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貴方と異能戦場へ  作者: ゆうま
第2章 学びを持ち寄る場にて
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第25話 少年の正体①

 異能戦場へ行くという自動車に乗り込んだのは、4名。車内で詳しいルールを霞城さんから聞いていた。


 「質問はあるかな」

 「ルールがあるということは、取りまとめている者がいるはずです。どの様な団体が行っているのですか」


 5つ目の勢力があるということになる。その組織は表舞台に現れずなにをしていたのだろうか。どの様な組織なのだろうか。


 「西だ。賭場の西と呼ばれているのは君も知っているはずだ」


 もちろん、それは知っている。しかしこれは賭け事なのだろうか。

 それに西自体もこれに参加しているはずだ。まさか高見の見物ということはないだろう。不正が行われるのではないだろうか。

 第一、西が異能戦場を取りまとめることが出来る理由が見当たらない。異能の本は南の元で厳重に管理されている。


 「3年半前、南の所有するとある家屋で問題が起こった」


 3年半前…私があそこから逃げた時期だ。あそこには異能の本があった。なにか関係しているのだろう。


 「それに乗じて、西と北は異能の本の略奪を企てる」


 東は何故そうしなかったのだろうか。潜入している者がひとりだとは、とても思えない。


 「それは成功し、異能の本は南のみが所有するものではなくなった。南は衰退していくかと思われたが、強力な異能により勢力を保ち続けた」


 すると勢力を落とすのは東ということになる。唯一異能の本を持っていないことになるのだから。


 「一時は東が多く攻められることとなった。しかし、それは8ヶ月で打ち止めとなっている」


 私が5隊に配属されて2ヶ月が経つ頃だ。配属されたばかりの頃は、本当に抗争が多かった。毎日血に手を染め、多くの者が死んでいった。

 あのときの相手は、反逆者たちではなく他組織だったのか?


