第27話 出会いは別れの始まり①
大きな門の前で自動車が止まる。ここが異能戦場への入り口らしい。
東西南北それぞれにある、この絢爛な門以外は壁で覆われていると聞いた。実際、この門に来るまでには壁しかなかった。
中には大勢の人がいる気配がある。正直気持ち悪い。人に酔うとはこういうことだろうか。
「ようこそ、東の御仁」
「こんにちは。ご苦労様」
鎧を身に付けたかの様だ。気さくな態度に気さくな笑顔。しっかりした発音で、高低をつけて発している。
本当に正雄さんか疑わしい程だ。
「…4名ですね」
「はい。なにか記入するものはありますか」
「ございません。腕章を付けていただきます」
差し出されたのは、なにも模様のない布だ。色分けされているのだろうか。すぐに判断出来ないのは厄介だ。
「こちらの緑が東の皆様に付けていただくものです。西が赤、南が黄、北が青となっております」
「分かりました。ありがとう」
受け取ろうとする正雄さんの手を掴んで止める。一瞬、妙な殺気を感じた。
「お前、今なにかしようとしたか。ここはまだ異能戦場の外。なにをしてもルール違反ではない」
「はい。ですが腕章をお渡しする際に行うよう指示されていることです。どうかお許し下さい」
確かに感じた殺気は一瞬で、微々たるものだった。今はもうない。それどころか、小さく震えている。
「それでは仕方がない。危険がないと君が判断したのなら、もう片方に握った刃物を仕舞うんだ」
いつの間に握っていたのだろうか。癖というものは容易く直らないものだな。
分からないことを疑っていては息も出来ない。
もう殺気がないのだから、この門番の言うことを信じる他あるだろうか。
刃物を仕舞うと、驚かれた。
「あなたはどこの者ですか」
「…北です」
「正雄さん、まずは北の元へ行きましょう」
びくりと肩を震わせた門番の方へ手を伸ばすと、腕章を手に取った。
刃物は仕舞ったはずだ。何故怯えるのだろう。
「僕も同意見です。他の門番をしていれば殺されていたはずです。恐らく、中にこの者の働き口は用意されていません。なくては困ってしまいます」
「どういう…意味、ですか」
「そのままです。それとも、ここで餓死しますか」
厳重な警備がなされているのが外からでも分かる。本来門番など必要ないはずだ。このために配置されていたのだろう。
つまりこの者もまた、殺されるためにここにいたのだ。
「任せて大丈夫ですよ。この人たちはただ優しいだけじゃないですから」
微笑むと、手を差し出す。しかし門番は、その手を取ろうとはしない。
「お気遣いありがとうございます。しかし大丈夫です。門番の役目を終えたら戻るように言われております」
「分かってるはず。戻る場所なんてない」
鎧はもう必要ないと思ったのか、普段の様に話し始める。やはり少々聞き取り辛いが、この方が正雄さんだ。
門番は顔を伏せて拳を握っている。
分かっていることを改めて他人の口から言われると言葉が出ないものだ。
「…はい」
「あの車は東に戻る。乗って行っても良い。東泊正雄からの贈り物だと東恭一に言えば問題ない」
分かりにくい言い方をしたこと、根に持っているな。
「問題、ないのですか」
北の常識が南と同じなのであれば、にわかに信じがたいだろう。北の情報を引き出そうとしている可能性を考える。
「ない」
「何故ですか」
「君が人だからだ。他組織の者が生きている例もある。どちらにしても死ぬのなら、生きる可能性の高い方へ行くべきだ」
「東の者が甘いとは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした」
目に涙が溜まっていく。
ずっと死を待っていた。ここで死ぬのだと思っていた。今日死ぬのだと悟った。
それが、殺されると思っていた者に生きろと言われる。これがどんなことなのか、少しは分かる。
「生きて良いのです。人は、誰になんと言われても生きていて良いのです」
そうか、だから私は逃げたのか。
溜まっていた涙が溢れ出す。次から次へと、際限がない。
「ありがとうございます。乗せていただきます」
「ん。俺たちが戻るまで、元気で」
「はい。待たせていただきます。いつまでも」
いつまでも戦場にいたくはない。早々に切り上げたいところだが、戦闘要員のいない東が負けていないことを考えると難しいのだろう。
正雄さんは自動車の運転手にこの内容を伝えに行っている。慣れているのか、適当な笑顔を向けて適当に聞いている。
「ひとつだけ、嘘を申しました」
「それを明かすとは、君も大概“善い人”なのではないかい」
「絢子さま」
小さく首を振って私の名を呼ぶと、微笑む。確かに私を見ている。
「素敵な方々に出会えた様子で、大変嬉しいです」
