第30話 出会いは別れの始まり④
「私は正雄さんの作戦に賛成します」
堂々と宣言した私に注目が集まる。
「基地の場所がある程度特定されている以上、交戦せざるを得ません。例え制限時間間際だとしても、基地の場所が完全に把握されてしまいます」
しかし“東にはあまり選択肢がなかった”のだから早々に来ると考えて良い。そうなると、悠長なことを言っている場合ではない。
「だけどね、」
「僕もそう思います」
「自分もお2人の意見に賛同します。後手後手の現状を打破出来るのは、素早い行動力ではないでしょうか」
相手が自分たちを見くびっている内に殺した方が早い。そういうことだろう。しかし相手が北や南であれば少々厄介だ。
他組織の者たちは偵察にすら訪れなかったが、北は訪れた。そして、偵察に来た者が鍛錬を積んでいることは明らかだ。
南は異能を使えば詳細まで把握されてしまうかもしれない。
「少なくとも、弓弦くんは保守的だと思ったんだけどね」
「基本的にはそうなんですが、守るものがないのでは攻めるしかありません」
にこりと笑って放たれた言葉に、苦い笑みを返す。責めたわけではないだろうが、そう聞こえたのだろう。
「決まった。それで、端末っていうのは」
「その前に聞きたいんだけど、連絡方法はまだ伝書鳩なのかな。違うよね?」
一言に込められた願望を強く感じる。だが、現実は残酷だ。
「伝書鳩」
「じゃあ未知の世界かな」
あはははは、という乾いた作った笑い声が妙に響いた。
「掌より少し大きくて薄い機械が、戦闘パート開始時に配布されるんだ」
思わず掌を広げて見る。同じ行動を取っている自分以外の者たちを見て、晴臣さんは苦い笑みを浮かべた。
「片面は指を触れると操作することが出来る。片面にはカメラが付いていて、そこで基地を認識させるんだ」
「理屈は分かりました」
そういった機械に近いものに触れたことがあったのだろう。霞城さんは小さく頷いた。
しかし正雄さんと弓弦さんは掌を見たまま。私に至っては、あまりにも理解出来ず放棄して顔を上げていた。
「絢子さんはどうかな」
分かってはいたのだろうが、一縷の希望を持って問うたのだろう。
「きっと見れば分かります」
正雄さんと弓弦さんが勢い良く顔を上げる。それを見て、晴臣さんは大きくため息を吐いた。
「大丈夫かな…」
「情報共有も終わりましたし、戦闘の準備をしておきましょう。合図があってからでは忘れ物があるかもしれません」
「ん。弓弦くん、絢子さんの化粧道具はどこ」
首を傾げる晴臣さんに、正雄さんがにやりと笑う。
「女性がいると、日用品の幅が広くなる。そんな気がする」
「なにを武器にするつもりかな」
日用品を一先ず置いたという部屋へ行き、鞄を開ける。そこからは大量の化粧品が出て来た。
「女性だからたまには髪でお洒落を楽しみたいだろう。そう言って髪を一時的に染めるスプレーを持ち込んだ」
色は赤だろう。外に文字で書いてあるだろうが、見なくとも話の流れで分かる。
「戦闘でも必要以上に使わないで。ここに来るまで市場を見てたけど、嗜好品は高い。それから鏡」
「鏡で相手に認識させるんだね」
正雄さんが小さく頷く。
そういえば、車中では話題に上がらなかったな。正雄さんは知っているのだろうか。どちらにしろ晴臣さんに言うべきだろう。
「言い忘れていましたが、彼女は鏡を見られません。なので仕掛けのある辺りには近付けないで下さい」
「また制約が増えたね。理由は聞かせてもらえるのかな」
その部屋には、ただ沈黙が流れた。それが答えだった。
「じゃあ、どんな感情があるのか教えてくれないかな」
晴臣さんは不快感を示さない。それどころか、優しく微笑んだ。
「なにをしてでも、なにを利用してでも、成し得なくてはいけない。そんなことがあるときが、必ずあるからね」
なるほど、甘やかされていると双葉さんに言われるわけだ。
私は今まで、やりたくないことは命令でしかやって来なかった。言い訳があったのだ。命令を免罪符にしていたのだ。
「恐ろしいのです。そして、きっと憤りを感じ、後悔しなくてはいけません」
「分かったよ。辛いことを聞いて悪かったね」
私の頭へ伸びて来た手を避けると、霞城さんの後ろに隠れた。
「嫌われたかな」
「好かれる要素なないと思いますが、同じように嫌われる要素も大してないと思います。それに嫌なら手を跳ね除けるのではないですか」
「暴力行為を気にしたのかもしれないよ?」
そんなことが暴力行為になってたまるか。仮に入ったとしても、正当防衛だ。
「実際はそれくらい大丈夫だよ。それも禁止してしまっては、身を守る方法がないからね」