 「異能者や銃火器をものともしない。短い刃物一本で多くの者を屠る。そんな少女が現れたからだ」

 「私…ですか」

 「そうだ。3つの組織は東が申し出た休戦をのむ」


 仮に私に高い戦闘能力があるとして、私はひとりだ。一気に攻め入れば問題はない。どの組織も、自分の組織が外れを引くのが嫌だったということだろうか。


 「流れる血が最小限でよい戦を。闇雲に戦うのではなく、ルールを。それが整うまで休戦。総代の提案を、3つの組織はのんだ」


 東がなくなったところで、その領地や民の奪い合いが起こる。ああ、そうか。だから一気に攻め入ることが出来なかったのか。

 3つの組織によって再び均衡が保たれることになるだろう。すると、現状と大きく変わることはない。


 狙い撃ちされる東が提案したものは苦し紛れだったのかもしれない。

 しかしこの均衡を崩し全てを統治したいと考える。そんな者たちには、魅力的な話のはずだ。

 ルールのある勝負はいつか必ず終わる。そして、終わった際には勝者がはっきりと分かる。

 勝者が全てを手にし、敗者は全てを失う。


 「ルールの基礎は賭場の西が考え、システム運営は機械(メカニック)の北が担う。それを呪術の南が監視した。武闘の東は、ただ待った」

 「何故東はそうも後手後手なのですか」


 異能に突出していた南と西、北の勢力は劣らないはず。なんと言っても、異能の本が流出したのだ。

 異能自体を多く把握しているだろうが、他に突出しているものがないのだから。


 交渉すれば、南と共に監視に加わることが出来たのではないだろうか。


 「君は南が無慈悲で冷酷。東は温かいか優しいか、大方そんな風に思っていることだろう」

 「はい」


 確認するということは、違うのだろう。


 「東は異常だ。知識として知ってはいたが、東へ来たときは僕も困惑した」

 「どういう意味ですか」

 「南や西、北が普通だ。東は優し過ぎるというより、甘い」


 幽閉した息子の目の前で、母親の腕を切り落とすのが普通…?一体なにを言っているのか。意味が分からない。


 「君の環境は過酷だっただろう。流石にそれが普通だとは言わない。だが、考え方は“それ”が普通だ」

 「他者を道具としか思っていないのですね」

 「そうだ。手入れして使い込むのならまだ良い方で、多くの場合は使い捨てだ」


 では、楠英昭はただ運が悪かっただけなのだな。

 たまたま色彩を持たない私が生まれた。そんな私と、たまたま近い時期に生まれてしまった。恐らく、ただそれだけなのだな。

 そうでなければ、少なくとも母親からは大切にされたのだろう。


 「東は武闘と呼ばれ、気性が激しいかのように様々な書物に記されている。しかし実際は平和主義だ」

 「争い事は出来るだけ避けたい。仲良くは出来なくとも、協力したい。特にこの間の会議がその象徴、とでも」

 「随分客観的ですね。それとも、ご自身がそれを信条としているために分かるだけですか」


 嫌な笑みを浮かべた霞城さんを、正雄さんはただ見た。そこにあるのがどんな感情なのか、私には全く読み取れない。

 しかし霞城さんは何故、わざわざ煽る様なことを言ったのだろう。


 「そう。でも程度の差こそあれ、みんなそう。だからなにも言わなかった」

 「騙し打ちのようなことをされたのに、甘いんですね」

 「なにがしたいのか知らないけど、俺がそんな安い挑発に乗ると思う」


 正雄さんの表情に変化はない。ただじっと、霞城さんを見ている。やがて霞城さんは小さく微笑むと、首を振った。


 「いいえ。彼に少し体験してもらおうと思ったんです」

 「なんの体験ですか」


 ずっと黙っていた男が、やっと口を開く。形式的に顔を見て発言しているものの、出来るだけ関わりたくなさそうだ。


 「もちろん他の組織の雰囲気だ」


 今のが?


 「今僕は挑発をした。同じ立場の者なら、言い合いになるだけだ。もちろん、今のように穏やかではない」

 「それは言葉が荒々しいという意味でしょうか。それとも、行動が激情的だという意味でしょうか」

 「後者だ」


 静かに言い切った霞城さんを、今度はしっかり見る。多少嫌そうな感情が残っている様に思うが、大切な話だと思ったのだろう。


 「もし多少でも上下関係があるのならその者は、この場合僕は今」


 一度言葉を切ると、男の目をしっかりと見る。霞城さんと男の視線が初めてぶつかった。


 「死んでいる」

 「お…大袈裟ではありませんか?」


 冗談を言う人物だとしても、冗談を言う内容ではない。それを分かっていても、そう言わざるを得ない程衝撃的な発言だったのだろう。

 東の者は、皆そうなのだろうか。


 「命令に従わない道具など必要ない。道具の意見など、誰が聞く。貴様らには確かに意志がある。言葉を操る。しかしそれは、高度な道具という他に意味はない」


 普段よりどすの効いた低い声で放たれた言葉に、男は完全に怯えている。


 「誰の言葉」

 「僕の父です」

 「君は」

 「全く思っていません。身分が低い者であろうと、なにかに優れた者はいます。耳を傾けるべきです」


 ほっと肩を撫で下ろす男に小さな微笑みがふたつ向けられる。


 「俺もそう思う」

 「そういうわけだ。そこで君に問う」


 居直ると、はい、と返事をする。先程までの無駄な緊張はなく、自らのボスと接する様な適度な緊張がある。

 ただ、貿易のボスの比較的近くにいた者らしい。まだ妙な緊張が残っている。


 「異能戦場へ向かうのは我々4名だ。異能を持つ者のみでもなく、上限の9名でもない。その理由はなんだと思う」

 「異能の本を手に入れた際のことを考えるのなら、9名とはいかなくとももう少し赴くべきだと思います。そのためでないとなると…」


 俯いて考える。少しした後に上げた顔には、明確な答えがなさそうに思えた。


 「申し訳ございません。分かりません」

 「僕が裏切ったときのためだ」


 唇の端を不自然に上げて、はっきりとそう告げた。そんな霞城さんに、男は間の抜けた返事をする。


 「分かってたの」

 「当然です。僕は西より使者として東へ来ました。もし潜入出来た際の役割は、分かっていたはずです」


 使者として“来た”?使者を受け入れただけではなく、ひとつの支部とはいえ幹部に据えたのか。

 しかしボスは、人が捨てたものを拾って綺麗にするのが好き。そう言って、霞城さんと私の面倒を見ていた。捨てられ彷徨っていたのではないのか。


 「1年前、異能戦争のルール、システム、全てが整った。そこで東へ知らせに行く者が必要となった。白羽の矢が立ったのが、僕だ」


 知らせるだけなら、戻らないのか?潜入出来たら、と言っていたが、ルールを知らせるためには東以外を名乗る必要がある。

 殺しはしないだろうが、何故潜り込むことが出来たのか。そして何故、支部の幹部にまでなれたのか。


 「僅かな食糧を持たされ徒歩で東へ向かっていると、一台の車がやって来て大した事情も聞かず乗せてくれた」


 私自身どこから歩いていたのか分からないが、恐らく領地の堺。それでも結構な距離があった。それを歩かせたのか。

 殺される可能性のある場所へ行くという者を、歩かせたのか。


 「もしかして、あのときの…」

 「やっと思い出してくれましたか。あのときはお世話になりました」

 「少しして訪ねたら本部へ行って戻らないと言うから心配して…。なんでそんな。というか、西?」


 これから共に戦場で戦うという者に、知らせていなかったのか。


 「西霞城といいます。君も名乗ったらどうだい。きっと目を丸くするだろう」


 霞城さんが楽しそうな一方で、男は混乱している。


 「南絢子と申します」


 男は言葉を失って呆然とした。再び言葉を発するまで待つことにしたらしい霞城さんが、退屈そうに欠伸をした。

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