鏡が見られないという事実から考えれば、風呂に入りたがらないことも予想出来るのだろう。


 「化粧は霞城くんにしてもらうんだよね?お風呂も入れてもらえば良いんじゃないかな」

 「少なくとも17歳であろう女性にそれは…」

 「弓弦くん、その事実があることを俺は知ってる。その気遣いはいらない」


 私をちらりと見て、苦い笑みを浮かべた。

 風呂に入ることを避けられそうにはない。手の傷は水が沁みるだろう。包帯はないだろうか。


 「弓弦さん」

 「えっ、はい」


 何故驚く。


 「包帯はありませんか」

 「怪我をされたんですか」

 「戦闘へ行ったというのに、なにを驚いているのですか」


 むしろ、何故目立った傷がないのか問いたい程だ。


 「どこですか」


 掌を見せると、半分睨む様な目つきで見られる。


 「自分で切ったんですか」

 「そうです」

 「だから武闘の者は野蛮だと言われるんです。無暗に自分を傷付けるのは止めて下さい」


 私だってそうしたかったのではない。時間制限があるため、仕方がなかったのだ。苦痛を好む趣味の者もいるそうだが、私は違う。


 「分かったのかい。分からないのかい」

 「無暗に行ったのではありません」

 「異能者と当たったんだね。詳細は後で聞くから、消毒をしてあげて」

 「はい」


 手際は実に良いものだった。ただ、傷を塞ぐ前に塗った液体は痛かった。私には苦痛を好む趣味はない。


 「この液体はなんですか。痛いです」

 「霞城さん、絢子さんは何故こんなにもものを知らないんですか」

 「縁がないことは知らない。そういうことじゃないかい。僕が属した5隊にはろくな設備がなかった。恐らく5隊はどこも同じなのだろう」


 首を傾げた晴臣さんと弓弦さんが、顔を見合わせる。そして霞城さんに視線を向けた。


 そういえば、これも話題に上がっていない。重要なことだと思わなかったからだ。その判断は恐らく間違ってはいない。

 重要なことであれば、霞城さんや正雄さんが言うはずだからだ。


 「絢子さんは3年間、5隊にいたらしい。ここへ赴くほとんど直前まで、ずっと」

 「そうなんだ。やっぱり変わった子だね」


 満面の笑みに近い笑みに見える。なにがそんなに面白いのか。


 「なるほど。しかしこれほどの傷を放置していては、痕が残るはずです」

 「私には苦痛を好む趣味はありません。仕方がなかったと言っているではありませんか」

 「では、その装備のみで3年間戦場を生き抜いたんですか」


 まだ笑みを浮かべている晴臣さんとは違い、弓弦さんは呆けた顔をした。随分感想が異なるらしい。


 「細かいことは後にしないかい」


 このまま忘れるはずもないか。大人しく入るとしよう。

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