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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第26話 少年の正体②

 「いい加減もう良いかい」


 いつまでも呆然としている男に、ため息がちに問う。


 「あ、はい、自分は弓弦といいます」


 反射的に口から出たのであろう言葉に、霞城さんと正雄さんが笑う。


 「あ…申し訳ございません」

 「驚くのも仕方ない。西の者と南の者、苗字を持たない者。そして分家である東泊(とうはく)に養子に出された者。まともな者がいない」


 最後のそれは、私が初耳だ。正雄さんの名前は、東正雄ではなく東泊正雄だということになる。

 本部でのからかいが序の口だと言うのなら、この4名で赴いてどんな反応をされるのか分かったものではない。


 しかし赴くのは戦場。生き残った者が価値ある者。


 そんなもの、どうでも良いか。


 「しかも自分は大した事情も聞きませんからね」

 「嫌味かい」

 「そうかもしれません」


 口を尖らせて、ぷいと顔を背ける。普段貿易組織の幹部らにこう接しているとは思えない。どういう風の吹きまわしなのだろう。


 「西の使者を孤児院に送り付けて去るなど、発覚したら殺される。そう考え、黙っていた」


 南ならそうだろうな。


 「そうならないないと分かっても、ずっと黙っていたから言い出し辛かった。これで良いかい」

 「なにか足りないと思います」

 「…悪かった。ありがとう」

 「はい。でも霞城さんも、自分のこと考えてくれてありがとうございます」


 にかっと笑う弓弦さんから、ぷいと視線を逸らす。恐らく過去あったやり取りに近いものがあるのだろう。

 やはり、ただの少年なのだな。


 「話の腰を折って申し訳ございません。自分は霞城さんが裏切ったときのために赴くということですが、詳しくお聞かせ願えますか」


 表情と声色が真剣なものになる。

 過去回想は終わったらしい。話の腰を折ったのはどちらかといえば霞城さんだが、話題を戻すには良い文言だ。


 「東が甘いことは他組織も知っている。異能戦争を知る者として、赴くまではいかなくともある程度の操作が可能かもしれないと考えた」


 行く末を決定する戦争について、全てを他の敵対組織に任せる。それ以前には知らなくとも、それで知ることとなっただろう。


 「いなくなっても人的被害の少ない者。しかし操作の出来る者。僕は頭首と使用人との一夜の過ちで生まれた子供。疎まれていた。丁度良かったんだ」


 なるほど。幸福を知っていたのは、母親からはそれを受け取っていたからというわけか。

 そして仮にも西の者。表面上良くする者もあっただろう。故に嘘も吐ける。


 「君が置いて行った孤児院に配置されていた者が、一番近くにいるボスに会えるよう話してくれた。そこで会ったのが農園のボスだ」


 弓弦さんにじろりと視線が向けられた。恐らく、貿易組織からは遠い場所にあるのだろう。


 「内容はもう忘れましたが、農園組織に用があって戻るときに見かけたんです。見通しが良いのはご存じかと思います」

 「そう」

 「農園のボスは、僕の言うことをすぐに全て信じた。ルールは総代又は5名以上のボスが揃っているときにしか言えない。そう告げると本部へ送り届けられた」


 とんとん拍子も良いところだ。戸惑うだろう。裏があると考えるはずだ。だが実際、そんなものはなかったのだろう。


 「人を人として扱う。そう、ルールを聞く様子から思っていた。だから元の孤児院に戻されるのかと思っていた。紆余曲折、」


 一度言葉を切ると大きくため息を吐く。そして自動車の低い天井を見上げた。


 「武闘のボスを、僕は選んだ。君と同じだ。君だって選んだはずだ」


 選ぶ…

 ボスに拾われたあのとき、私はボスを選んだのか。死ぬことよりも、赦されることよりも、生きることよりも、ボスを選んだのか。

 だから忘れていたのだろうか。選んだものがすぐそこにあったから、忘れていたのだろうか。


 「何故武闘のボスを選ばれたんですか」

 「言いたくない」

 「失礼しました」

 「疑問に思うのは当然だ。質問自体にはなにも思っていない」


 小さく首を振る霞城さんは、妙に幼く見えた。恐らく私より幼いのだが、そういう意味ではない。

 今にも消えてしまいそう。その様な儚さはない。本部で見たときの様に、崩れそうだとも思わない。

 言葉に出来ない違和感があった。それが、ボスの命に繋がるのだろう。


 ――霞城くんが壊れてしまわないように見てるんだよ。


 私から見て、元々壊れている霞城さんが壊れる様が想像出来なかった。だから私はただ返事をした。

 道すがらルールの説明をすることは想像に容易い。その際に霞城さんがこう言うと考えたのだろう。

 その考えには、きっとボスを選んだ理由も含まれているはずだ。