私を見ていた視線が上を向く。つられて見上げると、多くの銃がこちらへ向けられていた。その内いくつかは、明らかに門番に向いている。
門番へ視線を戻すと、そこには悲しそうな笑みがあった。
なるほど、そういうことか。それで“いつまでも”待っているのか。覚悟を決めていた者に、余計なことを言ってしまっただろうか。
…いや、そうではないと信じる他あるまい。
「正雄さん、自動車を発進させて下さい」
「話は終わったの。じゃあ乗せて」
「出来ません」
私を見る視線が強くなる。当然だ。この自動車に乗り込まないということは、あの門番が死ぬということなのだから。
だが、そういう運命なのだ。決まってしまったものには、もう逆らえない。
「門は、少なくともあの門番が死ななければ開きません」
「どういうこと」
門番がした様に、上を見る。変わらず多くの銃が門の外へと向けられている。
「門番が生きた状態で開門させると、あの銃が次々と撃たれることでしょう。いくつかは不自然に門番に向いています」
「なんでそんなこと…」
「恐らく、理由を求めてはいけないのでしょう」
楠英昭の母親が腕を切り落とされたことも、そうなのかもしれない。理由などない。強いて言うなら、快楽。
酷い在り様だ。
「銃が撃たれることになれば、門番以外も無傷ではないでしょう」
「でも門の近くにいれば…」
弓弦さんに視線を向けると、やはり首を振った。
「稼働領域は門の真下も含まれると思われます。開門の速度が分からないので、危険です。趣味が悪いですね」
「…そう」
門番の前まで行くと、悲しそうな目で見つめた。
「名前は」
「真子と申します」
「俺たちのために死んで下さい、真子さん」
「はい」
門番は、真子さんは、穏やかに微笑んだ。これから殺されるというのに、他人を気遣っているのだろうか。
「心優しきあなた方が、無残な死を遂げないことを祈っております」
「…さっき待ってるって言ったけど、真子さんが行くのが天国なら俺たちはもう会えない。だから、待たなくて良い」
きっと、罪人でない者など存在しない。無意識的にだとしても、誰かを傷付けて生きている。真子さんもそうだろう。
だが、それならこんな死に様でも死後ですら幸福になることは認められないのだろうか。そんなことは、あって良いはずがない。
死後の世界があるのかも、生きている者には分からない。それでも、そう願う。
「ありがとうございます」
真子さんは綺麗に笑った。涙が太陽の光りで輝いていた。
「おやすみなさい」
正雄さんが刃物を振ると、真子さんの首から液体が飛び出した。
二度と戻ることのない立つ力を失い、倒れた真子さんを受け止める。血で汚れるのも気にせず、抱きかかえてゆっくりと開く門へと視線を向けた。
完全に開いた先には、北の街で見た様な賑やかな街が広がっていた。
「抱えているそれは置いて入って下さい」
「お前たちが埋葬するとは思えない。腐敗するのを放っておくつもり」
「立ち入り時に持ち込みが許可されている物ではありません」
「彼女は物じゃない」
このまま言い争いをしても埒が明かない。しかし正雄さんが置いて行くことを認めるとも思えない。
「言ったはずです。戦場で死者を埋葬する者などいないと」
「ここはまだ戦場じゃない」
「いいえ、ここは確かに戦場です」
冷ややか目と口調。西にいた際、こういった場面があったのだろうか。
3つの組織が考えたルール。それにこんな理不尽ことがあるのだから、そう考えるのも仕方のないことだろう。
「正雄さん、ここが戦場であるのは事実です」
「弓弦くんまで…」
「ルールのある戦争が異能戦争でしたね。立ち入り時にもルールがあります。ということは、ここは既に戦場です」
視線を落とし、真子さんを見つめる。そっと地面に寝かせると、口の中でなにかを言った。
安らかに、といった類のものか、謝罪か、すぐに迎えに来るなど出来ない約束をしたか、その辺りだろう。
指揮を取る者が一番甘いとは、大丈夫だろうか。
「では戦闘パートで使用するエリアへの入り口とお部屋へご案内いたします。市場の探索は後に、お好きになさって下さい」
市場か。確かに街とは少し雰囲気が違う。
しかし随分と注目を集めているな。東がやっと来たからだろうか。それとも、正雄さんが血だらけだからだろうか。
「おいおい、見ろよ。東のヤツら、やっと来たと思ったらたったの4人だぞ」
「ああ、しかも2人は見るからに幼い。片方は少女だ」
分かりやすい侮蔑をありがとう。
文句を言いたいところだが、たった一度の演説でなにかが変わることはない。変に絡むより無視をするのが得策だ。
しかしこれは、興味を持たれている証とも言える。だからなんだ、というわけではない。




