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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第31話 出会いは別れの始まり⑤

 南東へ212m。つまり東に0.2km程度進んだところで方向を真南に変更した。

 そうしたのは、ボスが言った通り考えることが得意ではないからだ。読まれていて、それがなんだ。すぐに殺せば良いだけではないか。

 問題ない。


 しかし砂漠というものは砂地がただただ広がっているものだと思っていたが、違うらしい。建物が点々と建っている。

 見渡しの良いこのエリアに建物があっては目立つため。偽の基地を用意してあるのだろうか。


 そういえば通り過ぎた建物から、殺気を感じた。

 あの建物に人がいたことは明らかだが、基地かどうかは不明だ。A3の基地を目指す者の見張りとして、偽の基地にいただけかもしれない。

 一応場所は覚えているが、なにかの役に立つだろうか。


 適当なことを考えている間に、南の壁にぶつかった。やはりここがA3で、出入口はA2にあるらしい。

 北東の方向に基地があるはず。東西方向の中央辺りであったため、ここから0.3km程度歩けば見えはするだろう。


 「やぁやぁ、さっき振りか!」


 偵察に来た者か。気配を消すことに長けている様子だな。姿を現してくれて助かった。ここで殺せばひとつ問題が減る。

 しかし建物の上にいるとはいえ真正面から姿を現すとは、やはり見くびられているのか。

 仮にそうではないとする。しかし私の後ろが壁だという事実は変わらずある。どうしたものか。


 「少女、私を殺したいか?」

 「はい、命ですので」


 大袈裟に首を振ると、大袈裟に眉尻を下げた。


 「そうではない。少女自身の気持ちへ問うている。私を殺したいか?」

 「誰も殺したくはありません。そして、死んでほしくなどありません」

 「心優しくて結構なことだ。しかしそれでは、私のことは殺せまい。違うかな」

 「なにを呆けたことを言っているのですか。当然殺します」


 両手を開いて大袈裟に驚いて見せる。芝居がかった不快感を覚える仕草の中でも、最も不快感を覚える仕草だ。


 「何故だい!?私も殺し合いなどしたくはないのだよ」

 「それが私の、当面の生きる意味だからです」


 異能戦争が終われば、私がどうなるかは分からない。希望的な未来を抱いて当面とは言ったが、以降も暗殺者の様なものとして動く可能性もある。

 負ければ殺されるのかもしれない。奴隷として働くのかもしれない。現状、分かることはなにもない。


 ただ、はっきりしていることはがある。再び戦場へ赴いた私は今――


 人を殺さなければ無価値だ。


 「そんなものはまやかしだ!洗脳されているのだよ!私と君だけの、平和協定を結ぼうじゃないか!」

 「嫌です。その命、頂戴します」

 「なんと嘆かわしい!幼気な少女が易々とそのような言葉を口にするなど!」


 さっきから話すばかりで一向に攻撃を仕掛けて来る様子はない。これに一体なんの意味がある。話すこと自体がなにかの異能だろうか。

 …考えるのは止そう。殺してしまえば、この男に関しての全てのことは解決する。異能の本を見れば分かることもあるだろう。


 一気に距離を詰め、男の首元で刃物を振った。だが鮮血が辺りを染めることはなく、硬いものに当たっただけだった。


 「ふふふっ、その軽装備。近接戦であることは明らか!なんの準備もせず姿を現したと思ったのなら、甘い考えも良いところだ!」


 戦闘に準備が必要ということは、攻撃的な異能ではない。もしくは異能所持者ではない。

 頭にはなにも被っていない。近くまで容易く詰められることは立証された。髪留めを投げて異能を発動させるか。


 拳が放たれるが、ただの拳など容易く防ぐことができ…駄目だ。


 袖の布のあまり具合と肩幅から予測出来る体型があまりに不格好。腕になにかを付けている。

 軌道を途中で変更して、腕のそれで攻撃してくるのか。それとも、なにか飛び出して来るのだろうか。


 一歩引くと、軌道が変更されて腕で攻撃して来る。それを刃物で受け止める素振りで切り付けた。

 当然のごとく腕が切れることはなく、なにか硬いものに当たる。首にしているものと同じだろう。


 「はっはっはっはっ!これを読んで受け止めるとはなかなかだ!なにか言いたいことはあるかな。特別に聞いてやろう」


 何故私に喋らせ様とする。特定の言葉を発することが異能発動の条件になっているのだろうか。それとも、ただ戦闘を長引かせたいだけなのだろうか。