 「それを口にするということは、西を裏切っているという意味ですか」

 「そうだ。元々考えてはいたが、総代がまず初めに長旅を労ったとき決めた」

 「互いに嫌味を言いながら集まり、何者かも分からない者の話を真面目に聞く。その様は不気味だ。そう言ってたけど」


 本部の空気が苦手だと言っていたのは、そういう意味か。

 いつも暗い顔をしていたというのもそうだ。西と比べていたのか、なにかを思い出すのか。そういったことなのだろう。


 「それは西の常識から見てのことです。4つの主だった組織の中で、東は異常です。ずっと東にいる2人には、いくら言葉で言っても分かりませんよ」

 「でも――霞城くんも、その甘さに毒されてる」

 「否定はしません」


 心底嫌そうな顔をして、窓の外に目を向ける。違和感のある雰囲気はどこにもなく、そこにはただ強がっただけの少年がいた。


 「全く連絡をしていませんので、死んでいるか自由が利かないか…その辺りだと勝手に思っていると思いますよ」


 視線を正雄さんへ向ける。それは睨んでいる様で、今にも泣きそうにも見える、そんな不思議な視線だった。


 「分かっていて僕を連れて来たのは何故ですか。裏切った際のことを考えるより、連れて来ない方が確実です」

 「俺は裏切らないと思ってる。けど実際会うとどうなるか分からないのは事実。それと“貿易の”がすごく心配するから」

 「それで貿易組織から1名出すことになったんですか?」


 戦場になんて、誰も行きたくない。しかも異能戦場に異能を持たずに赴くのだ。どの様に知らされたのかは知らないが、聞いたときは驚愕しただろう。


 「そう。自分の身を自分で守れる者。それだけ要望を出した」

 「信頼されている証拠ではないかい」

 「佐治が…この前本部に護衛として同行した者が、推薦したと言っていました。恐らく鵜呑みにしたのでしょう」


 貿易のボスが部下の名前も覚えていないと思っているのか。少々お礼を言っただけで戸惑われるのだから態度は良くなかっただろう。

 だが、それでは可哀想だ。


 私は名乗ったばかりだから覚えていたとしよう。

 しかし霞城さんは違う。会話に出て来ていたかもしれないが、それで覚えられるのなら部下の名前も覚えているだろう。

 それに佐治さんについては私が聞く限り会話に登場していない。


 「貿易のボスは部下の名前を皆覚えていると思います。覚えられない者は、何度聞いてもすぐ忘れてしまうものです」


 私が南の家で名を呼ばれなかったのは、幽閉されていることが関係していると思っていた。しかし違うのだろう。

 名を呼ぶ価値がなかったのではない。名を覚える価値がなかったのだ。


 「え…?」

 「必要ないとか言って、恥ずかしくて呼べなかっただと思う」

 「近頃のボスを見ていると、言いそうです」


 柔らかく笑ったその表情を見て、部下を労わる様になったのが本当なのだと思った。折角ボスが良い変化ところを、弓弦さんには申し訳ないな。

 しかし何故佐治さんは、特段強い様に思えない弓弦さんを推薦したのだろう。


 「佐治が自分を推薦した理由自体は分かっています。予め言っておきたいとも思っていました。聞いていただけますか」

 「なに」

 「持つ銃によって性格が変わるらしいんです」


 つまり様々な銃を使いこなすことが可能ということか。


 小さく頷いた私とは違い、霞城さんと正雄さんには戸惑いの表情が浮かべられている。どうしたのだろう。


 「らしいってことは、記憶がないの」


 苦い笑みを浮かべ、視線がすっと逸らされる。


 「言動は銃を置いた際文字として認識する、という感じです。なので正確ではないんです」

 「銃を持ってる間理性的な判断が出来ないことは、ないよね」

 「大丈夫です。細かい指示にも従えます」


 ほっと胸を撫で下ろす。なるほど、私には思い付きもしなかった。しかしそんな者を推薦するはずもあるまい。

 ただ、ひとつ問題があるかもしれない。


 「同時に違う種類の銃を持つことは可能なのですか」

 「自分の“持つ”という定義が、“打つつもりがある銃に触れていること”なのでただ持つだけなら不可能ではありません。しかし撃つことは不可能です」


 やはりそうなるか。となると、利点である複数の銃を扱えるというものが大した利点ではなくなるのではないだろうか。

 銃は詳しくないが、場面によって持ち替えるものだろう。


 「スナイパーライフルを地面に置き、必要になれば背負ったショットガンや腰につけたハンドガンで応戦するという戦法で対応しています」

 「分かった」

 「それだけ…ですか」


 少々難儀ではあるが、戦力になるのなら問題のない程度だと考えたのだろう。驚くことでもあるまい。

 ボスに今までどんな扱いをされて来たのか。


 「じゃあ…」


 ため息と共に出た言葉。真剣な表情で頷くが、大層なことは言わないだろう。

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