「では一度叩きましょうか。変わった趣味をお持ちですね。否定はしませんが、肯定したくはありません」
「やっぱり嫌われていないかな」
苦い笑みを浮かべた晴臣さんと目を合わせる者はいなかった。
「本当に、変わった者たちを送ってくれたね。そうだ。恭一が元気なことは想像出来るけど、他の兄弟たちはげん…」
晴臣さんの言葉を遮って、大きな音が鳴った。けたたましいと表現出来る音だ。
どこから聞こえているのか分からないが、どこにいても聞こえそうだ。…どこにいても?もしやこの音が。
『これより15分後、東と北の戦闘エリアへの門を開きます』
頷き合うと、早々と準備をして駆け出した。早く行けば、端末を長い時間見られる。そう思った。
しかし現実は残酷だ。
手渡された掌程の大きさの機械は、触れても動かなかった。
「端末に基地を10秒間、30m以内から認識させると、30秒間操作出来るようになります。戦闘エリアに入れば、方位磁針として使用が可能です」
「試しに画面を見ることは出来ませんか」
「どの組織も、初戦は未確認のまま戦闘を行っています」
状況が随分違うのだが、いつ赴くかは自由。認められることはないのだろう。しかし、それは大変だ。全く扱いが分からない。
「ではふたつ質問を良いですか」
「お答え出来るかはお約束しかねます」
「ポイントを所持しない者が自陣の基地へ向けた際も、同じことが出来ますか」
なるほど、それで試せるのなら問題は少々解消される。
「可能です」
「どのエリアに出るのか、教えてもらうことは出来ますか」
「出来ません」
「分かりました。ありがとうございます」
質問に答えてくれた者ににこりと笑うと、正雄さんを見る。
そういえば、誰がどこへ向かうのかまだ決めていなかった。未知のものに必死になり過ぎていたな。
「霞城くんは北西、絢子さんは南西、弓弦くんは南東へ。俺は北東へ向かう」
「はい」
3つの返事と、門が開いたのは、同時だった様に思う。まるで誰かが見て操作しているかの様で気持ち悪い。
門をくぐり洞窟の様な狭く暗い場所を歩いて行くと、光りが見え始める。戦闘エリアに出るらしい。
「無理のない範囲で――死守」
矛盾している正雄さんの発言に小さく笑う声が、後方に反響した。眼前には、草木が生い茂った空間が広がっている。
端末の片面に軽く触れると、方位磁針の映像が現れる。
「散会」
その合図と共に、決めた方角へ散らばる。
西寄りにあるのなら、早く西の端に着くはず。そうなれば、端から少し距離を置いて南へ進む。
東寄りにあるのなら、東の端に着くよりも先に基地を見つける可能性もある。
なにより、北の者より早く基地へ行かなくてはいけない。地形を把握しているだけではない。数ヶ所に絞れているはずだ。不利が過ぎる。
歩幅65cmで、背丈程あった草木を掻き分けて進む。
普段は75cmの歩幅で歩いているが、少し大きめの歩幅だ。ゆっくりしてはいられないのだが、歩きにくい。
距離を正確に把握するためには、歩幅を一定に保つのが手っ取り早い。無理をして大股で歩くより、歩幅を小さくして素早く確実に動いた方が良いはず。
108歩目を踏み出すと、急に拓けた場所へ出た。
エリア毎に地形が大きく異なるのか。
ここも武闘組織周辺と同じく、一色だ。しかし、色は明るく感じる。日差しが強い。地面は足が沈んで歩きにくい。
恐らく、これが砂漠というものだろう。図鑑で読んで想像していたよりも、体力の消耗が激しい。
このエリアに入ってから70歩目。
やっと空気の流れがおかしくなった。西に空気がぶつかっている。このエリアはAの列だろうか。
ひとつのエリアが1km四方という前提がある。108歩で別のエリアに出たということは、0.7km程最初のエリアを歩いたことになる。
斜めに歩いたのだから、出入口の場所は…エリアの東側、南北は同じくらいの距離。A1のそんな場所に出入口を設けるだろうか。
こうそう考えている内に、見えない壁に当たる。奥に続いている様に見えるが、ここで終わっている。
この壁から距離を取りつつ南へ向かう。200m程で良いだろう。その後は真っ直ぐ南へ。エリアの端に着いたら少し北東へ。そこに基地があるはずだ。
しかし、その通りに行って良いのだろうか。基地を特定されているのであれば、そうして現れることなど分かっているはずだ。
一度B3エリアの方、南東へ進んでエリアが変わったところで引き帰す。そして再び南西を目指す。
いや、それも読まれている可能性がある。交戦するのは問題ないが、その者が足止めの役割では困る。
「よし、決めた」
南東へ212m。つまり東に0.2km程度進んだところで方向を真南に変更した。