 どちらにしても、ひとつだけ言いたいことがある。


 「ありがとうございます」

 「んむ?どういう意味だ?我々は今、殺し合いをしているのだぞ」

 「だからです」


 私が生き残って来られたのは、この容姿のせいでもあると思う。低身長で童顔である女。それが戦場に現れて、侮らない者はいなかった。


 「今、あなたは私と、ちゃんと殺し合いをしている。ここは戦場だ。殺し合う場所だ。如何なる相手でも侮らないあなたを、私は尊敬する」

 「―――少女、もう一度だけ問わせてくれ。名は」


 何故そんな悲しそうな目で私を見る。今この瞬間にも拳を突き出せば良い。何故それをせず、ただ立っている。


 「君の強さは私を上回っている。ただ、武器がない。しかし私と君、どちらかが時間内に死ぬことになるだろう」


 死ぬと思った者が死ぬ。つまり死ぬのはお前だ。


 精神論を語るわけではない。しかし、これは往々にして事実だ。

 どうしても欲しいものは手に入らず、なくても困らないものは手に入る。そういうものだ。

 私の場合はそれがずっと、この命だった。


 早々に退場するわけにはいかない。ボスとの約束もある。ただ、ここで死んでも誰もなにも言わないだろう。

 死者である私に聞こえはしない。そのため問題がない。そういう意味ではない。

 私には、私の死を嘆く者はおろか、喜ぶ者もいないのだ。


 「聞かせてくれないか。それが真剣勝負をするという、私の証でもある」


 殺した相手の名でも記すのだろうか。悪趣味だ。しかしそこには、この男なりの意味があるのだろう。

 私がずっと探していた意味とは違うだろうが、“意味”だ。


 「南絢子と申します。北政宗さん」

 「――詳しい事情は聞くまい」

 「そうですね。時間の無駄です。知っても、誰にも伝えられませんから」


 北政宗がにやりと笑って構える。それを合図に、私たちの戦闘は再開した。


 間合いには入れる。しかし、全身に身に付けているであろう鎧の様な武器に邪魔をされて直接刃物を当てることが出来ない。

 歩行、腕の上下。その様な身体の動きのために武器がない部分は分かっている。しかし、それは相手も同じだ。守りが固い。

 素材は軽いもので出来ているのか、身動きは軽やか。しかし、持っている小さな銃で打ち抜けるとは思えない硬さだ。


 「はっはっはっはっ!刃が毀れ始めているではないか!」


 このままでは時間になってしまう。基地の正確な位置も分からないのに、相手を殺すことも出来ない。それではいけない。


 このスプレーというものは仕掛けに使いやすい。それは言うまでもないが、今撒いたとしても意味がないだろう。

 最後の手段といこうか。


 「なにをするつもりだ…!」

 「見て分かりませんか。自分を切るのです」

 「東の者は戦果を挙げない者をすぐに切り捨てるのか!それとも、時間と私が言ったことを気にしているのか!?」


 人を道具として見ている者に言われたくはない。しかし、なににも例外はあるものだ。もしや北政宗は例外なのかもしれない。

 北の常識に囚われつつも、優しい心を持っている。そんな者なのかもしれない。だが、私には関係のないことだ。


 敵である時点で、私は誰をも殺さなくてはいけない。それが戦場だ。


 殺したくないのに殺すのは、命令だからではない。ここが戦場だからだ。元を辿れば命令なのだろう。しかし、違うのだ。

 命令を言い訳にするのは、相手に失礼だ。

 相手が如何なる人物だろうと、戦場で殺すことに命令を言い訳にしてはいけない。戦場へは、自らの足で赴くのだから。

 それがせめてもの礼儀だと、私は考える。


 「違います。――あなたの異能を、教えて下さい」


 静かに首を振った私をじっと見て動かない。私も、自分の腕に刃物を向けたまま動かない。

 この時間がずっと続くのかと思った。だが実際には、そんなことはあり得ない。この戦闘には時間制限があるからだ。


 北政宗は悲しそうに小さく笑い、そっと息を吸った。


 「…タイトルも詳細も教えられない」


 北政宗の、最大の譲歩だろう。そして私へ敬意を表してくれているのだろう。


 「せめて皆があなたの様なお方なら、世界はもう少し優しいのでしょうか」

 「ありがとう。同じ“優しい”って言葉が、こんなに素敵に聞こえる。だから――殺さないと駄目だ」


 その理論は分からないが、分かりたいとは思わない。理解者という言葉は、私にとって必要のない言葉だ。

 そしてなにより、死ぬ相手のことを理解しても仕方がない。生者と死者では、時間の進み方が違うのだから。

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